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花の下にて。  作者: 朝雛 由
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二日目 命の価値は等しいと思うか

自分の生命が脅かされたとして、「100人分の他人の命と引き換えに助けてあげる」と神様的な何者かに提案され、その提案が確実に実現される物だとわかっていたら、人はどちらを選ぶのだろう。


自分という存在にどれくらい価値があると思っているか、犠牲にする100人の中に家族や友達や、その人にとって大切な誰かが含まれているかによって、おそらく判断が違ってくるだろう。


世の中には「死刑になりたい」という私からしてみると理解に苦しむ理由で無差別に他人を殺戮する人も居れば、「捕まりたくなかった」という理由で轢き逃げをする人もいる。


前者に至っては、結局のところ死に至りたいのであれば、何故自己完結出来ないのか、甚だ理解に苦しむ。

私がそのように言うと、「自分で死ぬ勇気が無いんだよ」と友達は言うが。

自分で死ぬ勇気は無いのに、他人を殺す勇気はあるのか、とやはり私には甚だ疑問だ。



動物はどうだろう。


人間という生き物は、殺し、食べる為に鶏や豚や牛を育てている。それもはるか昔から。

一方で、「ペット」として迎えられた犬や猫を始めとした動物は家族だと言う。


両者の違いとは何なのか。

食卓に並ぶ「肉」になった動物と、その食卓を一緒に覗き込む「ペット」の命の価値は違うのだろうか?



ただ、私はスーパーで肉を購入して調理するし、個人的に猫好きなので彼らを食べようとは思わない。


疑問は深まるばかり。

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