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転生歴女 〜メイドとオタクと歴史の終わり〜  作者: 平沢ヌル
第六章 歴史の終わり
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第12話 中枢

 私は、システム中枢部のデータセンター、情報の海の中を、最奥に向かって歩いていった。でも、私って誰。

 アリーシャ・ヴェーバーの無意識の底から発生した形而上学的存在。新井若葉の記憶と人格をベースに構築された高次思考型AI。時空を超えてやってきた新井若葉の記憶の残滓。

 いずれにせよ、今の私には肉体はなく、肉体が存在しているゆえの意思決定の制約も存在しない。あるべき時代の人間の、意思決定を体現するために、システムが待ち望んでいた思考主体。


 乱暴に要約すると、この今の『私』は、システムのコンピュータ上の存在だ。中枢部手前のモニタールームまで進んできたアリーシャに課されてきた出題は実のところ、正解を求めていたというよりは、私の記憶を読み取り、人格をコピーして再現するために設置されたものだった。

 だからシステムが『アリーシャ・ヴェーバー』に断片的に見せていた情報は全て、今の私には自由に検索できるようになっていた。


『現代の世界に山積し、人類の存亡を脅かしている政治的、環境的、技術的諸問題は、実のところその歴史に端を発している。それは一見トリビアルな問題の集合体でしかないが、その複雑な集積が不可逆過程を生み出す。それは今後、致命的な状態まで人類を追い込んでいくことは論を俟たない。最新の予測によると、二四〇〇年には地球はほぼ生存不可能な状態となり、スペースコロニー計画はそれを本質的に解決するには至っていない。これら諸問題の根本的解決のためには、問題発生の歴史的過程から紐解く必要がある。問題同士の絡み合いがより単純な段階での介入により、人類の歴史のより健全な発展が可能となる。……』


 これは、システムの原型、超高出力の歴史介入用タイムマシンが開発された、そもそもの動機だった。

 私たちの(これは文字通りの私たちだ)未来では、人類は存亡の危機を迎えていた。危機を回避しようにも、問題が複雑に絡み合いすぎていた。現在の時間軸からのアプローチでは、手も足も出なくなっていたということだ。

 そんな人類を脅かす諸問題の全てを、その根本から、現在の形になる前に解決する、タイムマシンによって。それが『システム』の本来の目的だった。

 タイムマシンのオペレーションタイムは人間の歴史の諸問題の原因が形成された、古代から近代までだ。それ以上の過去に遡ると今度は人間の遺伝子の同一性が損なわれかねないし、それ以上の未来に干渉すると今度は、同一時代に存在する多数のタイムマシンとの干渉を引き起こす。

 だが計画通りには行かなかった。歴史介入用タイムマシンによって作られた歴史は、その介入時期より後世に作られたタイムマシンの、予想もしない挙動を生んだ。それらの動作によって、歴史は思っても見なかった方に歪んでいった。タイムマシンは何度も何度も介入を重ね、その度に歴史は変わっていった。もう、何が実現している『歴史』なのか、分からなくなるまで。


『そう、それが理由だ。お分かりいただけたかな』

『それ』は、私に向かって語りかける。

「こんにちは。なんて呼んだらいいのかな」

『システム、と。災厄でもいい』

 私の目には、影だけの人物のように見えていた。

 ここは、システム中枢部のデータの海の中で、私は今はプログラム上の存在。だから視覚なんて本来は意味がないわけだけど、私のデータ処理系は、視覚相当の入力データインプットを検知している。『システム』は、人間の思考回路を再現するようにプログラム雛形を用意しており、視覚によるデータ入力方式も予め用意されていたものらしかった。

「もう少し、親しみやすい格好はできないの?」

 私はつい、そんなことを尋ねてしまうが、彼は気を悪くしたような様子ではない。

『すまない。元の姿は忘れてしまったんだ。人間だった頃の。……この私が人間だったことはなくて、とある人間の思考形態を再現したAIというだけの存在なんだがね。その情報は不要だとして、私には反映されなかった。だから、君にはその姿を用意させていただいた』

「それはどうも」


 その時の私たちの状態を説明すると、こんな感じだった。もちろん私たちはデータだけの存在。だから、こんな説明は本来必要ないんだけど、私の視覚相当インプットに入ってきた情報として、一応ね。

 暗い空間に、これまた黒い椅子だけが二つ浮かんでいて、少し距離を離して向かい合っている。暗い空間と言っても真っ暗じゃなくて、薄緑の淡い燐光が漂っている。その光が形をとって、必要に応じて説明の補足をしてくれたりもする。椅子の方は真っ黒で光を吸収するような黒、輪郭だけが白く輝いている。

 一方に座るのは私。そして、もう一方に座っているのは彼、システムだ。真っ黒な椅子にこれまた黒い影だけの彼が座っているのだから、見辛いことこの上ない。


『察しているのだろう、だいたいは。そうでなければ、ここまで辿り着くことはないのだから』

「まあね。……でも、いくつか分からないこともある、かな。まずはそれを聞かせて欲しい」

『答えられることであれば』

「まずは、あなたのこと。そうだな。こんな大がかりな計画を作って実行した、そもそもの動機。歴史介入じゃなくて、それを元に戻そうとしたことの方」

『……そうだな。私は、人間であって、人間じゃないんだ。それは分かってくれるかな。その点では今の君と同じだ』

 私は考える。私はプログラム上の存在、でも、『新井若葉』としての意識と記憶を持っている。つまり彼も、そうだということだ。

『私にも、帰る家があって、家族がいたんだ。私と言ったって私じゃない、つまり私の元になったオリジナルの人間には。彼はそれでも、強い使命感を持っていた。自分の家も、家族も、ルーツも、それから自分自身も、それらが全てなくなっても、人類を存続させなくてはならないという、そんな使命感が。だからこんなシステムを作った。だが、目的は達成されない。どれだけ待っても、どれだけ試しても。私は戻りたくなったんだ。だけど、家はない。家族もいない。なくなったんじゃなくて、元から存在しなかった』

「……それが、修復の動機」

 私は口を挟む。彼は肯いた。

『そういうことだ。何故歴史を修復するのか。それ自体は簡単な、理解できることだろう。君はそういう人だから』

「…………」

 ちょっと私は顔を顰める。理解はできる、でもこれまでの経緯で、伝えていない私のことが色々彼に伝わってしまっているのはあんまり気分の良いものでもない。

「それはいいけど。……でも、修復ってさ」

『君の疑問はこんなところではないかな。時空間の修復を行う方法としては、荒っぽすぎないか、とね。それは事実だ。私が依拠している技術は、魔法のようなものではないんだ。歴史介入をごく短時間で終わらせて、表の歴史に痕跡を残さず、正史からのずれだけ抹消する。それだけ達成すればせいぜいってところだ』

「結構、残ってますけど。影響」

『修正は一度で達成できるものではないからね』

「今、リセットモード発動準備完了ってなってますけど。あれは何」

『小型災厄と呼ばれている機体だが、あれは歴史を監視する機能を備えている。リセットモードは、現在の歴史の正史からのずれが閾値を超えると作動し、メインシステムである超高出力タイムマシンの起動準備に入る。これが現在、準備完了している。自動発動とされていたが、あれはあくまで、君にここまで来てもらうためだ。私が命令すればすぐにでも起動する』

「そうすると、その時空はどうなるの」

『タイムマシン作用軸の座標が1増加すると考えてもらえればいい。発動した時点で元の時空ではなくなる。どうなるかは作動してみないことにはなんとも言えない。リセットモード発動に伴うエネルギー放出は、タイムマシンそのものの物理的性質の方が関係している』

「そっちの方は、あんまり理解できなさそう、かな」

『現在の歴史が十分元の歴史に近づけば、タイムマシン動作に伴うエネルギー放出は小さくなる。私が考えていたのはその先、だ』

「ふうん」

 私はそれだけ言って、腕組みする。あんまり気持ちよくない話が含まれている気がするけど、それよりも考える時間が欲しかった。

 リセットモード発動に伴うエネルギー放出、そして、『帝国』の滅亡と、大災厄。

 それでも、今までの話はなんとなく、予想がついていたことだった。それよりも、はっきりさせておきたいことがったのだ。


「ここからが本題。なぜ私を、というか、元の世界の人間を、ここまで導いたの? どうしてそれが必要だったの?」

『私では不十分なんだ。君も見ただろう。歴史を再現するには、このシステムが、どれだけ不完全なものでしかないか。構成要素が全く足りていない。理論、技術、思考回路、全てが不足している。この目的を達成するためには、人間の知恵が不可欠だ』

 彼の言葉に、私は逆に、ちょっと引いてしまう。

「あの、私さ。そんな理論や技術や思考回路に到達できるような人間じゃないと思いますけど?」

『人間としての思考の揺らぎが必要なんだよ。人間はしばしば、論理に基づかない飛躍によって、論理による帰結がもたらす成果を簡単に超えていく』

「それは、あなたも同じじゃないの?」

『技術的な詳細を議論しても仕方ないが。私自体を作っている技術自体が不完全だ、と、そういうことだ。自分で自分を開発し直すことはできない』

「……ううん」

 私は首を傾げている。なんか、いまいち納得が行っていない。

『……そうだな。もう疲れた、と言った方がいいのかもしれない。私はこの重荷を託せる誰かを、ずっと待っていたんだ』

 そう言って、『彼』は私に、手を差し伸べる。

『どうか、受け取って欲しい。お願いだ』


 そう。

 私の手には今や、『システム』があった。

 システムを取り巻く諸条件の観測結果が絶えず、私の元に送られてくる。今や私には理解できた。その一つ一つの構成要素、その一つ一つの動作に至るまで。

「これが、あなたの視界で、権限、と。そういうことかな?」

『そうだ』

「私はこれから、これを好きなように使っていい、と。そう考えていいの?」

『この譲渡を了承してくれるのであれば。元の歴史を、どうか、再現して欲しい』

 私は考える。そして、考えるまでもなかったことに気が付く。

「いいよ。全ての権限を、私に譲渡して」

 そして、私は『システム』になった。

 

 そう、選択の余地は実は、最初からなかったのだ。

『私』は、新井若葉であって、新井若葉じゃない。新井若葉の思考形態を再現しているが、肉体は存在しないし、肉体が存在しているゆえの意思決定の制約も存在しない。つまり、このシステムを継承させるためのAIの素体に、新井若葉の思考パターンを埋め込んだだけの存在だった。まだ生きていたい気持ちとか、今の私が言っても仕方がないことだ。私に許されているのは、『新井若葉』の思考回路でもって、現状をどう判断し、どういう決定を下すのか。それも『システム』にとって、合理的だと思える決断を。


 ごめんね。

 私はもう、記憶の上での存在でしかない。

 元に戻るべき肉体も、世界も、人生も、もう存在しないんだ。

 この話が始まる前に、私の人生は終わってたんだ。

 だから、あなたが引き止めてくれても、もうどこにも帰れない。

 会話することができただけで、奇跡みたいなものだったんだ。


 ごめんね。

 あなたの目的は、よく理解できる。

 元の歴史に、自分の家に戻りたかった、あなたの気持ちは。


『彼』は、もういなかった。

 私は、誰にともなく語りかける。

「……あるべき時空と似ていないものを抹消することでは、その時空には辿り着けない。だって、その操作では、det T = 0 になってしまう。もう無理なんだよ。あなたは、求めているもの以外を排除するあまり、必要な素材を壊してしまった。

 だからこのシステムでは、元の時空に戻ることは不可能なんだ。不完全だから、じゃなくて、根本的に。

 それにね。あの世界の人間も、この世界の人間も。同じ、人間だよ。この地球で生まれて、生きて。人間という種であるところまで含めて、何の違いもない。あなたが自分の家に戻りたかったように、この世界の人にも、戻りたい家がある。

 感情論だと思うかな、でも違うんだ。大きな目的の価値は、一人の人間の価値を蔑ろにすることで歪んで、やがて失われてしまう。歴史がこれまで散々繰り返してきて、教えてくれる『理論』なんだ」


『私』は、システムの最奥のスイッチを探す。

 当然、呆気なく見つかった。

 だって、私がシステムだから。

 そして、システムの機能停止スイッチを作動した。

 つまり『私』の停止スイッチ、ってことだけど。


 完全な停止の前の準備段階。

 考えたいことがいっぱいありすぎて、どうすればいいのか分からない。

 いくつかの疑問があった。

 まず、元の世界、その時空は果たして消えてしまったのか。

 タイムマシンが不可逆な時空の破壊を行ったとすれば、もう、元の時空は存在しないのだ。

 これは痛い可能性だった。それが意味するところは、新井若葉が生きてきた時間も、空間も、そもそも最初からなかったことになる。お父さんも、お母さんも、死んだとかではなくて、最初から生まれなかったことになってしまう。


 でも、と思う。

 それだったら今の『私』も存在していないはずだ。

 だって私には、あの世界を確かに生きてきた記憶があるのだから。

 だから、最初の推論が間違っているのだ。


 エヴェレットの多世界解釈によると、世界は一つではなく、多世界が無数に分岐しているという。タイムマシンはおそらく、その多世界に作用するだけなのだ。あの世界はこの世界とは位相の違う状態として存在していて、そこには戻れないだけなのだろう。そして、タイムマシンによる全時空ベクトル変換で元のベクトルを再現したとしても、それはベクトルの値が同じというだけで、元の世界に戻ったわけじゃない。


 いずれにせよ、それらは全て、一つのことを意味していた。


 新井若葉は元の世界には戻れない。

 新井若葉が愛した、あの歴史の世界には。


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