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転生歴女 〜メイドとオタクと歴史の終わり〜  作者: 平沢ヌル
第六章 歴史の終わり
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第11話 『若葉』

「こんにちは、だね。……『私』」

 ディスプレイの中央、映像の中に立つ彼女、『新井若葉』はそう言った。パーカーにジーンズのスカート、レギンスにスニーカー。黒髪を一つ結びにした小柄な眼鏡の女の子。知らない人が遠目で見たら、中学生かと思うかもしれない。あれは前世の『私』、新井若葉が二十五歳ぐらいの頃、大学院生の若葉の姿。

「…………!」

 隣で息を飲んだ様子を感じて、私は振り返る。エックハルト様だ。

 流石にエックハルト様も、この世界的には学者と評価される前世の『私』が、こんな子供みたいな見た目してるなんて思わなかったんだろうなあ。私がその時考えたのは、そんなことだった。


『あなたは私。落ち着いてよく見れば、この理論だって理解できるはず』

『若葉』はそう言って、にっこり笑う。

 ねえどうして、『私』。こんな式、見たこともないのに。

『……この理論ね、実はそんなに難しいことは言ってない。いくつかの仮定が入っているけど、その仮定に基づけば、タイムマシンを使って自在な歴史改変をすることは非常に困難って、そう言ってるだけ。ここに書かれている内容だけからは、それ以上のことはほとんど言えない。タイムマシンの作り方自体については、何も言ってないからね』

 それから、『若葉』は視線を落とす。

『だけど、この理論がここに置かれているのは、何らかの意図があるんだと思う。つまり、システムの目的と、この理論の間には、関係がある。それから、この世界の在り方にも』

 

 ここで重要なのは、さっきの理論が何を問題にしていたのかだ。

 まず、タイムマシン。

 この世界の在り方が、あの世界と違っている理由は、タイムマシンのせい以外ではない。そう言っているようなものだった。

 タイムマシンによる時空変換によって、あの世界とこの世界はつながっている。あるいは、タイムマシンによる時空変換を何度も繰り返すことで。

 それから、さっきの理論の目的。

 全時空ベクトルを、安定に存在させること。

 全時空ベクトルとは? 地球上の時間空間を包括する、歴史の流れそのもの。

『自己無撞着的に導かれない全時空ベクトルは安定に存在しない』

 これはどういう意味なのか。

 タイムマシンを一度作用させて新しい歴史を作っても、その歴史が新たなタイムマシンの作用を呼び、さらに歴史が変わってしまうなら、その歴史は存在しないも同じ。

 そして、『全時空ベクトル修復システム』とは。

 望ましくない歴史の流れを、望み通りに書き換えること、そのはずだ。大遺構突入前の推論でも、それはほぼ明らかだ。

 でも改変ではなくて、修復。

『擬似差分ノルム』とは。何と何の差分なのか。


「……もしかして」

 修復。そう、修復が目的なのだ。

 新型銃や蒸気機関車が狙われた理由は、それが人類にとって有害だからではなかった。この世界にだって、いずれは人類の存続の危機の遠因となる技術の原型は存在している。マスケット銃や大砲はその良い例だった。

 それが狙われた理由は、単に、それが時宜を得ていなかったからだ。しかるべき時代に、しかるべき場所で、その技術は形成されなければならない。さもなくば、歴史の発展の形が変わってしまう。

『そう。システムの目的は、この世界の歴史を、あの世界の歴史に修復すること。あの世界の歴史を再び実現することができるのなら、あの世界の歴史は安定に存在するということになる、この理論に従えば。そして、あの世界の歴史がタイムマシン作用軸上でより前に起こったことでなければ、あの世界の歴史を参照するという動機はあり得ない。だからね』

 淡々と『若葉』は告げる。問題の核心を。

『あの世界の歴史の人間であれば、システムは拒絶しない。むしろ、こうして何が起きたのかを伝えているし、システムの中枢に向かってあの世界の人間を招き入れている。あの世界の歴史に戻してくれる人間を、それが訪れることを、システムは待ち望んでいた』

 つまり。そう。

「私に、この歴史、を、終わらせる、引き金を引け、と」

 私はただ、震えていた。その恐怖は、システムの目的を最初に、おぼろげに認識した時とすら比較にならない。

 なんで、ねえ、どうして。

 どうしてそんな残酷な事、言うの。

 しかし、『若葉』は首を振る。

『違うよ。アリーシャはこの世界の人間。システムが望んでいるのはあの世界の人間。だからこの先に行けるのはこの私、アリーシャでない若葉だけ』

 もう十分追い詰められている、私の心臓。

 それを、どうしてまた、こんな風に締め付けるの。

 新井若葉は、歴史が好きだった。こんな風にバラバラにされる前の『歴史』が。

 私、ねえ、私。どうしたらいいの、私は。

 私は私を見捨てて、ここで置いていくの。


 画面の中の『若葉』は、照れたように頬を掻いて、言う。

『ううん、何と説明したらいいのか、ね。私、あなたには感謝してるんだ。あなたがいるから私の人生には意味があるし、私がいるからあなたの人生はそれだけ豊かになる。私はあなただけど、でもここにいる私はあなたじゃない。分かるかな。分かんないよね。ごめん』

 それから後ろを向いて、奥の方へ足を進める。

『……いいから任せてよ、私。私はあなた。だから、大丈夫』


 だけど、その時。

「……待ってくれ!」

 突然の鋭い声に、私はびくっとする。

 エックハルト様だ。

 ちょっとこの状況は、私には理解できなかった。

 なんで。どうして。

 エックハルト様は、普段からは想像もつかない、心細そうな表情だった。

「……置いて、行かないで」

 茫然と彼は呟く。

 その言葉はまるで子供のようだ。

 目に涙すら浮かべているように見える。

『若葉』は、立ち止まった。

『……もう、本当さあ』

『若葉』は振り返って、悪びれたように頬を掻く。それから少し、こちらに戻ってくる。

『あー、もう。私が、あんたのママなのか。……散々ひどい事言っちゃったのに。幸せに生きて欲しいだけなのにさ。バカだよね、本当に。まあいいや、しょうがない』

『若葉』はこちら側、ディスプレイの外側に向かって手を伸ばす。

『……ごめんね。私を私のままで、もう一度だけ生きさせて』

 ディスプレイから伸びた光の手が、エックハルト様の頭を撫でたような気がする。

『……バイバイ』

 その笑顔は、本当に屈託がなくて、溢れるような満面の笑顔。本当、中学生みたいな。ねえ、そんな顔しないでよ、『私』。

『若葉』は、また踵を返して去っていく。

 もう振り返ることはなかった。


 エックハルト様は画面を、拳で叩き、絶叫する。

「嫌だ嫌だ嫌だ行かないで、あなたがいれば幸せだ、こっちを見てくれなくたっていい、同じ世界で生かしてくれ!」

 それから、獣のような、それでいて悲痛な、言葉にならない、文字にすらできない咆哮。まるで、自分の魂と永遠に分たれてしまったかのような、そんな叫び声だった。


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