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転生歴女 〜メイドとオタクと歴史の終わり〜  作者: 平沢ヌル
第六章 歴史の終わり
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第8話 本心

『大遺構』探索の任務には、エックハルト様と、それから十名程度の兵士が同行してくれることになった。

 山脈の東部にある、比較的整備の行き届いた峠を経由して、そこから南下し、大遺構に向かう。道中が順調なら、『リセットモード自動発動』の開始前に十分辿り着ける計画だ。

『システム』は、こちらを急かす気はあまりないようだった。


 リヒャルト様は、今回の作戦には同行しない。

 君主なのだから当然だ。私が失敗して、それから何が起こったとしても、この世界が存在している限りは国家と国民を守らなければならない、それも最後の最後まで、それが彼の生きる人生なのだから。

 私は再び、この物語が始まった、あの謁見室に立っていた。

 彼に出立、もしかしたら別れの挨拶をするために。


「私は、行けない。だから」

 もう何度も言ったその言葉を、彼は繰り返している。だから、の後の言葉を、私は彼の沈黙に読み取る。

 どうか、無事で帰ってきてくれ。

 だけど、私はその返事はできなかった。何が起きるかなんて分からないのだから。その代わり、私はこう言ったのだ。

「大丈夫。離れていても、私の心はいつでも共にあります。あなたと。あなたが暗闇の中にいても、寂しくないように」

 怯んだようにこちらを見るリヒャルト様。私は逆に少しおかしくなる。

 ねえ、なんでそんな、拗ねた子供みたいな顔するの。


 この一年の、リヒャルト様と私の関係を思い返す。

 私は『廷臣』だった。政治の場に控えてその話を聞き、それから技術的助言を求められては回答し、その期待に答えられるように、自分の役目を果たしていた。

 約束通りリヒャルト様からは、『愛人』としてのお召しはなかった。私的なお呼ばれもなくて、あくまで私たちの会話は、公的な関心事に限られていた。つまり、それまで続けてきた『お話相手』としての時間だって無くなってしまったということだった。だから『公妾』は形だけで、本当は完全に冷たい関係になってしまったのかというと、そうではなかった。

 ランデフェルト公国はあまり宮廷政治が盛んではないけれど、それでも時折は舞踏会などが催されることもある。その時に引っ張り出されて、リヒャルト様の傍らに貴婦人、言わば『ミストレス』として控えるのはこの私。そんなに前に前にとしゃしゃり出ることはないけれど、それでも必ず一度はリヒャルト様のダンスのお相手になる。今では、私だってちゃんと踊ることができる、ものすごく上手ではないとしても。そんな時にも、私たちは言葉はほとんど交わさない。言葉にならないその態度で、私は彼の真情を推し量る。

 それから、もっと個人的な時間もあった。お仕事で召し出されて、必要な会話をし、退出する。二人きりになれる短い時間、その私が出ていく直前に、リヒャルト様が私の腕を掴むことがある。乱暴ではなくて、でも熱っぽく。それは合図で、彼は私を抱き寄せ、私も応じる。でも口付け止まり、それ以上のことはない。すぐに彼は私を解放して、何事もなかったかのように日常に戻る。

 意志は尊重する、尊厳を踏みにじりたいとは思っていない。だけど、恋人でいたくないわけじゃない。それが彼の真情だと、私はその態度に読み取っていた。


 一方の私は、どうだったのか?

 愛されていると思った、でもこんな形で愛されていてはいけない。

 その事実は、私の胸に何とも言えない奇妙な感情を呼び起こす。

 汚れのない背徳感。奇妙な陶酔。単純な幸福感。

 同時に、敵意。やっぱり許せない、そんな気持ち。

 これは主従関係で、恋愛関係で、でも敵対関係だった。

 ねえ、これでいいの? こんなままで別れを告げて、一生会えなくてもいいの? せめて、怒ってなくてもいいんじゃないの? そんな風に自分に問いかける自分の声を私は聞く。

 そうだ。もういいんだ。怒ってなくていい。もう、こだわらなくていい。もう、私の地位のことなんていいんだ。お妃様になれなくてもいいんだ。この人がこれから生きていてくれれば、もうそれだけでいい。


 私は口を開く。

「本当は、嬉しかったんです。……素直になれなかっただけ。あなたが、愛してくれている。それだけで良かった。あなたの一番にならなければと、意地を張っていただけ。でも、いいです。私があなたの一番でなくても、私はあなたを愛しています」

 こんな場所まで辿り着いてまで、この言葉を発するのは怖かった。でも、彼を一人残していく。これで最後かもしれない。もういいんだ。たとえ彼が私を愛していなかったとしても、私は彼を愛している。そう言えるだけで、私の人生は十分だった。

 リヒャルト様はその青い目で私の顔を見て、それから私に近づく。

「私の一番はお前だ。今までも、そしてこれからもずっと。信用がないな。……まあ、それも当たり前か」

 私は黙ってしまう。そうだ、分かっていたはずだ、そんなの。二番目以下の女を側に置きたいと思うような、そんな器用な人じゃない。それも私がずっとこんなにつんけんしていたのに、一緒にいられるように、骨折って気を配っていてくれたのに。

 それから彼は、ちょっと悪びれた様子で口ごもる。それから言葉を発した。

「この一年間、ずっと探し続けていた。お前と結婚する方法をな。その前から考えていたけど、以前よりもずっと真面目に」

「…………」

 私は思わず、彼の顔をまじまじと見つめ返してしまう。彼は赤くなって頬を掻く。

「上手い方法は見つからなかった、残念ながら。でももう、そんなのはいい。誰にも文句は言わせない。世界が終わるかもしれないのに、他人の結婚事情に首突っ込んでいるような連中に、いちいち付き合ってやることもないだろう、もう」

「それも、そうですね」

 そろそろ軽い口調になる私。いいかげん私らしくない、気取ってお高く止まった女の真似はかなぐり捨てるべきだった。

 彼は身を乗り出して、じっと私の目を見る。そうして、首に手を回して、耳元で囁くのだった。

「大好きだ、アリーシャ。初めて出会った時から、私はお前に恋してる。お前がいない人生では、私は呼吸ひとつできない。だから、私の元に戻って来てくれ。必ず」

 こういう時の彼は、本当に饒舌すぎる。普段は何も喋ってくれないのに。だからその沈黙にも私は、彼の言葉を読み取ってしまう。

 私の方はどうかな? 今までこんな風に、彼が言葉で伝えてくれたように、私がちゃんと言葉にしたことなんてあっただろうか。私は考える。私の想い、私が今までずっと、何だったのか。

「……ずっと分からなかった。私がどう感じていたのか。でも、ずっと側にいたくて、あなたをすぐ近くで見ていたくて。それだけで良くて。その一つを望んでいた。それ以外のことは、考えるのが怖かった。だから。……あなたは私の、……初恋、です」

 彼はその腕に力を込める。顔は見せないで。

「……痛い」

 ねえ、それ照れ隠しなの。ずるいよ、恥ずかしいのはこっちの方。

 彼は私に口付ける。私もそれに応じた。

 敵意とか、許せない感情とか、そういうの無しで、初めて。


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