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転生歴女 〜メイドとオタクと歴史の終わり〜  作者: 平沢ヌル
第六章 歴史の終わり
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第1話 元婚約者の来訪

 さて、新帝国歴一一三二年の事件については、アリーシャの弟であるランデフェルト公国技師、ヨハン・ヴェーバーに関する話からさせて欲しい。ヨハンはこの辺りの出来事、特に蒸気機関を巡る事態の推移について詳しい日記を残していたので、私たちもその視点を辿ることができるわけだ。


 蒸気機関の公開実験がおよそ一週間後に迫っていた。季節は初夏で、この地方では晴れることが多い時期だったが、今日は生憎の曇りだ。

 俺はその日、他国からの賓客をお迎えすることになっていた。新人技師でありながら、蒸気機関開発を担った中心人物の一人としてだ。そして、俺と同じような立ち位置に、俺の姉、アリーシャ・ヴェーバーもいた。

 俺とアリーシャ、それから他の面々が出迎えに立っていたのは、公宮の来賓用の入り口、その扉の前だ。朝から何度も来賓は訪れていて、その度に俺たちは立ちっぱなしになるのだから、いいかげん疲れていた。来賓はそれぞれに華やかだったり上品な衣装で、いかにも上流階級の小旅行という風情だ。出迎え側の面々とお互いに愛想を振りまいているが、せいぜい目立たないようにしていることが関の山という俺にとってはあまり関係ない。

 俺は二十歳、アリーシャは二十一歳になっていた。例の、『ヘロンの蒸気機関』を作ってからおよそ四年になるが、傍目にはあまり違いはないだろう。背は十六歳の時より少しは伸びていて、今はアリーシャよりも大分高くなっていた。一方のアリーシャだが、昔は食うところがなさそうな見た目をしていたが、二十一にもなると、少しは女らしくもなったようだった。

 この場面の服装についても一応は言及しておきたい。来賓をお迎えする立場なのだから、俺だってそれなりの服装はしていた、あくまで俺の基準では。畏れ多くも上流階級であらせられる来賓の方々の目にはボロ切れをぶら下げているみたいに映っているかもしれないが、そんなことだって知ったことじゃない。

 アリーシャの方だ。こいつもまた、地味なドレスだった。もうメイドじゃないし、今や公爵殿下の『廷臣』の一人だ。アリーシャはその正式な職階を呼称されることを嫌って、曖昧な表現である廷臣に留める。まあ、その気持ちは分からなくもないし、俺は別にどっちでもいいし、廷臣ってことでいい。とにかくそんな偉い立場にいながら、こいつの服装は地味だ、その辺にゴロゴロしてる貴婦人に比べると。そんな姿で、控えめに後ろの方に立っている。まあでも、服装のことはいい。問題は態度だ。

(ちょっと、性格が変わったんじゃないか?)

 そんな風に俺は思っていた。確かに一見では大人しいアリーシャだが、人見知りなだけで、親しい人々相手には時々相当うるさい。自己主張が下手だが、自己主張しないわけじゃない、そういう女だ。

 例の職階のせいかもしれない、あまり目立つことをしたがらなくなったのは。それは逆効果じゃないかとも思ったりする。だがそんな話を穿り返したところで無駄で、藪蛇でしかないだろう。今この状況から得られる情報は、今この状況から得られる情報が乏しいという情報だけだ。

 そんなこんなで、俺は退屈していた。こんな意味のない時間を過ごさせるぐらいだったら、肝心の蒸気機関の調整にでも戻らせて欲しい。この場では絶対に面白いことは起きない、俺にとっては。そう考えていた、その女が到着するまでは。


「ご機嫌麗しゅう、皆さん」

 馬車から降りてきた女は気取って挨拶した。

 その女の特徴について述べておかなければならないだろう。女と表現するのはあまり的確ではないかもしれない。十代前半と見える、ほとんど子供だ。長い銀髪を高い位置で止めてから下ろした髪型で、猫目に近い顔つきの少女だ。どちらかというと小柄だが、その割に手足は伸びていて、まだ成長期かもしれない。

 注目すべきは衣装だった。その仕立ての良さは俺にすら分かる。膨らんだ袖、肩、それから背中にかけては明るい紫色で、すっきりしたシルエットを保っているが、それが逆に、前身頃にとられた白いレースのボリュームを強調させている。ドレスの裾は短めだが、夏に近づいた季節にあってそんな貴婦人然とした衣装はいかにも大仰だ。

 ヴィルヘルミーナ・フォン・リンスブルック侯爵令嬢。御歳十三歳になられるリンスブルック侯国の君主の御令嬢だそうだ。


「ヴィルヘルミーナ様。……本当に、お綺麗になられて」

「ふん。当然ですわね」

 アリーシャと、ヴィルヘルミーナ嬢はそんな風な挨拶を交わしていた。アリーシャの腰が低いのはいつものことだが、他の来賓への畏った態度とは違って、親しみが感じられる。一方のヴィルヘルミーナ嬢だが、妙に偉そうな女、という第一印象だった。十三歳と歳若いながら、リンスブルック侯国を代表して使節としては一人、後は供の者たちを大勢引き連れて、数日間の旅路でこちらにたどり着いたのだという。

 ヴィルヘルミーナ嬢は、三年前にランデフェルト公国君主、リヒャルト殿下と婚約解消しているとのことだ。それが今回、リンスブルック侯国の代表として訪れたという。国家間では良好な関係が維持されていることを強調する意味合いもあるのかもしれない。

 これは俺がアリーシャから聞いた話だ。そしてそれは、この上もなく嫌な話でもあった、俺にとっては。だが、アリーシャはどう考えているんだろうか?

「本っ当の、本っ当に、お綺麗になられて。きっと、リヒャルト様は後悔なさいますね」

 最悪だ、この女。

 俺はアリーシャの頭を後ろから小突く、それも結構な勢いで。

「何すんのよ!」

「いいから黙ってろお前は」

「くっ……この……」

 少し後ろに下がり、押し殺した声で俺たちは会話している。その様子を鼻で笑うかのようにして、小さな客人は言葉を続けた。

「ふん。リヒャルト様ごときがどう思うかなんて、このわたくしの美しさには何の関係もございませんわね! 」

 おい、ごときって言ったぞこの女。


「……ご機嫌麗しゅう、ヴィルヘルミーナ様」

「エックハルト様ー!」

 少し離れたところからヴィルヘルミーナ嬢にそう挨拶するのはエックハルト・エードラー・フォン・ウルリッヒ様、リヒャルト殿下の側近だ。エックハルト様に対しては彼女は偉そうではない。

 二人はお互いの近況などを報告し合っているようで、このまま関心が俺とアリーシャから逸れてくれればいいと、俺はそう思っていた。

「さてと、長旅だったところに、長話もして疲れましたわ。そこのあなた、荷物を片付けなさい」

 ヴィルヘルミーナ嬢は顎で、大量の荷物を指し示す。先ほど召使が数人がかりで馬車から下ろしたものだ。それを他ならぬ俺に向かって、運べと宣っているようだ。

 俺は召使じゃない、蒸気機関の技師だ。それに類する言葉を口にしかけた俺の頭を、今度はアリーシャが後ろから小突く、それも結構な勢いで。

「運びなさいヨハン」

 心の中でだけ舌打ちして、俺は従うことにした。


「……どうぞ、お嬢様。これでよろしゅうございますか」

 逗留する部屋の前まで運んでやった鞄を軽く足で突いた俺に、ヴィルヘルミーナ嬢は凄い剣幕で噛み付いてくる。

「ちょっと! 乱暴に扱わないで!」

「それは失礼。では、わたくしはこれにて失礼いたします」

 ヴィルヘルミーナ嬢がどれだけ偉かろうが、それに傅いてちやほやするのは俺の仕事でもなければ、領分でもない。そんなのはエックハルト様あたりが適任だろう。姉の微妙な立ち位置の件も、俺自身には関係ない。そんな気分で、ついつい皮肉な物言いになっている。

 ヴィルヘルミーナ嬢は呆れたかのように、でありながら、どこか無邪気に口を開く。

「全く、しつけがなっていませんことね。あなたみたいな殿方は女性の荷物を運ぶことを喜びとしているのではございませんの?」

「んなわけあるか」

 つい本音が口に出てしまう。

「おかしいですわ。他の殿方は皆、喜んで、っておっしゃるのに」

「そりゃ甘やかされすぎだ」

「なんですのこの男!」

 ヴィルヘルミーナ嬢は怒り心頭のようだった。女を怒らせることに関しては、俺は群を抜いているらしい。村の女の子たちだろうと酒場の女たちだろうと、俺の言動に噛みつかない女はいない。市場のおばさんたちには逆に受けがいいぐらいだ。

 だが、俺だって言い分があった。この女の荷物ときたら、多いだけじゃない。旅行鞄だけならまだいい。画架、オペラグラス、双眼鏡、服を着せかけるためのマネキン、正体の分からない色とりどりの紙箱。ほとんどが軽い箱だったが、中身が入っていないような箱を何度も何度も運搬させられるのも、それはそれで腹立たしい。その様子はまるでおもちゃ箱だが、安っぽい子供のおもちゃではなくて、大人が大枚をはたいて買い揃えたような、そんなおもちゃ箱だった。


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