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転生歴女 〜メイドとオタクと歴史の終わり〜  作者: 平沢ヌル
第五章 恋
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第2話 天賦の才

 それは、私が初めてリヒャルト様に取り立てられた、『ヘロンの蒸気機関』の献上が発端だった。その件でヨハンは、リヒャルト殿下に取り立てられて、勉学と技術研鑚のための支援を受けられるようになったのだった。

 でもそれは、当初私が目論んでいたように、官吏見習いとしてではなかった。それは、『蒸気機関車』の完成に携わる技師見習いとしてだった。

 ヨハンが配属されたのは公爵直属の工房だった。リンスプルック侯国でも見たように、試験製造工房などにより産業振興を行うことは、君主の義務の一つだった。と言っても国家の規模が小さいので、大層なこと、例えば世界的大発明への貢献なんかが行えるわけではない。逆に特許なんかは確立されていない時代で、他国で扱われている技術を自国に導入するための技術検討は試験製造工房の主要な役割だった。だが私たちには、より重大な使命があったのだ。


 そう、蒸気機関車を作らなければならないのだ。ヨハンと、この私は。蒸気機関の根本原理は、基本的には気体の熱膨張と収縮で、そこからどれだけの仕事を取り出せるか。物理学としては初歩の部類だ。若葉は物理を勉強していたこともあったので、問題なく理解できるはずだった。でもそれは、あくまで根本原理に限った話だった。

 私は忘れていた、蒸気機関車がどんな形をしていたか。ヘロンの蒸気機関について、私がそれを形までよく覚えていたのは、単に前世で歴史オタクだったから。それに、ヘロンの蒸気機関は、蒸気の噴出の反動で動く、一番単純なものだった。

 だから、根本原理から逆算して、それからうろ覚えの知識を呼び起こして、蒸気機関車の構成要素の曖昧なスケッチを描かなければならなかった。ボイラーで水を沸騰させて蒸気を生み出し、それをシリンダーに送り込んでピストンを上下させる。その際の減圧と加圧のサイクルが、リズミカルな運動を引き起こす。上下動、回転運動、揺動運動を互いに連動させるのは、クランクやカム、それこそ遥かな古代からある機械要素だ。

 残念ながら、この作業で私は有能とは言い難かった。機械設計の技能は前世でも持っていたことがない。死ぬまで結局理系なのか文系なのかはっきりしなかったのも痛い。図面も引けないし、この時代唯一のエネルギー源ともいえる火力と生み出せる仕事の関係、その数学的なカンにも疎いようだった。

 私ってこんなに頭悪かったっけと思わないこともない。前世で大学生の頃は自分は頭が良いと自惚れていたような気がする。その自信はさすがに打ち砕かれていたものの、ある程度守備範囲と言えるこの分野だったら、もう少し貢献できて良さそうなものだった。

 逆にこの分野で才能を発揮したのはヨハンの方だった。図面を引くのもヨハン、蒸気機関の要素について私が何とか捻り出せたアイディアを、試作品のレベルまで落とし込むのもヨハン。その器用さも、勤勉さも、頭の切れ味も、私とは質が違うと言わざるを得なかった。


「はあ……。なんで、こう差がついたかな」

 私はその日も工房にいた。階下の作業場では、ヨハンが板金加工に勤しんでいる。一方の私は見守ることしかできなかった。

「別に、お前が板金加工することはないんじゃないのか?」

 隣でそんなことを言うのはリヒャルト様。この工房はリヒャルト様の直属の工房だから、視察に訪れることは頻繁にある。

「そんなことないですよ。前の世界では、女性だから手を動かして働かなくてもいいなんてことはない」

 そんなことを言いながら私は膝を抱える。いや前世だって、板金加工はしたことはなかったけど。でもできる人はできるし、自分だってコンピュータプログラミング程度はやっていたはずなのだ。

 薄々感づいていたことだが、どうやら私は頭が良くない。いや、それは認めたくない。そうじゃなくて、本当に要領が悪い。一度理解した、できたと思ったことでも、疑いが湧いてくるともう一度確認せざるを得ない。全体像の中で個別の知識がどれだけの重要性を持っているのか、それを直感的に把握する力に欠けている。どちらかと言うと私が無意識に重視していたのは、それが好きかどうかだった。

 若葉だった頃も、私ってこれぐらい要領悪かったっけ? そうかもしれない、決して要領がいいと思ったことはなかった。若葉も好きなことだけやっていたい、そういう感じだった気がする。

「忙しいんだな、お前の前世の世界の女性というのは」

 そんなことを言ってリヒャルト様は頭を掻く。それは決して否定できなかったのだが。

「あなたよりは忙しくないと思います、多分」

 それは君主だから、そういう接頭辞はリヒャルト様に付いて回る。君主たらんといつでも努めているのが彼の常だった。

「とにかく、お前にヨハンと同じ才能を求めているわけじゃない。お前にあるのは、別の才能だ。多分な」

「何の才能でしょう?」

 私は勢い込んで聞く。

「分からん」

「ええ……」

 昔よりトゲが減ってきたような気もするけど、でも時々はちょっと冷たい、彼はそういう人だったと私は思った。だけど、その後の言葉は意外なものだった。

「私に分かるわけがないだろう。お前の持っている才能は、私にはないんだ」

「え……」

 私は不意を突かれる。この才気煥発な少年が、自分には才能がない、とは。そんな思いを知ってか知らずか、リヒャルト様は言葉を続ける。

「私を買い被っている、お前はな。能力があるように見せかけているだけだ。それ以上を追求したら、見せかけの方が疎かになる。それは私にはできないんだよ」

 そんなことをリヒャルト様は言っている。こんな年若い少年の、その悟ったような言葉には、どこか諦念のようなものが感じられないこともなかった。

「でもでも、槍術は、あれは他の人には絶対真似できないと思います!」

「あれは別口だ。槍術がすなわちその権威の根拠だ、ランデフェルト家にとっては。それに、遅れを取れば即ち死。そう思っている、私はな」

 元々はつんつんしていたのがちょっと怖くもあったリヒャルト様だったけど、今では少し違っていた。少し丸くなったと言うか、心を開いてくれたと言うか。その張り詰めた感性ゆえに人と理解し合えないことがあっても、忍耐を切らさずに歩み寄れるようになったのだと思う。

「若いから、かなあ」

 そんなことを呟く。リヒャルト様には伸び代がある。だけど、私にはそんなものがあるのか、それはよく分からなかった。あるいは、残されているのかどうか。

「エックハルトみたいなことを言うんじゃない」

 リヒャルト様は顔を顰めて言う。

「エックハルト様、どんなこと言うんですか?」

「ああ。『私は所詮数ならぬ身、おまけに伸び代などとうに使い切っている。遊興に耽ろうと私の勝手です。あなたは違う、まだ若い。せいぜい勉強してください、この国の未来のために』博打打ち連中の秘密の社交場に入り浸って小銭を巻き上げてきてからそんなことを言う奴だよ、あいつは」

 私は軽く頭を抱える。

「それは……もう若くないからというより、むしろ幼稚な言い分なのでは?」

「ああ、言ってやってくれ。お前に言われるとむきになるからな、あいつは」

「私相手にはいつも平然とされてますけど?」

「そんな風に見えているだけだ」

「……とにかく、あの人のことはいいです。リヒャルト様も、ゲームなんてされたりするんです?」

「多少はな。目の前の盤面に熱くなって大局を見誤らないために。……でも、私はそんなに勝負事は強くない。自分の実力が相応だという実感も必要だな」

 そんなことを言いつつ、リヒャルト様は頬を掻いていた。それから、話題はいろんなことに逸れていって、それから本題だった蒸気機関の話にやっと戻る。


 それはドラマチックな出来事とは違っていて、この三年で少しずつ積み上げてきた、そんな穏やかな日常の話だった。私には、自分が特別な存在であるのかどうかは分からなかった。特別でなくてもいいのかもしれない、建設的であることができて、そして何かを建設していけるのであれば。

 前世で生きてきた証。前世で不幸だったことの取り返し。そのために私は行動に出た。そして、今の場所まで辿り着くことができた。それは幸せなことで、私はもう幸せになっていたのかもしれない。幸せになると目的意識を見失うとしたら、私は凡人だということで。

 とにかくそのままでもいいと思っていた、だけどいろいろあって、そうは行かなかったのだ。それを人に、理解してもらえるように説明することは難しい。だって、長い話になるのだ。それに彼は彼で、いろいろ思うところがあったことを、私は知らなかった。


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