第5話 敗北
そう、私がいた、砲兵部隊の戦果の話だ。
戦況は混沌としていたが、私がいた砲兵部隊は、それでも戦果を上げていた。小銃の一撃では倒れない中型や大型災厄でも、大砲が命中すれば確実に破壊することができるし、うまいこといけば多数の小型災厄を巻き込める。誘導さえ十分なら、時間はかかっても確実に撃破数を増やすことができていた。
私のデータ分析がどれだけ役に立ったか、それは何とも言えない。だがそれより重大な問題があった。味方に当てないことだ。遠くの味方に、一瞬で戦略のターニングポイントを伝えなければならない。狼煙では即応性に劣るし、手旗信号のようなものを視認できるとは限らない。そこで、私は火薬を使うよう、進言を行った。花火の要領で爆破させた火薬の合図で、味方が砲撃行動に移行したことを伝えるのだ。これだって前線の混乱の中でどれだけ視認できるかは分からないが、少なくとも友軍の砲弾に直撃した故の死傷者は出なかった。
これで、勝てるかもしれない。私はそんな錯覚に陥っていたと思う。
もしこの話を、元の世界の現代人が聞いたら、ちょっと不思議に思うんじゃないかと思う。
『災厄の攻撃手段って、本当にそれだけなの?』って。
そう。ここまで災厄が使ってきていたのは、あくまで近世レベルの戦闘手段で対処できるような戦い方だった。こんなメカを自在に操れるような文明に依拠したなんらかの主体が、それ以外の攻撃手段を用意していないのか、って。
私は、甘く見ていたと思う。
だから、戦闘の最中に、遺構の頂上部付近で、形を変えているものがあることに気がついていなかった。
他の誰も気がついていなかったが、黒い硝子質の立方体の一つが、ゆっくりと開いていっていた。その中から出てきたのは、反射鏡のようなもの。
何かがおかしいことにやっと私が気がついたのは、その中央部に光が集まっていっているのを目にした時だった。
遺構の砲門から放たれた光の一撃は、真っ直ぐに前線の一点に向かっていき、そこで爆発した。
運悪く着弾地点にいたリヒャルト様旗下の部隊員八名、ツィツェーリア様旗下の部隊員六名が、瞬時に激しい熱傷を負い、犠牲となった。その光景に、味方の部隊は茫然となり、攻撃の手を完全に止めてしまった。
進軍が止まったのを確認したのか、戦場に展開していた災厄は遺構へと後退を開始し、やがて姿を消した。
ヴォルハイム同盟側の、遺構周囲に展開していた全部隊もまた、後方陣地へと後退した。人的被害という側面では、普通の戦場と比べて多かったとは言えない。しかし、今までに見たことのない攻撃を受けた兵士達は一様に意気阻喪していて、言葉少なだった。
だから私は、戻ってきていた。ヴォルハイムの陣営から、リヒャルト様の陣営に。
リヒャルト様は軽傷だった。普段は綺麗な服も汚れていたし、あっちこっち擦りむいてはいたが、それでも目立った怪我はなかった。
「……リヒャルト様」
私は、躊躇いがちにその名前を呼ぶ。リヒャルト様は手で顔を覆ったまま、動かない。
「……勝てるわけがない」
リヒャルト様は低い声で呟いた。
「あんなの。槍だろうと、剣だろうと、新型銃だろうと、大砲だろうと。不可能だ」
「…………そんなこと」
私はそう言った。正直、何がそんなことなのか分からない。
それでも、彼がそう思ってしまったら困るのだ。皆は一様に意気阻喪していた。指揮官が落ち込んでいたら、誰も何もできない。なんとかして、元気付けなければ。たとえ、虚しい一言であっても。
「あれが、魔法でなければ。科学技術によって生み出されたものであれば、必ずどこかに弱点があります。エネルギーは無限ではないから」
そう言って、私はリヒャルト様に、躊躇いつつ手を伸ばす。
「大丈夫です。あなたなら。必ず、対処できます」
私の手が彼に近づいて、そして。
「……嘘ばっかり、吐くな」
掠れた声。
私の手は、素早く払い除けられる。
それから口を開いたリヒャルト様の口調は、ぞっとするほど冷たかった。
「お前は動揺していないな、あの攻撃自体には。まるでああいうものがあることは、元々知っていたような口振りだ。……あんな兵器の存在を、お前は知っていたのか?」
彼は私を一瞥して、言葉を続ける。口調だけじゃなくて、その視線ももう、冷たい。
「常人であれば、あれを見てなお、対処できる、なんて発想は出てこない。まあ常人ではないんだろう。だが、相手の攻撃力が度を超えていることを把握しているかどうか、それは話が別だ。……お前は、何を知っている? 『災厄』について。お前が見てきたというその別の世界は、災厄と関係があるのか。お前はその世界の遥かな高みから、私たちを見下ろして、馬鹿にしていたのか?」
常人ではないんだろう。私はその言葉が、無性に悲しかった。
私の前世。こんな突拍子もない身の上話を、それでも信用してくれたリヒャルト様。私は確かに、別の世界の人間としての記憶、それに由来するアイデンティティを持っている。だけど、前世でだって、こんな風に信じてくれた人がいたなんて思えたことはなかった。
その彼が、今はもう私を信じてはいない。
私はリヒャルト様に、どんな害意も持っていない、悪意なんてない、はずだった。でも、多分違う。私は、元の世界のことを全部、彼に話していたわけじゃなかった。この世界の科学技術のレベルに『合わせてやっていた』だけだった。それが、人の生死を左右する問題かもしれなかったのに。
私は、破れかぶれで口を開く。
「馬鹿になんてしていません。……私は、あの攻撃を予想することはできなかった。できていなかった」
それは、予想することは不可能だったという意味なのか。予想することは可能だったが、しなかったという意味なのか。
「遺構への攻撃行動によって、何が起きるのかは分からなかった。私たちの誰も。甘く見ていたのは皆同じです……それでもリヒャルト様、あなたは今回の攻撃に不賛成でしたね」
彼はそうだった。不確定要素への疑問を呈して、ヴォルハイム側からは弱腰を痛罵され、侮辱されていた。
「私は、権力なんて持ったことないし、そんな責任が伴う決定なんて、したことないですけど。……今回は、それが必要だった、多分。不確定要素と言ったって、その帰結が人的犠牲だってことは明らかだった。こうであるべき理想に惑わされて、全貌の見えない敵に向かって突っ込んでいくことは、一番してはならないことだった」
リヒャルト様は黙っている。私は、彼の顔を見ることはできない。
脆弱な槍。その通りだろう。だが、そんなことは問題じゃなかったはずだった。貧弱な手段で自分より強い相手に立ち向かうのに、自分の戦力を過大評価するのは自殺行為でしかない。
あの二人の言葉。
『人間は、災厄に勝たねばならない。単純なことだ』
『男の役目は、女が踊る舞台を作ること』
それらは確かに、一種の理想を体現していたのかもしれない。だけど、なんであの人たちの理想のために、リヒャルト様があんな酷い扱いをされて、酷いことを言わなきゃならないんだろう。なんで私は、それを見ても、聞いても何も感じなかったんだろう。
多分私は、悔しかったんだ。彼には絶対に勝てない、そのことが。臣下としてなんかより、私はもっと認められたかった。その渇望に際限なんてない、だけど彼は私の思い通りになんてならない、絶対に。そのために自分の気持ちが歪んでしまっても、そんなことには気付けない。
『お前には絶対に勝てないから』
なんて、言ったんだった、この人はそれでも。なんで、どうして。音波の原理も蓄音器も、こんなの簡単だよ、あなただってすぐに理解できるはず。絶対に間違えられない、撤回もできない選択を一瞬で下さなければならないような問題じゃない。
『今回の作戦には、お前は同行しなくていい。自分の安全を最優先し、帰国してくれていい』
それは、彼の心からの言葉だった。自分の判断に自信が持てないことまで含めて。
『あんな兵器の存在を、お前は知っていたのか?』
私は、知っていた。もちろんあれと同じものじゃない、でも、あれよりもっと酷い惨禍をもたらす兵器があることを知っていた。
「……ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい」
私は、もう、謝ることしかできない。
部隊員の死亡、八名。少なく聞こえるかもしれない、でもランデフェルトは小国で、しかも彼らは災厄特化の精鋭部隊員。これは手痛い損失だった。それにその人たちはきっと、リヒャルト様の前で死んでいる。
涙すら涸れて、出てこない。刺すような感情に支配されながら、その場を退出する以外に、私にはできることがなかった。




