第4話 『遺構』
荒地と山塊の境目、ごつごつした岩肌が強い風に晒されている場所に、その『遺構』はあった。
獣の牙を模して作った彫刻を、数百倍に巨大化した塔のようなものだった。その芯は金属製で、その根元から頂上まで一つに繋がっていると見える。その芯を取り囲んでいるのは白い砂岩質の石材と、黒い硝子質の立方体。それが幾重にも積み重なって、全体でその形状を構成していた。近くから観察したさいに見られる立方体の積み重なる様子は、黄鉄鉱の結晶をも彷彿とさせる。また、硝子質の立方体の中には時々光が走っているのを見ることができた。
その周囲を、小さな黒いものが動いているのが見える。『災厄』だ。遺構に近づこうとする侵入者を察知して、中から現れたものであるようだった。
「よろしく、お願いします」
暗色の合羽を着た私は、周りの人にそう挨拶する。爆風と土埃を被るこの役目は、女としてはどうなんだろう、と思わないこともない。
私がツィツェーリア様に頼んだのは、軍事作戦の後方部隊に参加させてほしい、ということだった。後方であれば、補給や戦況分析、大砲の援護射撃など、私にだってできることがあるかもしれない。私が組み入れられたのはヴォルハイム大公国付きの砲兵部隊だ。女一人がこうして部隊に参加する際の身の安全については、ツィツェーリア様が保証してくれた。
このことをリヒャルト様に報告するのは手配を済ませた後になってしまった。怒られるかと覚悟したが、彼は何も言わなかった。なんとも言えない表情で私を一瞥しただけだった。
私ができることといえば、大砲の着弾予測ぐらいだろうか。だがそれも、データに支えられてのことだ。精密な火薬量制御なんて行われていないし、照準も怪しいから、すぐに活かせる知識なんてない。とりあえずはデータを取ることに専念していた。これは思ったよりずっと、地道で成果の出ない作業だった。
それでも、大砲はこの作戦で、最重要な位置を占めていた。大型災厄には新型銃すら効かないし、小型災厄も一体一体倒しているには数が多すぎる。前線部隊の役目は専ら、遺構周辺を哨戒する災厄を刺激して、大砲の着弾位置まで誘導することだ。そして、そこに砲兵部隊が砲弾を叩き込む。そう、味方に当てないように。
「深追いするな、冷静に行動しろ!」
リヒャルトは叫ぶ。舌打ちは心の中に留めておかなければならない。
そもそも、ランデフェルトの部隊は、そして彼らの槍術は、こういう戦闘には向いていない。市街地や人の居住地域に現れた小型から中型の災厄を、地形や構造物を活かして短時間で仕留めることに主眼を置いた戦闘方法だからだ。
この作戦でのリヒャルト旗下の部隊ができることは、つまりは陽動作戦の駒となること以外ではなかった。味方の陣地から遺構までの吹き曝しの地形を、敵の攻撃を掻い潜って進み、少しずつ後退して誘導するのはいかにも危険だ。それは最初から分かりきったことで、撃破数に拘って功を焦ることは部隊には堅く禁じている。それでもこういう勝手の違う戦い方が、足並みの乱れを誘発しないとはいえない。
こんなランデフェルト式槍術の弱点をヴォルハイムが理解していないわけがない。マクシミリアンが揶揄した『脆弱な槍』とは、つまりはそういうことだ。そして、ヴォルハイム家の人間は伝統的に、特にマクシミリアンは嗜虐的だ。回り回って自分に被害を及ぼさないのであれば、味方であろうと痛めつけるようなことを平気で、そして好んで口にする。それに、そんな風に挑発すればリヒャルトが戦わざるを得ないことを分かって言っているのだろう。
それにしたって、手足を縛られて戦うのは趣味じゃない。リヒャルトはそう思わざるを得なかった。現時点で自分の部隊には負傷者は出ていない。だが、時間の問題かもしれない。こんなことで大事な兵士を失ったら、それこそ父祖への言い訳が立たない。
「褒めてやるぞ小僧、後は我々が仕留める!」
ヴォルハイムの部隊長、ツィツェーリアだ。誘導してきた敵の一団をツィツェーリア隊に任せて、自分たちは戦線の後ろまで交代することを目指す。と言っても、今度はツィツェーリア隊の援護をしなければならないので、安心はしていられない。
砲撃を主力とする作戦を旨とするヴォルハイムだが、ツィツェーリアの意図はもう少し別のところにあるらしい。ツィツェーリアは、単に災厄を薙ぎ倒すことを目的としている。間合いの関係で普通の剣は対災厄戦闘には向かないが、ツィツェーリアはその凄まじい膂力と常識外れの大剣で、問答無用に薙ぎ倒していく。戦場の悪魔と渾名されたヴォルハイム家の父祖の血は、マクシミリアンよりもむしろツィツェーリアに強く受け継がれていると思われた。一方のマクシミリアンだが、新型銃を装備した部隊を率いて別行動をしているらしい。その詳細はリヒャルトにも伝えられていなかった。
その新型銃と新型の弾丸の威力だが、それは確かに助けになっていた。リヒャルトの部隊も一本だけ使っていた、銃自体はリンスブルック侯国から借りてきたオリジナルで、弾薬だけがヴォルハイムから支給されている。それを使っているのはエックハルトで、従来とは比較にならない射程と精度で災厄の『目』を破壊することができていた。
「お前のお陰だよ」
リヒャルトはそう呟く。いつも底意地の悪いエックハルトだが、こういう時には頼りになった。
「どうでしょうか。思ったほど威力が高いわけではない。『目』の破壊には良いですが」
エックハルトは平然と怖いことを言うのだ。
「この銃で人間を撃つ場合にはかなりの威力を発揮するでしょうが、災厄に血は流れていません。新型銃の存在による戦略的な優位は限定的です。それに」
「それに?」
「災厄はどうやら、この銃の射手に向かってきている。……それも、『目』の破壊には好都合ですが」




