第11話 婚約解消
「……すまなかった。私の落ち度だ」
リヒャルトは頭を下げる。
正午近い日差しが窓から入ってきていた。災厄による工房襲撃の翌日、リンスブルック侯宮の応接室での出来事だ。
今日はリヒャルトがうなだれていて、ヴィルヘルミーナは身を起こしている。いつもはリヒャルトの方が優位にあるこの二人の関係だが、今日は逆だった。
「今まであなたを評して、自分が抑えられていないと言っていたと思う。だが、抑えられていないのは私の方だった。……私は未熟で、自分の弱さに負けてしまいそうになる。そのためにあなたには、辛い思いをさせてきたと思う」
その様子をエックハルトは見つめていた。道理は分かっているし、反省もできる。しかし、何かが足りない。それがリヒャルトだった。
「私は抑制と忍耐を学ばなければならない。改めて、私と共に歩んでくれないだろうか?」
今更こんなお願いしてみたところで、もう手遅れかもしれないが、と、エックハルトは思っていた。これも敗戦処理のうちだ。
ヴィルヘルミーナはじっと黙って聞いている。
そして、言った。
「お断りしますわ」
リヒャルトは顔をあげる。無言だったものの、え……とでも言いたげな表情だった。
しかし、ヴィルヘルミーナはふふ、と笑う。
「わたくし、幸せになりたいんですの。抑制と忍耐、ではなくて。誤解しないでくださいまし。私、リヒャルト様の幸せを願っていますのよ」
そう言って立ち上がると、スカートを持ち上げて一礼する。
「どうか、わたくしにお任せくださいな」
そして、ドアの外へと駆け出して行った。
リヒャルトはただ呆気に取られている。
エックハルトは軽く舌打ちして、その後を追った。
「ぴえええええええええ」
中庭に面した回廊で、ヴィルヘルミーナは泣いていた。
気丈に振る舞うヴィルヘルミーナが、やがていたたまれなくなって抜け出して、心の痛みに泣いていると。エックハルトはそれを恐れていた。
しかし、ヴィルヘルミーナの事情は、エックハルトの恐れとはどうも違うらしい。
「エックハルト様あ……お助けくださいまし……」
彼女は、回廊に置かれた壺に脚をぶつけて、派手に転んだらしい。向こう脛には青痣ができていたし、壺は床に転がっていた。
エックハルトはヴィルヘルミーナを抱え上げる。近くのベンチまで運んでやろうという算段だ。
「私は、赤ん坊の頃からあなたを拝見しています。本当にご立派になられた」
ヴィルヘルミーナはおずおずと聞く。
「ええと、ですわ。あの。リヒャルト様のこと……エックハルト様のご期待には、反していたのではなくて?」
エックハルトは満面の笑みを浮かべ、言った。
「まあ、否定はしかねます。ですが、私個人としては。豆鉄砲食らったハトみたいな顔した我が主君が拝めただけ、僥倖と存じます」




