第9話 ゲームセット
結局、自分にできることは大してなかったのだ。
そんな思いを抱えながら、エックハルトはその場に立ち尽くしている。
工房での戦闘後、廃墟の外でのことだった。アリーシャはその場を辞去し、リヒャルトは現場に留まって、リンスブルック侯国の士官と話をしている。
ヴィルヘルミーナだけがその場に残されていて、一人蚊帳の外に置かれていることでは、何も変わりはなかった。護衛が側についていたものの、この場で彼女が無視されているという事実の救いにはなっていない。
雨がパラパラと落ちてきて、これから天候が崩れてきそうだった。これから夕方になって気温が下がってくれば本降りになるかもしれない。
また、馬鹿君主の尻拭いか。エックハルトは内心で毒づく。エックハルトは、その他の悪徳には義憤よりむしろ興味を覚えるという御仁だが、大人の事情で子供を無用に傷つけることは毛嫌いしていた。
「ヴィルヘルミーナ様を天幕の中へ」
ようやく立ち上がった天幕へと、周囲の者を促してエックハルトはヴィルヘルミーナを導く。
「ヴィルヘルミーナ様」
「…………」
改めて近くで顔を見ると、ヴィルヘルミーナは悲しそうな様子ではなかった。目を見開いて、何かをじっと考え込んでいる。
エックハルトは跪き、ヴィルヘルミーナと同じ視線の高さになる。そして再度、口を開いた。
「ヴィルヘルミーナ様。世の中には、石が落ちるように一直線に進んでいって、他の誰が止めようとしても止まらない、そんな出来事があります」
ヴィルヘルミーナには難しいだろう。
何が言いたいのか?
それはヴィルヘルミーナにとって、役に立つことなのか?
そう自問自答しながらも、エックハルトは続ける。
「人間はそんな出来事に翻弄されてばかりです。できることは、そんな理不尽に当たってどう振る舞えるか、それだけですよ。そして人間の価値は、そこにしかありません」
ゲームセットだ、と、エックハルトは思っていた。リヒャルトとヴィルヘルミーナでは、幸せな結婚は望めない。妥協するか、別の道を選ぶか。それしか選択肢は残されていない。
自分にできることは、大してなかったのだ。
その言葉をエックハルトは繰り返す。
幼いリヒャルトと、幼いヴィルヘルミーナ。
歳相応ではない分別が備わっているとしても、その内心まで大人であるとは言い切れない。そして、その不相応な分別を周囲の大人は利用していて、しかも成り行きをただ傍観している。そして、エックハルトも結局その一人でしかなかった。
ヴィルヘルミーナは、首を傾げて、不思議そうにエックハルトの顔を見ていた。
「エックハルト様。わたくしにはあまり、難しいお話は分からないのですけど」
そう言ってヴィルヘルミーナは、エックハルトに近づくと、その両手をエックハルトの頬に当てた。
「エックハルト様が私を気遣ってくださってる事はわかります。……ありがとうございます、ですわ」




