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転生歴女 〜メイドとオタクと歴史の終わり〜  作者: 平沢ヌル
第二章 侯爵令嬢
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第7話 工房にて

「お前は、どう見立てる」

 リヒャルト様の言葉に、私は、おぼろげな知識を呼び起こして、目の前の銃の構造と見比べている。

「一番顕著な特徴は施条でしょうか」

「施条?」

「弾頭が回転しながら飛ぶように、 螺旋状に銃身の内部に付けられた溝ですね。これによって軌道が安定し、命中率が向上します。ただし、欠点があります」

「欠点?」

「……施条が有効に働くには、回転を弾頭に伝え、かつ空気漏れを減らすため、施条と弾頭の密着度を上げなければなりません。従来の球形の弾丸では、無理やり押し込まなければならない。そのため装填が遅くなり、実用性が下がります」

「解決方法があるのか?」

「弾丸後方の形状を、発射時に変形し広がるようにします。そうすることで装填速度を変えず、施条の効果を発揮することができます」

 リヒャルト様は少し考え込んで、それから呟く。

「よく分からんな。具体的には?」

「ええと……椎の実、でしょうか。弾丸後方をドーム型……というか、U字型の形状にして、爆発した時に外側に向かって内圧がかかるようにする……ということだったと、思います」

 専門家っぽく聞こえるように努めてみたけど、私は内心、しどろもどろだった。銃の歴史は難しい。

(まるで、口頭試問だよなあ……)

なんて、思ってみる。


 私たちは、リンスブルック侯国にある、新型兵器の試験製造工房にいた。これが今回の訪問の主目的である。裕福なリンスブルック侯国では、銃火器の生産にも力を入れているようだった。

 銃は、技術革新の連続によって改良に改良を重ねられた武器だ。私は前世で歴史オタクだったから、昔の銃の種類について調べたことがある。けど、近代の銃は複雑すぎて理解できなかった、って、情けない告白をするしかない。目の前にドライゼ銃とエンフィールド銃とスプリングフィールド銃とベイカー銃を並べられたとしても私には見分けがつかない。わかるのは、ランデフェルト公国で採用されているのが、フリントロック式滑腔型マスケットだってことぐらい。

 それにしても、と、私は思う。こういう施条、ライフリングが施された小銃は、十五世紀末には原型があったはずだ。だから、文明程度が近世に相当すると思われるこの世界でも、製造できること自体はそんなにおかしくない。でも広く実戦に使用されるようになったのは十九世紀になってからのはずで、完全に近代に入っている。今ここでライフルが実用化されるとすると、技術的発展度が元の歴史から逸脱することになるかもしれない。というよりも、文明の程度は元の世界と一様に同じ形で発展してきたわけではなく、ばらつきがあるのかもしれなかった。


「ねえ、あなた」

 声を掛けられ、私は振り返る。ヴィルヘルミーナ様だった。今日の視察にくっついてきていたのは拝見していた。宮廷で見せるコルセットドレスの姿ではなくて、茶色を基調としたコートに帽子、上品で可愛らしい外出着だった。

「いかが、なさいました?」

「話がありますの。ついてきなさい」


「言いましたわね、あなた。わたくしにも合う、お勉強の方法があるって」

 ヴィルヘルミーナ様はぼそっと、そう切り出すのだった。ヴィルヘルミーナ様に導かれた場所は、工房の二階に続く階段のところだ。窓からは薄曇の空が大きく見える。

「……言いましたね」

「どんな方法ですの。教えなさいな」

 私はしばし、うーん……と考え込んでしまう。

「そうですね。……今、即座には言えません」

「なんですのそれ!」

(……うっ……)

 もうちょっと、ちゃんと考えて口に出すべきではあったことだ。学習障害の子供にも適切な勉強方法がある、のは、単なる一般論だ。私が児童教育の専門家だったことはない。何の専門家だったこともないかもしれない。もし私がその道のプロだったら、せめてもっと良いことが言えていたはずだ。

 本人にとってはそれでは済まされない。切実な問題なのだ。

「それじゃ詐欺師じゃないですの! ヒトを期待させておいて……」

「お待ちくださいヴィルヘルミーナ様!……整理して、ご説明します」

 私は、軽く息を吸い込む。

「非凡な才能の引き出し方は、それぞれによって違うのですよ。何だったら好きなのか。何だったらできるのか。それ次第で、引き出し方は全く変わってきます。まずは、それを知ることです」

「…………」

 ヴィルヘルミーナ様は考え込み、しばらく黙っていた。やがて、口を開く。

「お裁縫と、ダンスは好きですわ。でも」

「でも?」

「それでしたらわたくし、好きなことしかしないですわ。それでは、今までと同じではありませんの」

(あ、あはは……)

 人生で雑学知識しかない場合、こんな時の解決策を簡単に提示できないのが悪いところだ。

「そうですね。では、やりたくない事は、やりたいことをやるための道具、と考えましょう」

「道具?」

「算術はその典型です。お裁縫でも、型紙を作ったり、布地を裁ったりする時には、正確な数字が必要です。ちょっとやりたくないことでも、好きなことのためならやろうって、そう思えないでしょうか」

「……やろうと思ったからって、できるのとは違うのでございましょ」

「そうですね。まずはできることで、やろうと思えることから。そこからだんだんと、探していけばいいのです。そのために、家庭教師のみなさんが控えているのですよ。あなたは、一人ではありませんから」

「うーん……」

 素直に、ヴィルヘルミーナ様は考え込んでいた。その頬には赤みが差していて、年相応の少女のようで、とても可愛らしい。

(いい子、なんだよねえ)

と、私は思っていた。私に当たりがきつかったのも、彼女にしてみれば当然のことで、むしろ私の存在の方が不適切だ。それでもこうしてちゃんと話を聞いてくれるんだから、性格は良い方なのかもしれない。それだけに、彼女のリヒャルト様との相性の悪さは、少し私には腑に落ちない。


 私は窓の外に目をやる。

 違和感。


 視界の中央で、影が急速に広がる。

 私は反射的に屈み込み、隣のヴィルヘルミーナ様も引き倒して、庇う。


 窓を破って侵入してきたのは、金属製の巨大な機械。

『災厄』だった。


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