推しを純粋に推しているだけなのに理解されません
メイ・ホーリー・プリムローズ、13歳。今日も推し活に忙しい。
わが国には4人の王子様がいらっしゃる。王太子は決まっておらず、どなたが次期国王となられるのか、その動向が注目されている。
長男、次男、三男、四男と、上から順々に王位継承権が優先的になるのが普通だが、それぞれにご事情がおありだ。
第一王子のトーマス様はお美しく芸術の才があられるがご病弱、第三王子のアレン様は側妃のお子で、新勢力の後ろ楯が強い。第四王子のコニー様はご優秀だがまだ幼い。
そして私は断然、第二王子のアーヴィング様推しだ。
転入してきた王立学園で初めてアーヴィング様を見たとき、胸がドキュンとした。完全なる一目惚れだ。
まばゆく光るさらっさらのブロンドヘア、深いブルーの瞳に白い歯。
太陽のような笑顔と青空のような爽やかさを合わせ持つアーヴィング様に、胸を撃ち抜かれたのだった。
見た目の美しさなら第一王子の方が勝るとか、頭が切れるのは第三王子だとか、第四王子の愛くるしさには敵わないだとか、色々と反論の声はあるけれど、それでも私はアーヴィング様イチオシ、アーヴィング様一筋だ。
そう、別に金髪蒼眼なのは他の王子だって同じだし、他の王子の方が頭が切れて優秀で後ろ楯があるのかもしれない。
ならば私が精一杯の愛をもって、アーヴィング様を押し上げよう。
汗水垂らして涙を流して、何もかも出尽くしてすっからかんになるまで、応援しようじゃないの。そう、この身が尽きるまで。
そう決意したのが運の尽きだったのか。
「メイ・ホーリー・プリムローズ男爵令嬢。この身のほど知らずが」
アーヴィング様のご卒業が間近に迫ったある日、アーヴィング様の側近たちが私を呼びつけた。
「金で爵位を買った、卑しい成り上がり者の田舎娘が」
「それでもたかが男爵令嬢。貴様のような分際で、アーヴィング様に取り入ろうだなどと思い上がりも甚だしい」
「アーヴィング様にはカミラ様という、素晴らしくお似合いのご婚約者がいらっしゃるんだぞ。不細工なお前の出る幕はない」
口々に罵倒する先輩方の後ろから、1人の女性がしとやかに現れた。由緒正しき公爵令嬢であり、アーヴィング様の婚約者であられるカミラ様だ。
ゴージャスな巻き毛に高貴な色のドレス、羽の扇子で口元を隠しているが、ありありと嫌悪の色が翡翠色の瞳に浮かんでいる。
「身のほどをわきまえなさいね。お分かりいただけたかしら? 二度とわたくしの婚約者に関わらないで、目障りよ」
まさか、私ごときにカミラ様ご自身が出ばって来られるとは。
あまりの驚きとショックで固まった私の無言を了解と捉え、4人は睨みをきかせながら去って行った。
呆然と立ち尽くしていると、
「すごいね、あんた何やらかしたの?」
すぐそばの建物の上から、声が降ってきた。見上げると低い建物の屋根に人がいた。
膝を折って三角座りした膝に肘を載せ、頬に手を当てて、ニマニマとこちらを見下ろしている。
ここは放課後のクラブ活動のための小さな部屋が並ぶ場所で、放課後以外は人気が少ない。
よって見られたくない用件で呼び出したり、授業をサボるにはうってつけの場所ということだ。
「アレン様……!?」
地面にストンと降り立ったアレン様――第三王子は、呆気に取られている私の顔を覗き込んで、「大丈夫?」と小首を傾げた。
さらりと音を立てるように流れる黒髪に、しゅっとした切れ長の瞳は琥珀色。
1人だけ他の王子と色合いの違う王子様。ご兄弟とは母親が違うからだ。
「大丈夫? 随分なことを言われてたけど。俺で良かったら、話聞くよ」
ニマニマ笑いを引っ込めて、すっと真剣な目つきになったアレン様が仰った。
「一方的に言われ放題で悔しいでしょ。かといって言い返せないのも分かるし。俺に吐き出しなよ。大丈夫、誰にも言わないから」
知らなかった。アレン様がこんなに気さくでお優しいなんて。
冷たそうな見た目とシニカルな言動が目について、取っつきにくい感じの王子だなと勝手に敬遠していた。
そもそも転入早々にアーヴィング様に一目惚れして以来、他の王子に興味がなかったのだ。
一緒に授業をサボり、説明下手で時おり感情的になる私の話に、アレン様は寄り添って聞いてくださった。
「爵位を金で買った卑しい成り上がり者の田舎娘」で「たかが男爵令嬢」の「不細工な」私に対して、なんたる神対応!
全ての話を丁寧に聞き終えたアレン様は、私の力になると固く約束してくださったのでした。
「――でしたわよね、わたくしたちの馴れ初めは」
あれから十数年になる。
パパとママの馴れ初めを聞かせてと可愛い娘にせがまれ、照れながら話した。
「へぇー、じゃあパパ、ラッキーだったのね。おじいちゃんのお金と後ろ楯がなかったら、国王になれてなかったかもよ。昔の王室って財政難だったんでしょ。昔からの貴族も名誉だけで中身がすっからかんとか珍しくなかったって」
「こらこら、身も蓋もないことを言うなよ。そんな話をどこで聞いてくるんだか」
夫が苦笑した。
「でもまあ、君の仰るとおり、俺はとてもラッキーだったよ。メイと結婚できて。一途で献身的で自分への見返りを求めず、応援する者の躍進だけを願って、情熱を捧げてくれる。健気で素晴らしい女性だ。プロポーズを受け入れてもらうのは大変だったがな。頑なに断られ続けて、2年かかったっけな」
「えー、ママったらパパのこと大好きなのに、プロポーズ断ってたんだ? 何でー? 焦らしテク? 2年は焦らしすぎじゃない?」
「私にとってパパは『神』だったの。同格の存在じゃないの。何もかも注ぎ込んで応援するのは当然として、神と結婚するなんてとんでもないわって。ちゃんと身のほどはわきまえてたのよ。応援者として。応援する代わりに交際してほしいとか、デートしてほしいとか、手を繋ぎたいとか、匂いを嗅ぎたいとか、そういうのはナシ。そういうのは全部、妄想で良かったのよ。そう、推しとの妄想こそ至福! 違うダメよ! 妄想で汚すのも畏れ多いわ。そういう神がかった存在だったの」
思い返せば、アーヴィング様のときもそうだった。
ご婚約者とその取り巻きたちに釘を刺されるまでもなく、私は自分の身のほどをわきまえていた。そのつもりだった。
アーヴィング様に貢ぎ物はたくさんしたけれど、直接お話したことはほとんどなかったのだ。
アーヴィング様が生徒会長に立候補なさったときも、全力で票集めに奔走したが、それも水面下でのこと。私の存在感は出さぬよう気を付けたし、特に感謝されたいとも思わなかった。
だけど、まさか罵倒されるとはね……。
あれに懲りて、新たな推し活には迷いが生じたけれど、前のいきさつを知っていたからこそ、アレンは私への配慮を欠かさずに、応援を受け入れてくれた。
アレンも私も分かっている。私がきちんと自分の身のほどをわきまえていることを。
いくら好きになっても身分差のある異次元の人、身近で会えるけど別世界の想い人。
そう割り切ることで、辛いときも正直あったけれど、その切なささえも糧にできる。それでこそ一番の応援者だと自負できた。
だからアレンが「結婚してほしい」と言ったときには本当にびっくりして、混乱を極め、アレンの心境が信じられなかった。応援者として築き上げたプライドも頭をもたげて邪魔をして、2年も逃げてしまったけれど。
まさか逃げられるとは思っていなかったアレンの執着心に火を点けてしまう形となった。
自覚はなかったが、娘のいうところの「焦らしテク」だったのかもしれない。笑って旦那様の顔を見ると、微笑み返された。
私の推しは今日も尊い。