風雲児 益す 旧い
この世界には、「天才」と呼ばれる人種が存在する。誰も認めず、本人ですら否定している場合も多いが、確かにいる。それは両親などの周りの環境によって生まれる、人類の突然変異種なんじゃないかと私は思う。とある町にいる博士、両国賢治もその1人だった。 彼の作りだす発明品は誰よりも最先端で、実用的で、そして、誰にも理解できなかった。
しかし、そんな博士は、最高傑作と銘打っておきながらどこにも公表しなかった作品が1つだけあった。部下の中でも一握りしか知らないそれは、能力向上機「シフト」という人体装着ユニットだ。このユニットは超極小サイズの丸いパネルで、鼻から吸い込むと自動で人体にくっつき、作動する。すると、脳内に自身の成長を促進する信号が送られ、最終的に天才的な能力を手に入れることが出来る。さらに、そのユニットは仕事を終える頃には人体に完全に吸収されて無くなる。まあ、ここまでの説明で分かるように、私たち凡人には全く理解できない仕組みだった。ただ、その機器が世界の問題を全て解決しうる力を秘めているだろうことは誰の目にも明らかだった。だって、時代の節目に現れ、世界に大きな変革をもたらす「風雲児」を自由に生み出すことができるのだから。
そんな機器だから、全世界から製作希望の声が上がった。しかし、両国博士は断り続けた。「これは確かに吾輩の最高傑作だが、同時に吾輩が作ってきた発明品の中で最悪のものとも言える。こんなものを世界に広めるわけにはいかない。吾輩は世界の破壊には興味がないからな。」こう言うのだ。
言い忘れていた、というより言うまでもなく、この世界には「愚か者」という人種もいる。「愚か者」の特筆すべき特徴は「天才」とは違って後天的に身に付くもの、ということだ。両国博士の部下にも1人、「愚か者」がいた。彼は、両国博士の意志を無視し、ある日「シフト」の設計図を盗み出し、失踪した。部下を信頼していたのか、はたまた彼もまた「愚か者」になってしまったのか、設計図は無防備にもテーブルの上に置いてあった。
それからほどなくして、人間進化装着「アエラスネフォス」が全世界に高値で売られ始めた。全世界から注目を浴びていたそれは富裕層を中心に飛ぶように売れ、先進国や財力のある国は経済の大成長を遂げた。他の国や貧困層を踏み台にして。
実は、「アエラスネフォス」には幾つか問題点があった。
1つ目は装置を手にした人々がその装置の力に溺れ、侵略主義が強まったことだ。「アエラスネフォス」が販売されてから、幾つの世界大戦、クーデター、テロ、それらに伴う政権崩壊が起こってきただろうか。もう数えるのは不可能かもしれない。
2つ目は大勢がその装置を使った結果、使う前と相対的な差が変化しなかったことだ。まあ、少し考えれば分かることだが、「愚か者」には分からなかったのかもしれない。
3つ目は「アエラスネフォス」を使った人は5年後に寧ろ以前よりも愚か者に近づくようプログラムされていたことだ。その結果、発売されて5年を過ぎたあたりから徐々に大規模な争いが減り、代わりに短絡的な犯罪が一時的に増えたが、それも間もなく減った。世界の脅威は自然と去っていったのだ。しかも、この機器を使うとマズイ、というトラウマを与えて。やはり、両国博士は天才だったんだ。
最終的に、「アエラスネフォス」は全世界で販売禁止となり、天才が数えるほどしかいなくなったこの世界は、以前よりも工事関連や化学品の加工関連等、第二次産業の雇用が増え、お金持ちに限って没落していったことで貧富の差が縮まるという結果に落ち着いた。また、大勢の風雲児たちが様々な業界でその仮初めの実力を存分に発揮してくれたお陰でいくらか科学的な進歩も見えた。きっとあと10数年もすれば、こんな古い出来事の愚かさを理解できない人たちの社会が出来るだろう。
さて、話は変わるが、「アエラスネフォス」関連の大混乱の最中に、ある1つの画期的な医療法が確立された。それは「脳の再生医療」だ。
「……おはよう、望叶。」
大切な人と、彼女との思い出を救うために、世界中を混乱に陥れた1人の男性は天才か。それとも愚か者か。少し旦那に恵まれた凡人にはどうでもいいことだった。
風雲児
世の中の変動や事変に応じて活躍する人。変動や事変などの機会をつかみ活躍する英雄豪傑。
益す(ます)
①数量や程度などが多くなる。
②数量や程度などを多くする。
旧い(ふるい)
①長い時間が経過している。昔の出来事や昔からあるもの。
②役割を終えたこと。使用済みなこと。
③食べ物などが、時間が経ち、鮮度が落ちた状態。新鮮ではない状態。
④時代遅れ。旧式。古びている。
⑤以前の。過去の。昔の。




