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第二十六話 堕ちた者達


「綾乃ーーー!」


 後方からマリアが呼ぶ声が聞こえる。

 見やると、大きく手を振っている姿があった。


「容態は」


 駆け寄り声を掛ける。


「あくまで応急処置を施しただけだもの……正直生きているのが不思議なくらいよ」


 マリアは心労に染まった表情で答えた。

 その両腕には苦悶の表情を浮かべながら浅く息を繰り返す少女の姿。素人目から見ても、一刻を争う事態である事は明らかであった。


「……なら」


 言うと綾乃は不意に端末を取り出し、ある番号へ着信をかける。

 数秒ほどコールが続き、聞き慣れた少女の声が耳朶を叩く。


『は〜い。皇鳥です〜』

「会長。すみません斬崎です」


 電話の相手は生徒会長・皇鳥つばめ。

 間延びした声で「あ〜綾乃クンか。どないしたんな?」と問うた。


 綾乃は辺りを見渡しながら、


「えと、少し頼みたい事があって」

『ほぉ、それウチじゃないと出来んことか?』

「えぇまあ」


 一拍の沈黙。


『そかそか、ええで。何でも言うてみな〜』

「助かります。実は——」


 そうして綾乃は結論として救援が必要な事を話し、そしてここに至るまでの過程をかいつまんで説明した。

 数秒の間を置き、つばめは『ふぅむ』と唸った。


『まぁ、いろいろ突っ込みたい事はあるけど……それは正式に救援要請した方がえんちゃうか?』

「あはは、いやまぁそれはそうなんですけど」


 綾乃はある方向に視線を固定すると、大きく跳ねながら手を振った。


「だって会長、近くまできてますよね? 頼む方が早いかなぁと……」


 申し訳なさそうに苦笑する綾乃。


『…………よー分かったなぁ』

「えぇと、それで」

『分かった。手伝ったるわ』

「本当ですか! ありが——」

『ただし』


 綾乃の言葉を遮ったつばめ。


『貸し一つ——今度うちが困ったときは助けてな』

「もちろん」

『交渉成立や。そこで待っとき、五分で着く』


 言うとプツっと通話は切られ、無機質な音が響き渡る。

 綾乃は「これでよし」と満足そうに笑みを浮かべ、後方のマリアに向き直った。


「あと五分で会長たちが来るってさ。とりあえずこれで安心だね」

「……会長? え、は?」

「いや、どうやら近くまで来てるみたいでさ。ちょうど良かったよね」

「???」


 困惑を通り越して理解不能の疑問符を浮かべるマリア。

 どうしてわざわざ会長に? いや、そもそもどうして会長がこんなところに? 「たち」と言う事は他にも誰かいるのか? 

 浮かんだ疑問が数あれど、先の回復処置で集中力を使い切っていたマリアはぎこちない笑みを浮かべ、


「良かったわね」


 とてつもなく適当なサムズアップを出した。


「うん、それでマリア。少し頼みたい事があって」

「……これ以上アタシに何かさせる気?」

「ごめんごめん。でもそこまで難しい事じゃないから」

「アテになんないわ……」

 肩を落とすマリアに、綾乃は申し訳なさそうに呟く。

「会長たちが来るまでの間——ここで彼女を見ておいて欲しいんだ」


 その言葉に、マリアは思わず顔を上げた。


「流石に疲れてるアタシでもその手には乗らないわよ」

「それでも、今ここで彼女を放置するわけにはいかないだろう?」

「……たった五分待てばいい話じゃない」

「その五分が命取りになる事もあるよ」


 マリアの口調に、段々と苛立ちが孕んでくる。


「アンタが強いってのは認めるわ。けれども——」


 勇気と無謀を履き違えないで。喉元まで出かかった言葉が、どうしてか堰き止められた。


「——アタシは」

「マリア、ありがとう。ここまで着いてきてくれただけで充分だよ」


 そんなマリアに綾乃が微笑を向ける。


「それに、今回の事は僕の過失から招いた事かもしれないしね」

「え……」

「これ以上、他人に迷惑をかけるわけにはいかないよ」

「——」


 言いながら綾乃はポケットから抑制リングを取り出し、マリアに手渡す。


「戻ってくるよ。だから、少し預かっておいてくれないか」

「…………」


 返答はない。ただ長い沈黙だけが、その場を支配した。

 綾乃は微笑のまま、少し残念そうに立ち上がる。


「それじゃあ、行ってくるよ」


 そうして、いつの間にか視界から綾乃の姿は消えていた。

 マリアは静かに唇を噛み締め、両手の抑制リングをぎゅっと握りしめる。


(アタシは……ただ……)



◼️



 荒廃した街並みを駆け抜ける軍用車。

 その中には、とある少年少女の姿があった。

 運転席でハンドルを握る少年の名は黒鋼影。


「……ウチらの動き、バレバレやったみたいやなぁ」


 その傍で端末を閉じ、嘆息を吐きながら言葉を零す少女——皇鳥つばめ。


「恐ろしいほどの察知能力、もはや人間業ではありませんね」


 つばめの一言に、影は表情を変えずに答える。


「……気に入らんなぁ」


 腕を組みながら思考を巡らすつばめ。


「何か気になる事でも?」

「いや、うちの考えすぎやろうな。あかんなぁ、役職持つとどうも勘繰る癖がついてしまうわ」


 あははと笑い飛ばしながら、つばめは窓の外を見やる。

 その横顔を影が一瞥する。彼女の目は笑っていなかった。


「——そうですか」


 アクセルを踏み直す。

 車両は唸りを上げると、その速度をさらに上げていった。


(……わざとか。それとも本当に……いや、考えても無駄な事やな)


 両者の、決して交わらぬ思惑を抱えながら。


 ◼️

 


「……ここだね」


 綾乃は足を止めると、目の前に広がる光景に半眼を作った。

 それは大きな教会であった。

 だが辺りの木々は枯れ、シンボルである聖母像は頭が破壊されている。

 祈りを集めるはずの聖地は、残酷なまでの時間の経過によって朽ち果てていた。

 人の気配はない。綾乃が警戒を解かずゆっくりと歩を進めると、


「よぉ、待ってたぜ。クソ野郎……お前ならきっと来てくれると思っていたよ」


 教会の奥から、四つの人影が現れた。

 その四人の顔ぶれに、綾乃は「あぁ」と声を漏らす。


「やっぱり君達だったんだね」


 対峙したのは——青髪の少年、真久部恭一。そしてその取り巻き。

 オリエンテーションにて綾乃が徹底的に打ちのめしたB、C、Dクラスの生徒達であった。

 詰まるところ、救援の正体は嘘偽り。

 綾乃は特段驚く事もなく、一つ吐息を吐いた。


「おいおい、何だよやっぱりって」


 相変わらずの口調。恭一は目尻に皺を寄せると、荒々しい蹴りを近くの像に見舞った。

 ゴガァン! と木っ端微塵に破砕したそれ。綾乃は表情を変える事なく問うた。


「促進剤を使ったのかい?」

「——」


 その問いに、ぴたりと恭一の動きが止まる。


「何で知ってやがる」

「それはどうでもいいよ。とりあえず質問に答えてくれないかな」

「……おい、あんま調子に乗んなよ」


 こめかみに青筋を立てながら、恭一はゴキリと首を鳴らす。


「お前のせいだ。お前のせいで全部壊れた。……この、薄汚れた鼠が……!」

「……」

「高貴な身分の俺が、その鼠に負けるなんて事あっちゃいけねぇんだよ!! だから——今ここでお前を殺し、俺が本物だって事を教えてやる」


 恭一は下卑た笑みを浮かべると、懐から注射器を一本取り出し、首筋に刺し込んだ。

 ——急激な知能の低下。

 ——支離滅裂な言動。


「大いなる神々に賛美を!!」


 ——そして、神々への過度な信仰。

 四人は雄叫びを上げながら、その身を異形のものへと変身させていく。

 四肢は巨大化し、身体には無数の赤黒い触手が纏っていく。首は捻り切られ、その代わりと言わんばかりにパーツのない白亜の顔面が絶叫と共に生えてきた。

 〈神骸化〉その三文字が頭を過ぎった。

 綾乃は静かに刀に手をやり、目を伏せる。

 最初から分かっていたわけではなかった。

 ただ例のメールが来た時、不意に『この』可能性が過ったのは事実だ。

 だからこそ、確かめたかった。


(……ごめん師匠)


 その可能性が、外れますようにと。


(もう、殺すしかなくなった)


 綾乃がゆっくりと両眼を開く。

 ——蒼焔を宿した、魔の両眼を。

一年経ってました。びっくり。

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