第八話 ㈱アシタノヒューマン 9 一千光年の道も一歩から
二体のアンドロイドが歩き始めます。
今回は軽いエピソードになります。
「ゆっくり起こしますよ~。」
起き上がっているベッドに手を添えて、千鳥ゆうなが呼びかけている。
二体のアンドロイドの、頭、腕の動作確認が終わり、いよいよ歩行テストが始まった。
いままで体を預けていたベッドを起こしているのだった。
モーター音が鳴り響き、ベッドが徐々に起き上がっていく。
二体のアンドロイドは、軽量合金と樹脂製品で構成されている。
と言っても、二体とも、60kg程度の重量を持っていた。
あやめの方が、背が低い分、若干軽い程度である。
歩行バランスを崩せば、転倒し運が悪ければ破損してしまう。
そのため、着地するベッドの端部と、アンドロイドの足裏の位置を揃えて、ベッドが起き上がると同時に、アンドロイドが床に立った状態となるよう設計されていた。
やがてベッドがほぼ垂直になった時、アンドロイドの足裏が床に着地し、床に荷重が掛かった。
念のため、胸の辺りを幅広のバンドで固定されている。
佐伯が、アンドロイドに話しかけて試験を始めた。
佐伯「静香さん、あやめさん、着地していますか?」
静香《はい、足裏のセンサーが感知しています。》
あやめ《私も、感知できています。》
佐伯「OK 体重のバランス調整はいかがですか?自立していますか?」
静香《荷重調整ジャイロは機能しており、自立できていると解析されていますが、胸のバンドの締め付けが強いため、判断できません。佐伯さまの要求に応えるため、バンドを緩め、外してていただくことを要求します。》
あやめ《私も同様の状況であるため、同様の要求を申し出ます。》
佐伯「よし、分かった。三村くん、長谷川くん、バンドを緩めてくれ。ゆっくりだぞ。」
三村、長谷川と呼ばれた男性スタッフが、二体のアンドロイドを固定しているベッドの横に立ち、ゆっくりとバンドを緩めにかかった。
佐伯と、ゆうなは、もし、前に倒れた時のことを考えて、アンドロイドの喉と胸の間あたりの前に手を差し出している。
筐体そのものは、廉価版であり、歩行機能そのものに問題はないのだが、問題は三ヶ島吾郎が開発したAIと相性が合うかどうかだ。
吾郎は、モニターの前に座って、はじき出される数値や信号をつぶさにチェックしている。
吾郎「どうか?」
佐伯「わずかなふらつきがあるようですが、正常範囲内と思います。」
吾郎「ん。数値上でも問題ないようだ。」
佐伯「静香さん、あやめさん、データ上は正常値を指していますが、自身で判別できていますか?」
静香《はい、正常値に納まっています。》
あやめ《はい、私も正常値に納まっています。》
佐伯とゆうなは、差し出した手を降ろした。
ゆうなは、心配そうに二体を見守っている。
佐伯「それでは、歩行を開始します。静香さん、あやめさん、ゆっくりと一歩前に出て停止してください。」
静香、あやめ《了解しました。歩行開始します。》
そう言うと、二体は、ゆっくりと足を上げて踏み出し、ベッドのフレームから放れ、一歩前に出て両足を揃えて停止した。
佐伯「ふぅー。緊張するなぁ・・・。三ヶ島主任、とりあえず成功ですね。」
三ヶ島「うん。問題はなさそうだ。続けてくれ。」
佐伯「わかりました。じゃあ、静香さん、あやめさん、3歩進んでください。」
静香・あやめ《わかりました。3歩進みます。》
静香とあやめは、またゆっくりとみを進め、3歩進んで停止した。
「すごーい!すごーい!やったね!あやめちゃん!」
と、ゆうなは、キャーキャー騒いではしゃいでいたが、さすがの技術者である三ヶ島たちは、(おっ。)と、喜んだのもつかの間、少し浮かない顔をしていた。
正常に歩ているはずなのだが、なんとなく不自然である。
三ヶ島「う~ん・・・。なんかおかしいなぁ・・・。」
何がおかしいのか、と聞かれても、何がおかしいのか見ていてもよくわからない。
佐伯「もう少し歩かせてみますか?」
三ヶ島「うん、やってみよう。」
佐伯「二人とも、もう少し歩けますか?」
静香・あやめ《はい。歩くことができます。》
佐伯「それじゃあ、部屋の端まで歩いて戻ってきてください。」
静香・あやめ《はい、了解しました。》
二体は、そう言うと、ゆっくりと歩きだした。
やっぱりなんだかおかしい。
部屋の端まで行くと、立ち止まって振り返るのだが、ポルターガイストのような変な動きになっていて、ちょっと気持ち悪い。
それでも、なんとか元の位置まで戻ってきて立ち止まった。
「ねえ!ねえ!大丈夫なの?これ大丈夫なの?」
ゆうなが軽いパニック状態で、半泣き顔で吾郎に訴えた。
三村「あぁ~、分かりました。これって物理演算でシュミレーションした時の歩行に似てますね。〝二本の脚を持つ物体に、人工知能を使って一から歩行を学ばせたらどうなるか?〟ていう動画の動きによく似ています。きっと彼女達のAIもそうしているのではないのでしょうか。」
三ヶ島「あぁ・・・、なるほど。たしかにそうかもしれん。静香さん、歩行方法はどうやってシュミレーションしていた?」
静香《はい、私の学習プログラムにより、8万パターンの歩行方法をシュミレーションしております。》
三ヶ島「あぁ・・・。了解した。三村君の言う通りだったなぁ・・・。」
佐伯「ディープラーニングさせるのが、一番近道かと・・・。」
三ヶ島「そうだなぁ。それが一番手短だよな。そうしよう。」
佐伯「二人とも、歩行方法については、人間が歩行している映像から学習して、よりよく真似るようお願いします。設定は20才から25才の女性をターゲットにして下さい。」
静香《了解しました。20才から25才の女性の映像をターゲットにして、ネット上にあるデータからスキャニングします。このデータ処理と学習に関しては、30分以上の処理時間が必要と予想されます。データ処理のため、ホストコンピューターに接続いたしますが、ご許可願えますでしょうか。》
佐伯「許可しよう。」
静香とあやめが、さきほどまで固定されていた鋼鉄枠のベッドに納まると、ベッドの後ろからデータ送信用のコードがついたアームが、首筋の接続口に突き刺さった。
ゆうな「あやめちゃんは、少女タイプなんだから、もう少し年齢を下げたら?」
佐伯「あぁ、そうですね。そうしましょう。あやめさんは、15才から20才のデータをメインに収集してください。」
あやめ《了解しました。対象年齢を20才から25才に設定されていましたが、15才から20才に変更いたします。学習が終了するまで、しばらくお待ちください。》
やがて二体は、まぶたを閉じて、ホストコンピューターを経由して学習を始めた。
ゆうな「やっぱり、実際動かしてみないとわからないものねぇ・・・。」
三ヶ島「そうさ、何事も、まさに一歩ずつだ。」
長谷川「ステップ・バイ・ステップですね。」
二体の学習が終わるまで、ひとまず休憩となった。
その後、順調に歩行テストは進み、手足の動作を試したり、簡単な所作のテストを進めた。
千鳥ゆうなは、二体・・・二人が成長していく姿を見ながら、いよいよ別れの日が少しずつ近づいているのだと思うと切なくなり、時折、少し寂しそうな顔を見せるのだった。
少しずつ『前日譚』の終わりに近づいているんだなぁ・・・と感じ始めました。
うーん、長かったなぁ・・・。
次回から、花菱商事が関わってきます。