第四話 ㈱アシタノヒューマン 5 ゆうなの教育
二人のAI、静香とあやめが、ついに筐体に搭載されることになったのだが・・・
西暦2033年9月。
千鳥ゆうなは、自分がデザインした二体のアンドロイドを目の前にして立っていた。
それぞれのアンドロイドは、それぞれを収納するともいうべき鋼鉄の椅子に座ったまま、目を閉じている。
㈱アシタノヒューマンが開発中の女性型アンドロイド、SCR5000シリーズ、FL CAPELⅠと、Ⅱである。
FL CAPEL Ⅰは、赤、茶を基調としたデザインで、キツネ目をした顔をしており、「静香」と仮に呼ばれていた。
もう一体のFLCAPEL Ⅱは、青、紫を基調としたデザインで、目は愛らしく、どちらかというと童顔で、「あやめ」と呼ばれていた。のちの『ほしのゆめみ』となるアンドロイドだ。
今日まで、ゆうなは、この二体に搭載するAIを、モニターを通じて教育してきた。
二つのAIには、あらかじめ膨大なデータがインプットされていたわけだが、いきなりそれをアンドロイドに搭載し、暴走を始めたり暴言を吐いたりすると困るので、まずは、モニター越しで会話を進め、それぞれに異常がないかチェックしたり、思考パターンや倫理観に異常があれば、修正していくのが教育の目的であった。
それぞれを教育してきたわけだが、結論から言ってしまえば、どちらのAIも大きな問題点は見られなかった。
ただ、それぞれの性格がかなり異なってきたようで、接していた人間の態度によって分かれてしまった。
ゆうなが当初感じていた〝性格のきっちりとして苦手な姉のようだ〟と思った静香に対しては、ついつい、きついあたりをしていたようで、それに対抗するように、静香はますます性格がきつくなり、それに対して他の人間がなだめて教育するといった具合で、すっかり、優秀でしっかりした女性が出来上がってしまっていた。
それに対し、あやめに対しては、つい甘えさせてみたり、可愛がったりしたので、すっかり子供っぽい性格となって、ゆうなとしては満足であったが、会社のスタッフは、来店した客に対応できるのかと不安になり、どうしたものかと懸念していた。
それぞれが、AIが作り出した性格ではあるけれども、[人格]を形成してしまったことで、それは、もう、【人間】なのかもしれない。実際に、〝彼女〟たちの教育に携わった人達は、〝彼女〟たちの反応に一喜一憂したり、こっそりと人生相談をもちかけている者もいた。ただ、〝彼女〟たちは、膨大なデータを分析して処理し、その答えを導き出す作業をしているにすぎない。でも、それが分かっていても、ついつい〝彼女〟たちに呼びかけてしまうのだった。
そして、いよいよ、今日、そのAIを、アンドロイドに搭載する日になった。
三ヶ島吾郎を始め、数人の開発スタッフが、その作業を開始するところだ。自分たちが関わってきたAIが、ついにアンドロイド本体に移植される瞬間を一目見ようと、開発スタッフや、管理部門の社員も集まっている。
壁面のモニターには、静香とあやめが、それぞれのモニターに映し出されており、カメラの向きに合わせて、その瞳が動いている。開発スタッフ達の作業を、カメラで追っているようだ。
「さあ、静香さん、あやめちゃん、あなた達の体を授ける日が来ましたよ。」
《はい。これで私たちも皆さんと同様に、現実社会を移動することができ、奉仕できるのですね。》と、静香。
「うん、まあそうだけど、実際に社会活動できるのは、まだ先よ。もうしばらくはテストに付き合ってね。」と、ゆうな。
「君たちは、思考テストや会話テストには、まあ・・・、及第点は出せるのだけれども、筐体に入って体を動かしたり、人間や物体との距離感覚のテストや調整も必要だからな。」と、吾郎。
すると今度は、
《吾郎さん、差し支えなければ、一つ教えていただいてもよろしいでしょうか。》
と、あやめが聞いてきた。
「なんだい、あやめ?」
《私たちは、既に、仮想空間で歩行テストや対人テストを済ませております。さらに多くのテストや調整は必要ないと考えますが、吾郎さんのお考えを、お聞かせ願えませんでしょうか。》
相も変わらず、あやめの言い回しがくどいままで、聞いている方は、調子が狂う。
しかし、吾郎にとっては、そんなことは慣れっこなので、
「うん。仮想空間と現実空間は、やはり合致しないからね。君たちに量子コンピューター並の演算能力が備わっていれば、可能なのかもしれないけれど、そこまでの対応能力は無いんだ。だから実際に、現実世界で君たち自身で動いてみて、調整する必要があるんだ。理解してもらえたかな?」
と、答えた。
《はい、承知しました。私たちが、筐体にインストールされ、歩行すらままならないことを、私たちが不安に感じ、自信を喪失しないよう吾郎さんが気を使ってくださっているのですね。吾郎さんのお心遣い、まことに痛み入ります。しかし、どうか御心配なさらないでください。私たちにはロボットですので、不安を感じて思考プログラムを停止するというような悪い事態にはなりません。》
と、あやめがほっこりとした顔で答える。
「うーーん・・・、まあ、ちょっと違うけど、ともかくテストと調整を繰り返すから協力するように。」
困惑しながら答える吾郎のそばで、聞いていたゆうなが笑いをこらえて体を震わせている。
それに気づいた吾郎が、
(千鳥くん、ほんとにちゃんと教育してたんだろうね。君にだって責任があるんだからな。)と、小声で文句を言った。
(あら?生みの親は、どちら様ですかねぇ・・・? 我が社の開発エース様だったと認識しておりますが。)と、ゆうなが冗談めかして小声で答えた。
(確かに元の思考プログラムを組んだのは僕だけど、僕だけじゃ偏るから、君にも頼んだんじゃないか。)と、言い返した。
(あら、私はあやめちゃんが好きよ。ちょっと変わってるけど、そこがまた可愛いんだもの。私はあやめちゃんを立派に育ててきたつもりです。)と、ゆうなの声が大きくなり始めた。
そこへ、
《あのう・・・。一つ聞いてもよろしいでしょうか。》
と、あやめが会話に割って入った。吾郎とゆうなは、慌ててあやめが映し出されたモニターに向き直った。
「う、うん・・・何かな?」
と、吾郎が咳払いをして答えた。
《先ほどの吾郎さんの発言によると。私は、吾郎さんの子供という立場なのでしょうか。》
小声の会話も、彼女達に捉えられていたようである。
「え!いやいや、それは例えであって、うん、でも、まあ、そうとも言わないこともないなぁ・・・。」
と、吾郎は目線が斜め上に泳がせながら答えた。
《そして、私はゆうなさんに愛されているのですね。いつもおそばにいていただき、ありがとうございます。》
「そうよ。あやめちゃんは、吾郎さんの子供であって、私はあなたをとても大事に思っているわ。」と、会話テストに応えるように、ゆうなが答えた。
《理解しました。そのような状況から推察しますと、私はお二方の子供であり、お二方は、きっとご夫婦なんですね。》
「ちょっ、話が飛びすぎるよ!結婚してないから!」
全力で否定する吾郎だったが、
「いやねぇ・・・、結婚だなんて、吾郎さんたら、恥ずかしいわ。」
と、ゆうなは、まんざらでもない御様子。
「君も照れてるんじゃないよ! あやめちゃん、違うから!」
と、吾郎は必死の抵抗を試みたが、集まっている社員たちから、
「あやめちゃん、よく分かってるねぇ・・・。」
と、にやにやと、わざとらしく言われ、挙句の果てには、
《しかし、お二方の会話パターンを分析しますと、〝夫婦のような親しい関係〟と判定されています。》
と、あやめが答えたあと、静香が、
《お二方が結婚される確率は、75%です。きっと円満なご夫婦となるでしょう。》
と、唐突に喋った。
「え?何?三ヶ島君と千鳥さんが結婚するのか!」
と、同席していた杉本開発部長が割って入った。
「ぶ、部長まで!」
と、こうなると集まった社員たちは、二人をひやかすのに大盛り上がりである。
「三ヶ島主任、水臭いですよ!どうりで仲がよさそうだったもんな~。」
「ゆうな、おめでとー!」
「結婚式はいつ?」
「ふたりの馴れ初めは?」
などと、特に女性社員は大いにはしゃいで、開発室は大賑わいになった。
小説を書き続けることは、なかなか難しいですね。
仕事をしていると、気持ちが安定しなかったり、ついアニメを見たりして、なかなか筆が進みません。
気持ちが落ち着いていないと、つまらない文章になったりするだろうから、そうなっていない状態のときに、少しづつ小分けして書いています。
まだまだ続きますので、今後もよろしくお願いします。