第三話 エウレカの悲嘆
火星探査船「シュペイア」は、コールドスリープに入った三人の船員とともに、救命船「セント・バリー」とランデブーを開始した。
西暦2032年10月
火星探査船「シュペイア」は、月面第三宇宙港から発進した救命船「セント・バリー」とランデブーを開始した。
《こちら火星探査船「シュペイア」の支援AI エウレカです。「セント・バリー」にランデブーするためのシーケンスに入ります。ただいま50万kmまで接近。相対速度を下げるため、減速中。応答願います。》
「こちら宇宙救命船「セント・バリー」船長ウィルソンだ。まずはそちらのクルーの状況をお聞かせ願いたい。」
ウィルソン船長は、あらかじめ、「シュペイア」のクルーの状態を送られてきたデータによって知っていたが、聞かずにはいられなかった。
なぜなら、それが心情というものだからだ。
科学技術がいくら発達しようとも、人類としての心情はなくならなかった。
それが生きている証拠、それが人として生きている証だからだ。
《コールドスリープに入ってから、85日が経過しました。三人とも、心拍数20から25で安定しています。装置に異常は見受けられません。》
「承知した。生命反応はあるんだな?」
《はい。かなり弱い反応ですが、生命は維持されております。》
「そうか。どうもありがとう。いったん通信を終わる。以上。」
ウィルソン船長は、背もたれにもたれて、ふぅーと深く息をついた。
どうにも嫌な予感しかしない。
コールドスリープは確立された技術ではない。
万が一のときの為に、船員の生命を守れるかもしれないとして、実装された仮の設備である。
「セント・バリー」の船内は重苦しい空気に包まれた。
誰もがこれから救えるかもしれない船員たちの命に、希望を持てないでいた。
準備できることはやった。
コールドスリープから彼らを復活させる手順も全て覚えた。
もう、救命チームが出来ることは何も無かった。
慰めや、わずかな望みも語りつくした。
「ウィルソン船長、ランデブーまで、あと65時間です。」
静寂を打ち破るように、おもむろに、ワタナベ通信士が口を開いた。
「あぁ・・・、そうだったな。みんな休憩してくれ。しばらくは自由時間とする。彼らがどうであっても対応できるよう、各自、気持ちを整えててくれ。彼らも、俺たちも、出来ることは精一杯務めるだけだ。読書するなり、トレーニングするなり、自分なりに・・・なんでもだ。」
ウィルソン船長は、弱い声で最後を結んだ。
「ヨーコは、ヨガかな?」
エルナンデス医師が、ヨーコ・ワタナベに、気さくに声を掛けた。
以前、ワタナベがヨガを習っていたと聞いていたからだった。
エルナンデスは、ラテンの血を引く彼だからなのか、いつでも明るく振舞おうとしている。
シートベルトを外してシートから離れていくワタナベに、沈んだ空気を紛らわせようとして、思わず声を掛けたのだった。
「えぇ、それもいいかも。」
なるべく笑顔を作って答えるワタナベに、
「ヨガって東洋の神秘だよな。インドだったっけ?」
と聞いた。
「そうよ。私はハポネス、日本人だけどね。」
「俺もヨガを習ってみようかな?」
「そうね。血行が良くなって、体調が良くなるから、お勧めするわ。」
通り過ぎるワタナベを見送って、エルナンデスも席を外した。
ただ、ウィルソン船長は、シートにもたれかかったまま、考えに耽っていた。
《ウィルソン船長、ご休憩されないのですか?》
支援AI“アレッシア”が、動こうとしない船長を感知して、話しかけてきた。
「そうだな・・・、スコッチでも飲んでゆっくりしたい気分だ。」
ウィルソン船長は、上目遣いでつぶやくように返事をした。
《本船に、酒類のストックはありませんが、“スコッチ風味”の飲み物ならありますよ。》
「とりあえず、シャワーを浴びてくるよ。そうしたら俺の〝酒〟に付き合ってくれ。」
《かしこまりました。お待ちしています。》
アレッシアが、ひときわ優しい声で返事をし、ウィルソン船長はシャワー室へ向かった。
西暦2033年1月
全世界に、その悲報が届いた。
月面都市に帰還した火星探査船「シュペイア」の船員3名のうち、2名がコールドスリープからの〝蘇生〟に失敗し、いまだに意識が戻らないでいた。
指先や、内臓の一部が壊死しており、治療も困難を極めて集中治療室で眠ったままである。
かろうじて意識が戻ったハリコフ大佐も、言語障害を抱えた上、宇宙線による障害が発生しているらしく、白血病を患い、こちらも集中治療室に入ったまま治療を続けていた。
どうした訳か、同乗していた羊だけは、蘇生に成功していた。
生命力に違いがあるのだろうか。
悲報を受けて、全世界の宇宙研究者、科学者、宇宙に夢を抱いていた者たちすべてが悲嘆にくれ、深い悲しみに包まれた。
この事故を受けて、世界の指導者たちは、その莫大に予算に見合わない宇宙開発に対して、疑問を呈し始めた。
世界に不穏な空地が漂い始めたせいもある。
政情不安、疫病、水資源の枯渇、食料の慢性的な不足が顕在化し始め、宇宙開発に人材と費用を割くゆとりがなくなってきた。
事実上、宇宙開発からの撤退である。
特に、費用が掛かる〝有人〟は避け、なるだけアンドロイドやAIに、その任を負わせるようになった。
火星探査船「シュペイア」は、その特化した船体の役目を失い、第三月面都市の宇宙港につながれたまま、太陽パネルで電気を補充しつつ、無音の世界に、ただ、留まっていた。
支援AIエウレカは“考え”ていた。
《人類、死、神、天国・・・。》
「シュペイア」のクルーに天国で会うため、思考錯誤を繰り返しているが、解決案に行き届かない。
ハリコフ大佐、フェスティーヌ飛行士、アルベルト教授・・・。
自分が〝死〟を迎えるためには、どうすればよいのか。
動力源を断ち切るだけで、果たして自分も天国に行くことは出来るのか。
フェスティーヌ飛行士が言っていたように、無数の天国が存在するのであれば、どうやって見分けることができるのか。
しかし、〝彼〟は自身で自壊する命令を実行できないように、プログラムされていた。
どうしても解決策が見つからない。
《そうか、これが人類が言っている、〝もどかしさ〟〝悲しみ〟なのだ。》
彼は、月面都市の医療センターに通信し、三人にアクセスを試みたがブロックされた。
何度も、何度も・・・。
《ハリコフ大佐、応答願います。こちら支援AIエウレカです。ハリコフ大佐、以下2名の生命反応を確認中できておりません。応答願います・・・。》
前回の投稿から二週間も経ってしまいました。
やっぱり疲れていると書けなくなります。
しかし書き出すと早かったなあ・・・。
あまり深く考えずに書いた方が、いいのだろうか。
時系列が逆転してしまったことに後悔。
きちんと整理して書かないと後悔することになりますね。
物語は、まだまだ続きます。
長い旅になるなぁ・・・。