74話
フレイ・ノース王女に夜遅くまで付き合ってもらい、俺のたどって来た数奇な軌跡を説明し続ける。彼女は時折、ウンウンとうなずき、驚き、分からない所があれば聞き返し・・・親身になって話を最後まで聞いてくれた。
こんなに荒唐無稽な話を、だ。
もうすぐ夜が明けようとしていた・・・。
「それで、今は王都を視察中と・・・」
「そうなんだ。信じられない事も重々承知だが、嘘は言っていない」
「・・・ふぅぅぅぅ・・・」
彼女は歳にそぐわない、深い吐息と共に天井を見上げ、目を閉じる。
しばらくの時が流れたような気がする。
・・・寝てんのか?徹夜だしな。
「パトラ、この娘に寝床を用意してやって」
「お、起きてます!」
フレイが急に大声をあげたので俺もパトラもビクってなった。
「急に黙り込んだから・・・」
「考えてたんですよ!だって全部、おとぎ話や伝説の中の出来事ばかりですよ!?」
「信じられないよな・・・」
「はい!」
「即答かよ!?」
「でもフレイが研究所に居たのならオリハルコンは有ったでしょう?」
「はい。あっ、いえ、直接は触ってませんけど」
「なら、どの話が信じられないんだ?」
「その・・・ジークさんがゴブリンだという事が・・・信じられないというか、間違っているんじゃないかと・・・」
「「そっち!?」」
「だって、ゴブリンなのに、こんなにとんでもない魔力を保有してるワケが・・・」
「やっぱりそうなの?」
「意味不明よ?最弱代表ゴブリンがドラゴンをも凌ぐ強さなんてね」
「是非とも隅々を研究させて欲しいですね!へへへ」
「・・・フレイ。ヨダレ」
「はひ!」ジュル!「すいません!」
「危ない奴だな」
「燃やした方が良いかしら?」
「それとも穴に埋めるか?」
「へ?」
「お、お待ち下さい!ジーク様!パトラ様!」
「冗談よ」
「当たり前です!王女ですよ!?」
「忘れてたわ」
「あまりに砕けてるからな」
「・・・ふう」
「さて、疲れが限界のようだな。一度休もう。最後まで話を聞いてくれてありがとう」
「いえ、こちらこそ貴重なお時間をありがとうございました。少し休んでから、またお話させてもらって良いですか?今度は私の話をさせて欲しいんです」
「分かった。よろしくな」
「こんな時間に家に帰るのも面倒でしょ?この宿に泊まっちゃえば?」
「いいんですか?」
「ああ、構わない」
「じゃ、私のベッドを使って?アーシャ、連れて行ってあげて」
「はい。フレイちゃん、こっちだよ」
「もしかして・・・一緒のお部屋!?」
「あれ?やっぱり嫌だった?」
「ううん!初めてのお泊まり会だ!」
アーシャとフレイがキャッキャ言いながら部屋に帰って行った。
あれ?ミーシャは?
・・・ソファの後ろで寝ていた。
「パトラはどこで寝るんだ?」
「・・・ふふ!」
「・・・お触り禁止な」
「何故!?」
「じゃ、俺は床で寝る」
「もう!分かったわよ!」
ホントにドキドキして何かしそうだからこそ、自制せねば!
自主規制が掛かる事態は避けねばならん!
と、気合いを入れ直したは良いものの、どっちみち、眠気には勝てなかった。
ベッドに入って、30秒で轟沈。一瞬で眠りに落ちた。
・・・変な時間に寝たからか、目が覚めたのも変な時間だった。
窓の景色が朱色に染まっている。
朝焼けか、いや、夕焼けか・・・。
いずれにしろ、日差しは強い。そして熱い。
王都の夕方は日本と同じように蒸し暑くなるのだろうか?夕立とか降るのかね?
さぞ綺麗な夕日だろうと、パトラを起こさないように気を付けてベッドから降り、窓辺へ近付く。
何だか窓の外が、塀の向こうが騒がしいな。
ダンダンダン!!
ん?
「ジーク様!私です!ニーナです!お休み中の所、すいません!!」
「そんなに慌ててどうした?」
「魔物達の襲撃です!!」
「・・・ふーん」
「どうか、至急ご準備を!」
「んー・・・今行く。ミーシャを呼んでくれ」
「分かりました!」
「パトラ・・・パトラ・・・」
「んん・・・」
「起きれないか・・・せっかくだし、そのまま寝かしとくか」
可愛い寝顔だ。スマホが有れば待ち受けにしたいくらい。
いかん、そんな暇は無かったな。
パトラが起きる前にご飯の支度をしとこうか。
鏡の前で髪を整え、ローブを羽織り、仮面を付ける。フリードを担いで部屋を出る。
宿屋の女将さんっぽい従業員が小走りで駆け寄る。
「おはようさん」
「ジーク様!お急ぎを!魔物が!魔物がこの街に襲撃して来ました!すぐに避難して下さい!」
「避難は別にいいよ」
「別にって・・・駄目ですよ!!私達も避難しますから!!」
「今から退治してくるから待っててよ」
「はぁ!?何を言ってるんですか!?」
「帰って来たら魔物の解体は手伝って欲しいかな?」
「もう!逃げ遅れても知りませんよ!?」
「分かった分かった。適当に逃げるから大丈夫」
「お連れ様方も急ぐようにお声掛けをお願いしますね!」
女将さんは大慌てで他の客や従業員に声を掛けている。
「おはようッス」
「おはようさん、ミーシャ、朝飯を狩って来るぞ」
「何言ってんスか?もう昼過ぎッスよ?」
「そうなのか?ま、どっちでもいいや。他の皆は?」
「我は行かんぞ」
「おお、サタン。日向ぼっこか?」
「この窓の下が気持ち良くてな」
「宿屋の守護は任せていいか?」
「良かろう。肉は任せた」
「あいよ」
「アーちゃんとフレイちゃんは寝てるッス」
「そのままにしといてやれ」
「ゴルドさんは・・・」
「おはようございますジーク様」
「おはよう、お?出来る男は朝から隙が無いな!」
「身だしなみを整えるまで部屋から出ないタイプですから」
「ははっ!それっぽいな!これから俺とミーシャで狩りに行ってくる。珍しい魔物がいたら持って来ようか?」
「おお!それは是非とも!」
「分かった。ミーシャ、ニーナは?」
「先に出掛けたッス」
「おっと!なら、俺達も急がないとな」
「そうッスね」
そう!急がないと街の被害が大きくなるかも知れない!お茶を飲んだら出発だ!
・・・美味い。ミーシャのお茶は美味い。
「こんなにのんびりしてて良いんスか?」
「やっぱり、そう思う?じゃ、行こうか!」
宿屋を出た途端に街の方から悲鳴と怒号が響き渡る。この宿屋の防音能力の高さを知った。
「作戦はあるんスか?」
「無い。手分けして駆逐。美味そうな肉は確保。珍しい魔物も確保」
「了解ッス!!」
「ケガするなよ?・・・って、もう行っちゃったよ」
そんなに慌てなくても良くね?
俺の国じゃないし・・・。
逃げ惑う人々。外が夕焼けに見えたのは火事のせいだ。俺達が使っている宿屋はギリギリ内地に建っている。つまり、王都の内側まで魔物の侵攻が迫っているのだろう。
ニーナが先に出たんだっけ?とりあえず無事を確認したいな。
道行く貴族に聞いてみた。あからさまに成金な、でっぷり太った七三ヘアに尋ねる。
「ちょっといいかな?団長を見なかった?」
「うるさい!それ所じゃないだろ!人の事より自分の事だ!」
「うん。そうだね。俺もそう思う。だが、その自分が死にたくなければ質問に答えろ」
俺はフリードを向けながら尋ねる。
「ひっ!」
「お前、今、子供を突き飛ばしただろ?俺、そういうの嫌いなんだよね」
「ま、待て!私を誰だと思っている!?」
「知らないよ。ここで殺されても魔物の仕業になるし」
ある意味では間違い無い。俺、ゴブリンだし。
「ひい!あ、あ、暗殺者か!?」
「話を聞けよ、団長はどこだ?と聞いているんだ」
「だ、団長!?ニーナ団長か!?あの人なら魔物と戦っている!!」
「そうか、分かった、ありがとう。行っていいぞ。今度、横暴な真似したら殺すけど」
「は、はいぃぃぃ!!」
脱兎の如く駆け出した!
動ける肥満。後ろ姿は可愛らしい。
さ、本当に急いだ方が良さそうだな。
喧騒の大きな方へ、屋根を伝って駆け抜ける。普通の道だと他の人にケガをさせちゃいそうだからな。
お!いた!顔は見えないが、長いポニーテールと着物で、遠くからでも分かるもんだな。
「ご苦労さん。元気?」
「ジーク様!」
「こっから俺が代わるよ」
「ありがとうございます!ふぅ!私も少し疲れました」
王都の内地へと向かう大通り。俺達もここを通って入って来た道だ。横幅が20メートル位は有るだろうか。それだけの大きな通りが、今は魔物で溢れていた。
ゴブリン、オーク、ホーンベア、スケイルバッファローまでいるぞ?この間、パトラとアーシャに魔物を教えてもらって良かった。お陰で、奥にいるフレイムタイガーという魔物が珍しい魔物だという事も知っているからな。ゴルドのお土産にしよう。
とりあえず、愛槍フリードに魔力を纏い、横一閃。
前から3列が弾け飛ぶ。
ホントに凄い武器になったもんだな。前2列は跡形も無い。
3列目の魔物達が後ろに砲弾のように弾けたお陰で、後続の魔物達も足止めになった。
ニーナや点々と戦っていた兵士達が驚きの表情を浮かべてこちらを窺っている。
「ジーク様!?今のは一体・・・」
「ん?フリードを振っただけだよ?」
「何の魔法、いや魔術でしょうか?」
「いやいや、魔力を込めて振っただけだってば」
「そんなバカな!私も剣に魔力を灯していますが、こんな威力にはなりませんよ!?」
「そんな話は後でいい。宿屋で待ってるゴルドのお土産を拾わないといけない!」
「・・・」
「ニーナ、あのフレイムタイガーって珍しい魔物なんだろ?」
「あ、はい!」
「やっぱりか!良し、お土産はあいつにしよう!」
俺が獲物を定めると、その獲物は怯えて小さく丸まってしまった。
・・・なんか可愛いな。生け捕りに出来ないかな?
とりあえず、ジャンプで近付きフレイムタイガーの周りに発毛の魔法を掛け、伸びた茶色の毛を絡めてフレイムタイガーを縛る。幸いにもフレイムタイガーの名前の由来は燃え盛る炎のようなタテガミ。実際には炎を纏っているワケでは無いのですんなりと捕縛をする事が出来た。
後は周りの魔物を殲滅するだけの簡単なお仕事です。
スケイルバッファローだけは首から切り落として体を俺が来た内地の方に蹴り飛ばす。他の魔物はフリードを振り回して切り裂く、千切れた腕や足を投げ付ける、飛び上がって頭を蹴り飛ばす等々、俺が飽きないようにバリエーション豊かに屠る。
全部で1000位だろうか?スケイルバッファローだけでもそこいらの家より高く、山のように積み上がっている。他の魔物の残骸は道を埋め尽くす程に散らばっている。
「ジークさんはまだ遊んでるんスか?」
「お!ミーシャか?」
「こっちは終わったッスよ」
「早いな、どうやったんだ?」
「こうッス」
ミーシャが魔物の残骸を投げ付ける。すると、とんでもない速さで他の魔物を撃ち抜いて行った!5匹くらいを貫通させたぞ!?
「凄いな!それ!」
「へへっ!投げる時に加速の魔法を使うんスよ!」
「おお!考えたな!・・・俺も遊ぶのに飽きて来たからさっさと終わらせよっと」
俺は地道に雑巾掛けだな。フリードを振り回しなが、ら突進。街の外側、寄り添いの方まで走り抜ける。同じ要領で帰って来る。後、3往復位か?
・・・流石に疲れた!全部で6往復しちゃったよ!
今回は珍しい魔物も見当たらなかった気がするな。
「ミーシャ、そっちに魔物の変異種はいたか?」
「あっ!見てなかったッス・・・」
「こっちも丁寧に見たワケじゃないからな。今回は居なかった事にしよう!」
「そうッスね!」
俺とミーシャで密約を交わしつつ、ゴルドへのお土産であるフレイムタイガーを解放する。
「そいつ、テイムするッスか?」
「さあ?ゴルドに聞いてみて?」
「分かったッス」
「ジーク様のご活躍、このニーナ、決して忘れません!」
「忘れてくれ。今回は遊んでただけだから」
「これ程の魔物の群れを!?遊んでた!?」
「別に強い魔物も見当たらなかったし、ニーナも時間を掛ければ出来るだろ?」
「・・・どうでしょう?少なくとも、負けないと思いますが・・・おそらく、魔力が切れると思います」
「え?なんで?」
「なんで?って・・・私の武器はミスリルなので1振り毎に魔力を消費しますから・・・」
「ああ、そっか。変質はこの武器で良いか?」
「変質?」
「オリハルコンにしてやろう」
「・・・本当ですか!?」
「1つだけだ。この武器で良いか?」
「いえ!でしたら、内地の家から一本の刀を持って来るので、それをお願いします!・・・あ、刀というのは」
「大丈夫。知ってるよ。鞘も持って来いよ?」
「はい!!ありがとうございます!」
やっぱり持ってたか!だと思ってたよ!
だってサムライスタイルだもの!
本物の刀か・・・楽しみだ。
しばらくして、街の人間達が戻って来た。
何人かに目撃されていたらしく、歓声と共に囲まれるハメとなった!
ヤバい、めっちゃ恥ずかしい!
住民に被害はほとんど無かったのだが、家屋が壊されて住む所の無くなった人達が多数だと聞いた。
山積みになったスタイルバッファローを半分程、プレゼントして今日と明日のご飯にでもしてもらおう。
そして、またしても大歓声!
戦っている時にも思っていたが、王国の兵士達は何をしているんだ?この場には50人位しか見えないぞ?
「ニーナ、兵士達はどうした?まさか、魔物にやられたのか!?」
「少々お待ち下さい!確認して来ます!」
ニーナが近くの兵士に尋ねる。が、元団長と信じてもらえずに困惑しているようだな。何とか話をつけて戻って来た。
「お待たせしました。王都の門番達が犠牲となってしまったようです・・・」
「そうか・・・一人一人に声を掛ける、良い人も居たな」
「はい・・・残念です・・・」
「だが、彼らのお陰で、住民の避難が間に合ったのもある。残酷な言い方だが、尊い犠牲となったな」
「いえ、彼らも本望でしょう」
周りにいた住民達もこの会話を聞いて、祈る様に天を仰いでいた・・・。
「それにしても人数が少ないよな?」
「・・・ほとんどの兵士は王城の守りを固めているそうです・・・」
「・・・そうか・・・」
声を潜めていたが、この会話も聞かれていた。
住民達がヒソヒソと王族や貴族の罵声を言い合っている・・・そりゃそうだ!普通なら暴動が起きててもおかしく無い。
・・・これは民の討入りもあり得るかな?
・・・俺のせいじゃない。
「それでも僕はやってない」