66話
ノースティン王国守護兵団。
大層な名前だが、既に中身はスカスカにしてある。正確に言うとスカスカになってた。
まず最初は特務隊長バートンが少数精鋭でヤマタイに来たが、俺が髪の毛をプレゼントしたら即座に陥落。あれから3ヶ月程だろうか?バートンがハゲに苦しむ同胞を次々に勧誘し、それぞれが俺の信者になって王国から寝返ってくれた。後に分かった事だが、寝返った兵士達は実力のある、部隊を指揮出来る程のエリート兵士達だった。
そして、俺は念願の王都視察の為に遠征中、ヤマタイの国を蹂躙せんと進撃する兵団の軍隊と鉢合わせ、パトラによって敗北を受けた団長ニーナを懐柔し、テイムの魔法によって俺の配下とした。
だが、王国兵団のナンバー2である、通称総長が率いる軍隊は、再びヤマタイ国へと進撃を開始した。
バートンも駆け付け、ニーナと共に総長、並びに軍を裏から操る貴族どもを殲滅せんと鋭気を養っていた。
・・・パンケーキを食べながら。
「美味しいです!ミーシャさん!」
「あんまぁぁぁい!!とろけるぅぅぅ!」
「気に入ってくれて良かったッス!運動前は甘い物がオススメッスよ」
「本当に美味しいわ」
「ハチミツかな?」
「いや、森の木から採れる樹液をこした物ッス」
「メープルシロップか!」
「んー?ウチは甘いミツってだけ呼んでるッス」
「ゴルド、王都にはこんなのも売ってるのか?」
「これは薬草のお店ですよ?しかし、樹液がこんなに美味しいとは知りませんでした!」
「薬草ね。確かに食品の扱いでは無いかもな」
「コーヒーとかも無いかしら?」
「お?パトラもコーヒー飲むのか?」
「パトラさん、コーヒーなら有りますよ?」
「ほんと!?」
「アーシャ、俺も飲みたい!」
「お二方はあんな、苦い薬茶を好むのですか?」
「薬茶・・・へぇ、言われてみれば薬茶か!俺は仕事の時に良く飲んでたな!徹夜にはブラックコーヒーだろ?」
「私は甘いケーキとブラックコーヒーね」
「コーヒーは元々がブラック、黒いですよね?」
「ミルクとか、シロップとか入れないの?」
「コーヒーにミルクですか?」
「加減は好みだからな。とりあえず、ブラックを・・・5つ頼む」
「任せて下さい!これも二日酔いに効くんですよね」
「なるほど!だからアーシャが持ってたのか」
「とことん酒飲みね。つまみにジャーキーとかナッツとかも持ってそうね」
「ふふふ、もちろんじゃないですか!」
「アーシャ様はお酒を好むのですか?」
「アーシャ、呼び捨てでいいですよ。ニーナさん」
「ならば、私も呼び捨てで結構ですよ」
「分かったよニーナ。あたしはお酒が大好きなんだけど、パトラさんとミーちゃんの酒グセが悪すぎてジークさんが禁止してるんです。だからミーちゃんが眠ってから、こっそり部屋で楽しんでいるんですよ・・・はい!コーヒー出来ました!」
「おお!早いな!」
「豆を焼いてから収納してますからね。砕いてお湯を注ぐだけですよ」
「ありがとう」
俺とパトラはブラックで・・・。
1つはミルクを足して、1つはメープルシロップを足して、1つはどちらも足して作った。
皆にも味見をしてもらう。
「こ、これは!・・・コーヒーは苦い物、とばかり思ってましたが・・・やはり、ジーク様の近くにいると、商売のチャンスがゴロゴロと転がってますね!」
「ウチは甘いのがいいッス」
「あたしはどっちも捨てがたいかな?でも二日酔いの時はブラックですね!」
「パンケーキに良く合う!」
「コーヒーがミルク1つでここまで・・・薬茶だとばかり思ってましたよ」
「道具も収納とは・・・侮れないな!」
「色々入ってますから、とりあえず持ってるか聞いて下さい!ゴルドさんのお店にもまけませんよ?」
「むむむ・・・」
「張り合わなくてもいいだろ?なんなら、これからはアーシャがゴルドの手伝いをするのも面白いんじゃないか?」
「ぜ、是非!お願いします!アーシャ様!」
「いいですよ?あ、でもでもお昼過ぎは家のお掃除があるので朝からお昼までですよ?」
「ありがとうございます!!十分です!!アーシャ様!ジーク様!本当にありがとうございます!」
「お、おう。思ってたより喜んでくれて何よりだ」
「前から憧れていたのですよ!途方もない物量を簡単に出し入れし、鑑定の魔法で間違いなく品定めが出来るアーシャ様の事を!!」
「それはそうでしょうね。でも、ゴルド、アーシャに無理はさせないでね?もしも、そんな事になったら・・・」
「はっ、はいぃぃぃ!」
「パトラ、瞳を光らせるなよ。アーシャも疲れたり、大変な時は無理しないで言ってくれ」
「はい!お仕事が楽しみです!」
「給料も出すのか?」
「もちろんです!ワタクシと同額をお支払いしましょう!」
「マジか!?大丈夫か?」
「ご心配は無用ですとも!アーシャ様がいてくだされば商会は2倍、いや3倍の取引が可能になりますからね!問題は街から街への移動と護衛ですかね?」
「そうか・・・考えておくよ」
「ゴルド商会・・・はて?」
「ニーナ?どうした?」
「いや、ゴルド商会という名前に聞き覚えがな」
「団長とは直接の取引はありませんが、守護兵団とは武具の取引もしてますよ?」
「死の商人ってヤツかしら?」
「言い返せませんね」
「そう言うなよパトラ。戦争だけじゃなくて魔物の狩りなんかもするんだから」
「そうですね。兵団では魔物の狩り、建築、護衛、食糧の調達が主な仕事です。今回のような軍隊を組んでの侵攻は10年以上無かったハズですよ」
「そう。安心したわ」
「では、改めてアーシャ様。宜しくお願いします!」
「こちらこそお願いしますね!あたし、お仕事は初めてなので色々教えて下さい!」
「お任せ下さい!」
二人とも、笑顔が眩しい!アーシャも楽しみなようで何よりだ!
確かにアーシャの亜空間と鑑定は商売向きの魔法だよな?なんで今まで気付かなかったんだろ?
ツンツンと横からパトラに合図が来る。
「本当にいいのジーク?」
「なにが?」
「アーシャの無双が始まってしまうわ」
「楽しみじゃないか」
「くぅ!私が異世界無双を堪能する前に!」
「既に無双中だろ!?」
「強くなったかも知れないけど、まだ私は本気を出してないわ!」
「なんですと!?」
「だって、ジークに止められてるし・・・」
「・・・暴れたいって事?」
「うーん・・・実績が欲しいわ」
「実績か・・・」
パッと思い浮かんだのはやっぱりノースティン王国だった。例えば1人で壊滅させたらパトラも納得だろうが・・・理由が無い。
「保留」
「そうなのよね。私の力が強過ぎて、簡単に壊滅しちゃうのよ」
「パトラ様?なにか不穏な言葉が聞こえましたが?」
「ニーナ、気にしちゃダメよ」
「承知!」
「さて、軍隊も動き出した頃合いか?」
「じゃ、行ってくるわ。アーシャ、ゴルド。留守番をお願いね」
「「お気を付けて!」」
「ありがとう。サタン、また家を守って頂戴?」
「任せよ!」
「・・・ジーク様とパトラ様のお力は承知だが、ミーシャは戦えるのか?」
「失礼ッスね!ニーナより強いッスよ!」
「そうね・・・ギリギリ、ミーシャの方が上ね」
「ギリギリ・・・ッスか?」
「サタンの血で進化したんじゃないか?」
「ええ?ズルいッス!ウチは白銀狼と極楽鳥も我慢して食べたのに!」
「なんと!?幻獣達をか!?」
「パトラが狩って皆で試食したんだ」
「パトラ様は・・・規格外ですね」
「ジーク様も規格外ですよ?」
「バートン、何故そこで張り合う?」
「ミーシャ、鍛練のレベルが違うのよ。誰でも簡単に強くなるワケがないでしょ?」
「そうッスか・・・ウチも、もっと強くなるッス!パトラさんと戦える程に強くなるッス!!」
「はいはい。それはいいから索敵して頂戴」
「冷たいッス・・・スンスン・・・汗臭いッス!奴らはこっちに動き出したッス!」
「汗臭いって・・・そりゃそうか・・・」
「総長と貴族は二人に任せるとして、雑魚達はどうするの?」
「雑魚・・・」
「ミーシャに任せるか?出番を欲しがってただろ?」
「いいんスか!?やってやるッス!!」
「私の鍛えた兵団が雑魚・・・」
「手伝いは要る?」
「大丈夫ッス!全滅させるッス!」
「違う違う!総長と貴族達を誘き寄せるだけだよ」
「分かったッス!」
「・・・本当に大丈夫かな?」
森を駆け抜け、斥候をすり抜け、軍隊の本体へと急接近する。
「止まれ!!」
「くっ!出たな!!斥候達は何をしていた!?」
ミーシャが一歩、前に出る。
兵士達は40人位か?学校の1クラス程が一つの部隊のようだな。
喚いている兵士達へミーシャが走りだし、スッと消える。いや、すり抜けるように隊列の中に潜り込んだ!
凄い技術と度胸だな!体を捻るように隙間へ捩じ込んだよ。
オッサン達の悲鳴と怒号が辺りに響く。残りは6人。という所で、他の部隊が駆け付けた。
「残念ッス!取り残したッス」
「十分だよ、怪我は無いか?」
「無いッス!・・・ジークさんが優しいッス!」
「はいはい。さて、話し合いといこうか?」
「これは!貴様等・・・はっ!貴様等はまさかヤマタイの者か!?」
「そうだ。俺はジーク、こっちはパトラだ。そして、この残骸はこのミーシャが1人で準備運動した跡だな」
「ひ、1人で!?・・・この化け物め!!」
「化け物?」
「化け物だろう!?魔王と獣神!団長すらも及ばぬ者を化け物以外の何だと言うのだ!?」
「そうだな、私ではお二人には敵わない・・・」
「「「だ、団長!!」」」
「だが、強ければ良いと言うモノでは無い!」
「団長!何故そこに!?探しましたよ!」
「私はジーク様につく!王国とはこれまでだ!」
「「「団長!!」」」
「王族が権威を腐らせ、貴族が権力を腐らせ、民を苦しめる・・・私は・・・私はヤマタイ国へと降る!」
シーンと辺りを静寂が包む。
兵士達はニーナの言葉を理解するのに時間が必要なようだ。
「団長・・・おのれ、おのれ魔王!!」
「どんな卑劣な手を!?」
「魔物や獣人の王が人間よりマシだと!?」
「早く総長に知らせろ!!」
「戦闘隊型をとれ!急げ!」
有象無象の兵士達が叫ぶ中で、俺は1人の声が気になった。
障壁の魔術を展開し、他の兵士達を体当たりの要領で吹き飛ばす。
「お前だな?貴族は」
さっき、「魔物や獣人の王が人間の王よりマシだと?」と言った兵士だ。首根っこのフリードで引っ掻けて連れ帰る。
「ぐっ!放せ!」
「ニーナ、覚えはあるか?」
「有ります!この馬鹿者はさも指揮官のように振る舞い、いつも部隊を混乱させる馬鹿者です!貴族の息子だからといって皆も強く言えませんでした・・・」
「やれ」
「承知!」
首から一閃!綺麗な剣筋だ。・・・知らんけど。
「見たか!これから、軍に蔓延る貴族を駆除する!」
ザワザワと兵士達が動揺する!団長が自ら、兵士を殺した事に驚愕するも、相手が相手なので溜飲を下げる者も少なくない。
「これから貴族を前に押し出せ!私が屠ってやろう!軍にいながらにして国から賜った権力を持て遊んだ愚か者を・・・今、一掃する!!」
「「「おおぅぅぅ!!!」」」
あれ?空気が変わったな。兵団の皆も貴族は嫌だったのかな?責任感のある貴族っていないのかな?
「き、貴様ら、やめろ!」
「この私を!何だと!」
「やめてくれ!謝るから、やめてくれ!」
次々と兵士達が押し出される。
ニーナは一人一人見定め、首を刈り取って行く。
帰り血で紅く染まる姿が恐ろしくも美しい。
20人位は処刑しただろうか?
辺りは血の海が出来ていた。
ニーナは王国を裏切った事で吹っ切れたようだ。
深紅に染まった全身で俺に向き直り、跪く。
俺は頭に手を置き労う。
「ご苦労様、満足したか?」
「満足には程遠く感じます。今、切り捨てたののは貴族の末端。いずれはノースティン王国の貴族を残らず刈り取る所存です!!」
「そうか。だが、善良な貴族もいるんじゃないか?」
「・・・」
「今のように、相手を見定め、民を苦しめる貴族なら好きにするがいい。だが、民に尽くす、そんな貴族がいたなら、切る事は許さん」
「・・・承知!」
「団長、ご苦労様でした」
「バートンか?もう、団長では無い。ニーナと呼べ」
「・・・ニーナさん。次は私の番でいいですか?因縁の相手がようやく到着したようなので・・・」
「総長か?」
「はい、喚きながらやって来たようです」
「気を付けろよ」
「御意」
バートンが兵士達に向き直り構える。
「「た、隊長!?」」
「バートン隊長ではありませんか!?」
「魔王に降ったというのは本当だったんですね」
「それは違う。降ったのではなく・・・」
「・・・」
「開眼だ!私はジーク様に救われ、生きる事に希望を見出したのだ!」
「何だ?何をしているのだ!?」
「総長!」
「私は一度、絶望した・・・生きる事に希望を持てなくなったのだ。1人の上官の嫌がらせによって、な」
「バートンではないか!?こんな所で何をしているのだ?魔王に降ったのは本当か!?」
「貴様の・・・貴様のせいで!!誇りある兵団として民を守る事に喜びを感じていた私が!ある時から子供達に指を指されるようになった・・・ハゲと・・・私は人知れず泣いた・・・寝室で枕に残った青春の光を数えながら!!だが、不覚にも、その時は気付かなかった・・・たった1人が仕組んだ罠だとな!!」
「な、なな、何の事かな?」
「総長・・・貴様は、貴様だけは許さん!貴様の仕業と知らずに、兵士としての誇りと生きる希望に挟まれ、誰にも頼れず、涙を飲んだ同胞達の無念!今、ここで晴らしてくれる!!」
「・・・バートン、せっかく目を掛けてやったのに・・・そんな事で魔物の国に降るなど・・・」
「そんな事?・・・そんな事だとぉぉぉ!!」
怒りでバートンの魔力が爆発的に高まる!
「うおぉぉぉぉ!!」
「この俺に勝てると思ったか!?」
「貴様はゆるさぬ!!!」
魔力を伴った斬撃を喰らわすバートン。
やっとの事で受け流す総長。
間髪入れずに切り付けるバートン。
防衛一方の総長。
これは簡単に勝負が付くなと思っていたが、ここで総長が仕掛けた!
例の袋が伸びてバートンへと急接近する!
「バートン!」
「ご安心を!」
バートンは総長の暗器には目もくれず総長の懐へ飛び込む!剣が振れない程まで密着し、そこから掌底で総長の顎を打ち上げる!
体勢を崩し、よろける総長の背中へ回り込み、後ろから抱き上げる。
・・・まさか?
決まったぁぁ!ジャーマンスープレックスだぁぁ!!
「っよっしゃぁぁぁ!!」
「パトラさん?」
「燃える展開!血沸き肉踊る展開よ!」
隣のバトルジャンキーも楽しく観戦していたようだ!
総長が頭から岩場の地面に突き刺さり、バートンは息を切らしながら体を起こす。
「終わったか?」
「それ、フラグよ?」
「なら、バートン!油断するな!・・・いや、容赦するな!」
「はい!」
バートンは地面から生えている総長に向き直り、剣を振る。右手、左手を切り落としてから腹を拳で殴り飛ばす!
血を撒き散らしながら総長は5メートル程吹き飛び、地面に叩きつけられる。
「「「総長!」」」
兵士達が駆け寄りながら声を掛ける。
そして・・・。
「生かすな!!切り刻んで擦り潰せ!!」
「この野郎が!俺の髪を返せ!!」
「蹴っても蹴っても!恨みは減らんぞ!」
「貴様のせいで!ぐぉぉぉ!!」
動かなくなった総長を更にボコボコに袋叩きにする兵士達。やはり、頭皮の怨みは恐ろしいモノだった。
「死んだかな?」
「死んだでしょうね」
「やったなバートン!」
バートンは無言で泣いていた・・・。
俺の声に辛うじて首肯くと、天を仰ぎ、雄叫びを放つ!・・・辛かったな、頑張ったな!
「ジーク様!ありがとうございました!本当にありがとうございました!」
「ああ、雪辱を晴らせたな。おめでとう!」
「は、ははっ!!感謝致しております!これからも身を粉にしてジーク様へお仕えさせて頂きます!!」
「ああ、頼むぞ!」
「御意!」
バートンは今は俺の配下だからいいとして、他の兵士達はいいのか?皆で総長にトドメを刺したぞ?
・・・まあ、別にいいか。