33話
「魔王だって!?」
「ジーク!面白そうな単語が聞こえて来たんだけど?」
何故かパトラが尻尾をフリフリしながら上機嫌に寄って来た。
「とうとう、この時が来たのね!この私が、魔王と雌雄を決する時が!」
「待て!マテマテ、パトラサン?ナニヲイッテイルンデスカ?」
俺はパトラの言っている意味が理解出来ない。
いや、したくない。
「パトラさん!絶対ダメですよ!いいですか?魔王を起こしては絶対にダメですよ!?」
「そこまで言われちゃ・・・前振り?」
「ダメ!」
「そんなぁ・・・ジーク、何とか言ってよ」
「ダメ!絶対!」
「・・・ふん!」
パトラの機嫌を損ねたようだ。
だが、魔王復活よりマシだろうか?
「アーシャ、詳しく教えてくれるか?」
「はい。鑑定の魔法を掛けたんですが、物凄い抵抗力でした。というか、魔法そのものが掻き消されるような感覚がありました。私も魔力を目一杯注ぎ込んで、何とか鑑定出来ました。結果、パトラさんの並みの術者が中から障壁を張っているのが分かりました!幻獣並みの魔力なんて、魔王としか考えられません!」
ミーシャも呼んで、皆で話を聞いた。
穴の下の壁の様な物は外殻。つまり玉子の殻みたいな物らしい。
あれは封印では無い。魔王の障壁の一種だ。
つまり、あの壁を壊すと中から魔王様がグッドモーニングしちゃうワケだ!
魔王様のグッドモーニングで、もしかしたら地形が変わる程の威力かも知れないという話だ。
「魔王ってどんな奴だろう?」
「ジークさん!?何を考えてるんですか!?」
「いや、フッと気になったんだが・・・」
「私も気になるわね。魔王の情報は無いの?」
「幻獣が魔王に一番近いと云われていますが、魔王が存在したとは聞いた事が有りません」
「・・・なら、金華猫、白銀狼の他はどこに居るか分かるか?」
「極楽鳥は・・・あの山、火山を住みかにしていると聞きます」
「金獅子はどこかに存在したって聞いた事が無いッス!つまり、あの穴に居るのが金獅子かも知れないッスね!」
「ほほう。金獅子の伝承は有るのか?」
「金のタテガミを持つ獣ッスね、咆哮1つで岩をも砕くと聞いたッス。子供向けのお話ッスけど」
「それ、多分、私も出来るわよ?」
パトラが転がって行った大岩にスタスタ歩いて行く。・・・まじっすか?
猫の寝起きのように伸びをして体をほぐす。
そして、息を溜める。
「ガァァァ!!!」
・・・まじっすか?
「やっちまった。パトラがやっちまった!」
「ええっ!?パトラさん!何したッスか!?」
「これが・・・金華猫・・・」
「どお?凄いでしょ?」
「今、何をしたんだ?」
「魔力を放出しながら吠えてみたのよ。私の咆哮で魔力が波打ってガトリング銃みたいに岩を粉砕したの」
「がとりん何とかは分からないッスけど、あの咆哮の威力は分かるッス!」
「金獅子の技を使えるって・・・パトラさんだからでしょうか?」
「わざわざ俺達の目の前でやって見せたってのは・・・私、戦えますよアピールか?」
「バレた?」
「ダメですって」
「むしろ、何で?」
「何でって・・・危ないですし・・・」
「それはそうね・・・私とジークだけで戦うわ!二人は流石に危ないものね!」
「あっ、俺もなんだ」
「・・・本気ですか?」
「本気よ!私の目を見てちょうだい!」
「金色に光ってるッス!怖いッス!」
「・・・しょうがないな・・・やるか!?」
「「ジークさん!?」」
「さっすがジーク!そうでなくっちゃ!」
「これがパトラの・・・いや、サチのやりたい事なんだろう?」
「そういう事よ」
あれは、俺とパトラが出会ってすぐの頃だった。
俺はパトラに魔力の修行をつけてくれるように頼んだ時、パトラは『手伝ってもらいたい事がある』と言っていた。
その時は何の事か分からなかったが、幻獣になってからのパトラは徐々に強さを求めて行った。
『魔王より』と言うのも冗談だと思っていたが、今日のパトラを見ていれば分かる。
間違い無く本気だ。
ならば、付き合おう。パトラのおかげで俺は今まで楽しくやって来れたんだ!足手まといにはならないだろう。
たまには、相棒のワガママに付き合うのも悪く無いだろう。
「勝算は有るのか?」
「魔法が効くならやりようが有るわ」
「なんかフワッとしてんな!」
「男なら小さい事言わないの!」
「魔王と戦う方法は小さい事なのか?・・・」
獣人二人には村に帰る様に説得したが聞き入れてもらえず、かなり離れて声も出さない。という事で約束させた。
そして・・・。
「んで、パトラ?この壁はどうする?」
「得意でしょ?穴堀魔術よ!」
「嫌な予感がしたんだよなぁ」
俺は左手をかざす。魔術を放つ。
「硬いな!これ!魔力をがっつり持ってくぞ?」
「私は魔力を温存するわね」
「おお!任せろ!」
力強く魔力を込める。
・・・よっしゃ!!イケた!!
先に俺が壁の中に入り込む。俺が照明の魔道具を持ってるからだ。もちろん、すぐに中を明るくする。
この空間の高さはそれほどでもない。
広さは学校の体育館程だろうか?
光は一切無い。何も無い。
パトラが音もなく舞い降りた。
「何も無い・・・いや、これも俺達を騙す技か」
「ジーク、そこに居るわよ!?魔力を感じなさい!」
「うわっ!」
目の前に盛り上がった床が有る!
何故、気付かない?
ずーっと、意識が反らされる魔法でも掛けられているかのような・・・魔法?
「そうか!魔法か!」
「魔法?・・・そう、魔法だったのね!」
盛り上がった床が更に高さを持つ!
俺達はバックステップで間合いを測る。
「久方ぶりの客人は勘がいいな・・・」
重厚な声が鳴り響く。
「貴様は?・・・そうか、金華猫の従者か」
「お前が魔王なのか?」
「下賎の者が口を開くな」
魔力の波が俺を襲う!
俺は更に飛び退いて、パトラに並んだ。
「あなた、名前はあるのかしら?」
「忘れてしまったな・・・そうだな、魔王、サタンとでも呼んで貰おうか?我が妻よ」
「・・・は?」
「我の嫁に来たのであろう?」
「違うわ、あなたを倒しに来たのよ!」
「何!?約束が違う!」
「約束?何の事?」
「・・・本当に知らないのか?」
「全然分からないわね、何より姿を見せなさい!」
パトラは得意の電撃を放つ。
一瞬で魔王サタンは円柱型の障壁を創る。俺の魔力の障壁と違って物質だ。外殻のように物理的な障壁を創った。
パトラの電撃は障壁にぶつかり霧散する。
「お転婆な金華猫だな。いいだろう。姿を見せてやる。しかと目に焼き付けよ!」
外殻が上から順に崩れ落ちる。
徐々に姿が現れる。
・・・金獅子。
今、その全貌を俺達に見せ付ける!
頭部を覆う金色のタテガミ。精悍な瞳。大きく鋭い牙。
長い尾の先にも金の体毛が輝く。
まるで、猫の様なしなやかさを持ちつつ、筋肉はその比では無い。
「怯え、平伏すが良い!」
「・・・ライオンだな」
「予想通り、ライオンね」
俺達が魔王の口上を無視してコソコソ呟く。
俺もパトラも一切の相談は無かったが、思っていた事は同じだった。
・・・金獅子ってライオンの事じゃね?
そして、その予想は見事に的中した。
「ライオンってこの世界に居たの?」
「図鑑でもみた事無いわ」
「・・・貴様等、我を無視するとはいい度胸だな」
「ほら、魔王様が呼んでるぞ?パトラ」
「何か、興味が無くなっちゃったわね」
「頑張れ!念願のファイトだぞ!」
「・・・そうね、魔王様だもんね」
「貴様等に金獅子の力を見せてやる!」
「早くいらっしゃいな」
「良いのか?初撃を譲ってやろうと言うのだぞ?」
「結構です」
「生意気な小娘だ!・・・では、行くぞ!」
金獅子が大きく息を吸い込む。
「あっ!アレが来るぞ!」
「避けるわよ!」
「グラァァァァ!」
さっき、パトラがやって見せたヤツだ。
サックリ避ける。感動は無い。
「お返しよ?」
「うぬっ!?」
今度はパトラが息を吸い込む。
「ガァァァァ!」
「ふん!」
またしても、魔王が障壁を張る。
「この壁が厄介ね!ジーク、お願い!」
「あいよ、任せろ!」
俺が障壁に肉薄し構える。
「無駄だ!この障壁は物理も魔力も・・・」
穴堀魔術が障壁に大穴を開ける。
「ナンですと!?」
「もう一度よ!」
俺が瞬時に反応し、真横に飛び退く。
パトラが障壁の穴に飛び込みながら大きく息を吸い込む。
「ガァァァァ!」
パトラの咆哮が魔王に突き刺さる!
「やったか?」
「それはフラグよ!」
しかし、魔王は無傷だ。
「ほう、中々の威力だ!」
「・・・今、貫通したよな?」
「ん?何の事かな?」
「白々しいというか、胡散臭いというか・・・」
「貴様!我を愚弄するか!?」
「何か、さっきから違和感が有るんだよな」
「な、何を言っている!?」
「お前・・・幻影だろ?」
「何の事か分からんな!?我、幻影なんかでは無い!」
「当たりだな!」
「違うと言っている!」
「何で慌ててんだ?」
「いや!我は慌てていない!慌ててなんかいない!」
「ジーク?何の話?」
「こいつさ、多分だけど幻影か幻惑の魔法を使えるだろう?」
「おそらくね」
「この姿もニセモノなんじゃ無いか?」
「違う!我、本物!本物なの!」
「そうよ、ニセモノなら魔法なんて使えないわ」
「そうだ!この雄々しい姿が我の正体だ!」
「・・・んで、この慌て方。変じゃない?」
「変じゃ無い!全く変じゃ無いぞ?」
「・・・ニセモノだとして・・・ん?」
「ど、どうした?信じる気になったか!?」
「そこ!!」
急にパトラが金獅子の足元に電撃を放った。
完全に不意討ちだ。正々堂々なんて無視だ!
そんな卑怯なパトラの攻撃は金獅子の足をすり抜け、
・・・すり抜けて!?
「ほーら、ここに本物が居るんでしょ?」
パトラが床に微笑み掛ける。めっちゃ怖い。
「くっ!見破るとは・・・」
土煙が煙幕になって正体が見えない。
少なくとも、小さい。
そして、徐々に土煙が薄れる!
・・・そこにはパトラでは無い金華猫がいた。