28話
「ジークさん、お客様ですよ」
アーシャが俺に声を掛ける。
「どちら様かな?」
俺は深く考えずに扉を少し開く。
「ジーク様、取引の品が用意出来ました!お時間はございますか?」
「おお!ゴルドさん!早かったね!」
俺は扉を大きく開けた。
瞬間、強烈な敵意を感じ、後方へ飛び退った!
「失礼しましたジーク様、今回は連れがございます」
奥からお茶を飲んでいたパトラとミーシャが顔を出した。
「ジーク?・・・何かされたの?」
「いや、されて無い・・・まだな」
「グラーフ様、ジーク様に何か?」
「スマン!余りに・・・その・・・見た目がな、アレだったから・・・つい・・・殺気が漏れちまったみたいだ」
「ジーク様を害さない約束ですよ?」
「だからスマンって!ジーク殿も悪かったな」
「いや、いいさ。所詮ゴブリンだからな」
「そう言って貰えれば助かる」
「ゴルドさん、この人はどちら様だ?ただ者じゃ無いのは分かるんだが・・・」
俺は嘘をついた。見た事があるからだ。さも初対面かのように振る舞った。
「この方はグラーフ様。ノースノートのギルドマスターです」
「私が前に居た街よ。ギルドマスターなんて大物が、何故ここに?」
「パトラか?・・・久しぶりだな、見違えたぞ!まさか幻獣、金華猫とはな・・・どうやって進化したんだ?」
「言うワケ無いでしょ?脳ミソも筋肉なの?」
「・・・相変わらずの様だな、安心したよ!」
パトラとグラーフ、ギルドマスターは知り合いだったようだな。使い魔として登録されて居たらしいから当然と言えば当然だな。
グラーフは俺に気付いては居ないな。むしろ気付くワケが無いな。
俺がグラーフを見たのはこの世界に喚ばれた時だ。
・・・目の前の他のゴブリンを蹂躙していた、あのスキンヘッドのオッサンだった。
「ギルドマスターか・・・ゴブリンの俺としては警戒するしか無いんだがな?」
「ジーク様。今回はその辺りも含めて、お話させて頂きたいのです。まず、ジーク様のミスリルのグレイブを買い取って頂くのはグラーフ様です」
「そこからはオレから説明しよう。ゴルドから凄まじい武具の話を聞いたオレはすぐに尋ねたんだ。買い取る事は可能か?とな」
「ノースノートの街で、アレを買い取る事が出来る人は限られています。グラーフ様か領主様位のものでしょう。一応、お二方にお話をさせて頂きました。領主様は、それだけの武器は扱えないと断られました」
「だが、値段だけでは売るわけにはいかないとオレも一旦は断られたんだよ」
「相手はギルドマスターですからね。ジーク様の素性を考えると素直に話す事は出来ませんからね。値を吊り上げる意味もありましたし」
さらっと手の内をさらしたな、ゴルドさん。
「それにやられたな。こっちが下手に出るしか無くなったんだよ。なんとか頼み込んで、話を進めたんだが・・・」
「ワタクシからは『相手に失礼な態度を取らない』『強引な手段を取らない』を条件にさせて頂きました」
「ゴルドさん・・・ありがとう。俺を守ってくれたんだな!」
「まんまとやられたよ!契約してから相手はゴブリンだって聞いたんだからな!まさかと思っても後の祭りだったんだ」
「とは言え、今後の事を考えると契約して終わり。とは行きませんからね。詳細をグラーフさんには伝えさせてもらいました」
「オレは耳を疑ったよ!ゴブリンが獣人と仲良く暮らし、金華猫と一緒に住んでる?信じられるか?普通」
「はは、事実なんだがな」
「更に、オレも一目置いてる商人、ゴルドを手のひらで転がすとは・・・驚愕しか無かったな」
「それで、最後は自分の眼で確認しようという事か」
「ま、そんなとこだな」
「少なくとも、ワタクシの契約中にジーク様を害するのは禁止とさせて頂きました」
「で?結果は出たのかしら?」
「今の所は討伐対象では無いな。理性もあるし、確かに村の連中にも慕われている。先程、ゴルドに『ありがとう』と言って居たな。ゴブリンにしておくには勿体無い位だ!むしろ気にいった!」
ミーシャがお茶を淹れてくれた。
「助かるよ。あんたみたいな人間と敵対したら、俺も骨が折れそうだ」
「良く言うぜ!俺の敵意に凄まじい反応速度を見せておいてな!」
「たまたまだよ」
「グラーフ、ジークはゴブリンだけど私と同じくらいの強さよ?」
パトラは急に魔力を集め始めた。
・・・オイオイ!稲妻を起こす程の魔力を集めてどうするつもりだ!?
ほら、ゴルドさんもグラーフも怯え始めただろ!
「わ、分かったから、落ち着いてくれ!パトラ!」
「パトラ、控えろ」
「・・・分かったわよ。ちょっとグラーフに警告しただけよ?」
「家を壊すつもりかよ?物騒な警告だな」
「あのパトラがいう事を聞いてるぞ?・・・ジーク殿は本当に何者なんだ?」
「俺はゴブリンだ・・・と思う」
「その禍々しい模様は?それに髪があるゴブリンなんて聞いた事が無いんだが・・・」
「俺も良く分からない。進化し掛けたのだろうとは思うんだが」
「そうか。本当にこの金華猫と同等の強さを持っているのなら・・・手を出すのは下策だなぁ」
「ま、手を出したら私もジークに付くから覚悟するべきね」
「こ、心得た!」
「そんなに怯え無くてもいいんだが・・・」
「ふう。商談以外での緊張感は遠慮したいですね」
「ごめんねゴルドさん。グラーフが調子に乗らない様に釘を刺したかったの」
「分かっていますよ、ご安心を」
「この位、頭が柔らかかったらメーベルの婆さんも苦労しなかったのに」
「それは・・・スマンかった。オレも立場というものがあってだな・・・」
「シャァァァァ!!」
「うわっ!」
「あっはっは!パトラに弱いみたいだな!?」
「こいつのせいで街を追われたみたいなトコもあるのよ、なんか腹立つわ」
「何かされたのか?」
「使い魔解除を街中に通達されたの」
「・・・グラーフ、なんか言う事はあるか?」
ついつい目付きが険しくなったみたいだ。
「待ってくれ!本意では無い!あんた達と敵対する気は無いんだ!信じてくれ!」
「ジーク、落ち着いて!殺気が漏れてるわよ?」
「・・・ああ、すまん」
「パトラ。あの時は済まなかった!ギルドマスターとして、ギルドの決まりに逆らえないんだ!分かってくれ!」
「別に、今さら過去を掘り返すのは面倒臭いわ。ただし、上から目線は許さないわよ?」
「そうか。パトラがいいなら俺も追及はやめよう」
「あ、ああ。助かる・・・」
アーシャがお茶を淹れてくれた。やっぱり苦い。
今は、このほろ苦さが丁度いい。心の中みたいだ。
「さて、過去の因縁が一段落した所で取引のお話をさせてもらいましょうか?」
ここからは俺の営業モードだ。
「そうだな。では、契約の品は用意出来たのかな?」
「簡単ではありませんでしたがね」
ゴルドさんはグラーフを見て苦笑いする。
「でしたって事は・・・予定通り?」
「予定は良い意味で変更しましたよ?」
「おや?期待させる言葉だね。ふっふっふ」
「わざと。ですよ?」
クスクスとゴルドが笑う。
「まずはコイツの代わり、だな」
俺は布に包んだミスリルグレイブを取り出しテーブルに置く。
「コイツは予想以上だな・・・おっと、コイツを見てくれ!」
グラーフが槍をテーブルに置く。
お互いに相手の差し出した武具を確かめる。
グラーフの出した槍は・・・少し短いかな?だが、悪く無い。かなり重さがある。後でオリハルコンにするから問題無い。刃は・・・素晴らしい。流石にフックは付いて無いがな。そして装飾も気に入った。
「グラーフ?この装飾、もしかして魔術式になってるのかしら」
グラーフがミスリルグレイブから顔をあげる。
良い笑顔だ。
「おう!気付いてくれたか!?障壁の魔術式だぜ!」
「凄い槍を用意してくれたな。これなら満足だ」
俺もゴルドさん、グラーフを見ながら答える。
「そちらも納得して貰った様だな」
キラッキラの笑顔だしな。
「むしろ、気まずいな。おまけも必要な位だ!」
「俺を討伐しないでくれればそれでいいさ」
「もちろんだ!・・・悪さするなよ?」
「シャァァァァ!!」
「じ、冗談だよ!!」
「次に奴隷だな」
「では、お連れします」
ゴルドさんが家から出て行く。
なんだ、連れて来ているなら最初から家に入れればいいのに。
「こちらの二人です」
「建築を得意にしているダイクンだよ」
「細工物を得意にしているザイクンだよ」
目の前にはソックリな人間の二人がいた。
中学生くらいだろうか?
・・・人間が獣人の村で受け入れられるだろうか?
・・・違うな。獣人の村『だからこそ』、人間に慣れなければならないんだ!
いつか、お互いの忌避感が薄れる様に。
お互いが歩みよれる様に。
ここから徐々に分かり合っていこう。
「双子かな?」
「「そうだよ」」
「ゴルドさん、この二人はどんな経緯で奴隷になったか分かるかな?」
「二人は魔物に滅ぼされた村の生き残りです」
「そうか。お前達にはしばらくは奴隷として働いて貰うが、二人には将来、独立して貰う予定だ」
「どういう事なの?」
「僕達いらないの?」
「まずは俺達の家を作ってもらう。次にお前達の家を作ってもらう。後は村長の家。最後に旅館だ」
「リョカンって何?」
「どんな建物なの?」
「パトラ、どう言えば伝わる?」
「簡単に言えば宿屋ね」
「「猫が喋った!」」
「うん。慣れてくれ。それで、宿屋を作ったら奴隷解放だ!だから、独立までに他の村人達からの依頼も受けて腕を磨いたり、お金を貯めたりしてくれ」
「「いいの?」」
「お前達の技術があれば。だな。ゴルドさんも構わないだろう?」
「流石ですね!ワタクシからお願いする気でしたが、言う事が無くなってしまいました」
「独立した後で人手が必要になったら、また頼むかも知れないな」
「喜んでお受けしますよ」
俺とゴルドさんは大きな声で笑い合う。
他の連中はポカンとしている。
まあ、分からないだろうな。
「ミーシャ、二人に家と俺達の案内を頼む」
「了解ッス。二人はこっちに来るッスよ」
「「よろしくお願いします」」
最初はずいぶんと若い奴隷を連れて来たなと思った。
値段の関係か?とも思ったが、期待させると言う言葉がここで『待った』を掛ける。
恐らく、腕は良いのだろう。
建築関係に限らず、職人ってのは育てるのが難しい。日本の様にパソコンや機械、ロボットが働くなら話は違うだろうが、この世界では手に職を持つのは時間が掛かるはずだ。
なら、手放さなければ良い。皆は思うだろうな?
だが、そうじゃない。職人ってのは色んな課題をクリアして成長し、後輩を育てる。そう。職人が職人を育てるのだ。
だから俺はその手助けをしながら家を作って貰う予定なのだ。
そして、ゴルドさんは職人達を操り、仕事を通してお金を巡らせる。すると俺にも巡って来るワケだ。
最後の『また頼む』はその時までの『貸し』となって、ゴルドさんは了承した。
これが、さっきのやり取りの内容だ。
やはり、この人との商談は熱くて面白い!
まあ、パトラのポカンとした顔はレアだな。
俺も微笑んでしまった。