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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

雨の日の農場での撃ち合い、または豚は君が思うよりはるかに狂暴だと言う事(エリ・コーエン 要塞の家外伝)

作者: とみなが けい

雨の日の農場での撃ち合い、または豚は君が思うよりはるかに狂暴だと言う事(エリ・コーエン 要塞の家外伝)


                    とみなが けい



制服を着て軍用火器を使い集団で撃ち合うのと、私服を着て個人用火器で少人数で撃ち合うのは緊張感が雲泥の差だ。


いわゆる戦場では個の存在が希薄になる。

皆慎重に一人一人を狙って撃つ訳じゃなく、よほどの接近戦や市街地掃討戦以外ではおおよそ敵がいる方向に意外と思えるほど大雑把に射撃するのだ。

その証拠に戦場で弾丸に倒れる兵士は流れ弾に当たって死ぬか負傷する割合が非常に高い。


逆に「民間人」同士の撃ち合いは個々の存在が非常に際立つ。

敵も味方も数人、どんなに数が多くても大体一桁以内である。

射撃距離も戦場とは大違いに短くなるし、使用する火器もフルオートで撃ちまくる突撃銃や軽機関銃と違い、拳銃かせいぜいマシンピストル、ショットガン程度だ。

意外に思えるかもしれないが、よほどのド素人でない限り狙撃精度も戦場とは比較にならないほど高くなる。

私服での撃ち合いは戦場での集団戦と違い、個人同士の命のやり取りなのだ。


ミラノからそう遠くない秋の土砂降りの農場で撃ち合った時、味方が私を含めて3人、敵側は4人だった。

使用した火器は私の側は全員ピストル、敵側もピストルに1丁づつのショットガンとマシンピストルだった。


ある老舗のマフィア組織のドンの大叔母が、この人は随分変わり者らしく辺鄙な農場で作物を育てささやかに暮らしていた。

ファミリーの商売にも関わらずに時折ドンが送る仕送りもほとんど手を付けず二人の作男(引退したマフィアメンバー)を使いひっそりと農場で過ごしていた。


ある日麻薬取引を持ち掛け断られたナイジェリアのギャング一味がドンの大叔母の所在を探り出し人質にとる計画を立てていることが分かった。


昔ながらの賭博売春のみかじめや港湾労働の中介等の仕事しかしないファミリーの人脈を使い南ヨーロッパに麻薬と銃器密売のネットワークを作り上げようと企んだギャング一味は何とかファミリーを味方に引き入れようとなり振り構わない手段に出たのだ。



ひょんなことからファミリーのガンマンとして契約してしまった私と、ひょんなことに巻き込んだ張本人のジョアン(頗る付きの美人だが綺麗な薔薇には棘があるの典型的な女)日頃ノミ屋を取り仕切っているスコレリ(ドンの甥っ子のんびりでっぷり酒と女が大好きな中年男)の3人はしばらく農場の警備をする羽目になり、古びたランチアを土砂降りの雨の午後の田舎道を走らせていた。


「スコレリ、あとどのくらいで着く?道合ってる?」


助手席で雨を眺めてるジョアンが物憂げな声で尋ねた。


「もうすぐ着くよ。まぁ、どんなに遅れても夕食には間に合うさ」


後部席で足を広げて寛いでいるスコレリがあくび混じりの声で答えるとウィンクをして微笑んだ。

ジョアンはハンドルを握る私に顔を向けて苦笑いを浮かべた。


「全く…腰が痛いわぁ」


ジョアンがシートから腰の位置を左右にずらしてぼやいた。


「そんなにでかい銃を持ってくるからだよ」

「あらぁ、農場でしょ?

開けた場所ならこっちの方が有利よ相手が見えてるのに遠くて撃てないの嫌だもん」

「じゃあ腰が痛いのも我慢だな」

「エリって意地悪な男ねぇ~」


ジョアンは猫のように目を細めて私を見た。

ワイパーが効かないどしゃ降りの雨の中、舗装が所々荒れた、そして片側が切り立った崖の道を走る私は前を向いたまま答えた。

ジョアンは小柄の割りに大口径の銃が好きだ。

以前防弾ベストを着た男を始末するのにマガジン1本分の弾を撃ち込んだにも関わらず怯むことなく撃ち返されて死にそうな思いをした事があるそうだ。

私が愛用する9ミリのCZ75を手入れしているのを見る度に、「良い銃だけどね…いつかヤバイ目に遭うわよ」と鼻で笑う。

と言うわけでジョアンは最低でも357マグナムか10ミリオートを使う。

今回は新しく出たばかりの454カスール弾を使用するブラジル・タウルス社製のリボルバーを腰に下げている。

私に言わせれば人間相手には完全にオーバースペックなのだが。

おまけにレイジング・ブルと名付けられたリボルバーは馬鹿げてでかい、というか太い。

弾薬が強烈なため、通常6発装填のリボルバーのシリンダーに5個しか穴が開いていない、つまり5連発にも関わらず、太すぎる。

今ジョアンの腰にその太いシリンダーがホルスター越しに容赦なく押し付けられている。

ジャケットの上からでもその銃の膨らみは判るのでおよそ街中での携帯は向かない銃だが、辺鄙な農場で開けた場所での使用には向いているかも知れない。

44マグナム弾の3倍のエネルギーを持つ454カスール弾は9ミリ弾よりもかなりフラットに飛んで行くし、ただでさえオートより命中率が高いリボルバーなので、ジョアンの腕なら50メートル先の人間でも頭か胸か腹に撃ち込むか選べるかも知れない。

オートピストルは余程腕がたつ人間でも高確率で人間の致命部に命中させる限界が30メートルと言ったとこだから。

はは、但し晴れて視界が良く強風が吹いていない場合はと言うことだ。

今日のような土砂降りだとせいぜい20メートル以内でないと相手の身体自体を視認出来ない。

私はちらりとジョアンを見た。


「今日だったら脇に吊ってるデルタの方が実用的かもな」


私はジョアンがバックアップに携帯している10ミリのデルタ・エリートについて呟いた。

ナイジェリア人ギャングが晴れた日に襲撃してくれますようにと思いながら私は危険な山道を走った。


この時の私達の武装はジョアンのレイジング・ブルとデルタ・エリート10ミリオート、私の2丁のCZ75、9ミリオート、スコレリのショルダーホルスターにはスミス&ウエッソンM19、357マグナムが吊ってあり、ランチァのトランクにはスコープ付きのレミントンM700ボルトアクションライフルが収まっていた。


雨は相変わらず凶暴に降り続いていたが危険な山道は終わり、なだらかな起伏が続く農道に出た。


「もう少し走れば小さな村があるよ、そこにはこじんまりしたカフェーもある。

そこで一休みして20分も走れば農場だ。

 田舎で携帯が圏外だからそこで電話を借りておばさんに連絡を入れよう」

「助かった~、私熱いコーヒーが飲みたいわぁ」

「ジョアン腰のデカ物は目立つからカフェーに入るときは外してゆけよ」

「うん、そうする」

「ああ、そういう心配はしないで良いよ。

カフェーの主人はうちのもとファミリーなんだよ。

村の殆どの人間は大伯母の素性も知っているしな」


私はルームミラー越しにスコレリの肉付きが良い顔を見た。


「そいつは助かるな。

スコレリ、農場にはその村を通らないと入れないんだろ?」

「その通り、見慣れない人間が通ると直ぐに村中の話題になるぜ」

「じゃあ、カフェーの主人に農場に行く人間の監視も頼めるわけだ」

「ああ、俺から頼んでやるよ。

大伯母の農場からは最高の豚肉が仕入れられるから村全体が味方のようなもんだ」

「豚肉?」


ジョアンがスコレリに振り向いた。


「大伯母の農場じゃあ豚を昔ながらの方法で飼ってるんだよ。

ベーコンは特に旨いぜ、スペインの豚より旨いよ」

「うわぁ、楽しみ!ベーコンは大好き!」


ジョアンが満面の笑みを浮かべた。

ジョアンの笑顔を見ながらスコレリはにやりとした。


「その代わり種付きの雄を見たらビビるぜ。

俺は子供の頃、マジで食い殺されそうになったんだ」


暫く走ると農道が少しましな舗装道路に変わり、昔風の家が立ち並ぶ通りに出た。


「ちょっとスピード落としてくれ、道の右側にカフェーの看板が見えてくる」


スコレリが身を乗り出して前方を見つめた。

やがて通りにポツンと木の看板が突き出ている。

「ラナ」と書かれた看板にはカエルが料理の乗った皿を持つ昔風の絵が掛かれていた。

店の入り口の横にパラソルと30人ほどが座れるテーブル、椅子が並んでいたがこの雨で誰も座っていなかった。


「車は店の真ん前に止めれば良いよ。

早く入ろうぜ、グェ!!」


スコレリが言い、車を寄せて止めた途端にドアを開け、店に飛び込もうとしてシートベルトに首を絞められた。


「スコレリ、ここで死ぬとベーコンにされちまうぞ」

「ベーコンにされちゃうよ」

「ゲホゲホ!ひでぇことを、ゲボォ!」


私とジョアンは苦笑混じりに身体の半分を雨に打たれゲホゲホ咳き込みじたばた暴れるスコレリを何とか助け出し、ずぶ濡れの私達はカフェーに飛び込んだ。


薄暗いカフェには常連らしき数人の老人がテーブルに陣取りおしゃべりに花を咲かせ、恰幅の良い初老の女性店主がカウンターにもたれてグラスをふきながらおしゃべりに参加していた。

店に飛び込んできた私たちを見てお喋りが止み皆の視線が集まった。

よそ者に対する警戒心が強い田舎ならではの反応。

スコレリが言うように農場にたどり着くまでに必ずこの通りを通ることが必要であればこのカフェとその周辺は絶好の監視ゲートになる。

私とジョアンの後ろでまだせき込んでいるスコレリを見て女性店主が声を上げた。


「まぁ!ポルコイディじゃないの!久しぶりねぇ!」


その言葉を聞いて老人たちも警戒を解いて再びおしゃべりに興じた。


「…なぜスコレリがポルコイディ(豚坊や)なの?確かに太っているけどさ」


ジョアンが吹き出しそうになる顔を俯いて小声で私に尋ねた。


「知らん!お前らは知らなくていい!」


スコレリがせき込みながら吐き捨てた。


「ニーナおばさん久しぶり。

 ちょっと電話を貸してくれる?」

「ああ、いいわよ、あんたたちポルコイディのお友達?

 ずぶ濡れじゃないの服を拭きなさいよ。

 何飲む?コーヒー?ワイン?」


女性店主がカウンターからタオルを出して私たちに渡した。

スコレリは服を拭きながら店の奥にあるガラスで仕切られた公衆電話のコーナーに入っていった。


「ありがとうございます、車なのでコーヒーをください」

「まぁ、都会の人は真面目ねぇ!」


女性店主が笑いながらカウンターに入っていった。

私達は椅子の腰かけて時代をふりた店内を眺め老人たちのお喋りに耳を傾けた。


「それで危く轢かれそうになったんだよ。

 それなのにそいつら車を止めもしないで偉い勢いで走ってゆきやがった」

「ジョルジョ轢かれなくて良かったわねこんな土砂降りで車に轢かれたら大変よ」

「それにしても失礼な奴らだよな、一瞬こっちを見たけど目だけが白く見えてな、あんなに真っ黒な顔はこのあたりじゃ…」


ジョアンと私の顔が引きつり、ジョアンが車に轢かれかけた老人に尋ねた。


「おじいさん、それって黒人が乗ってたの?

 いつの話?」

「かわいいお嬢さん、つい20分くらい前のことさ、都会じゃ珍しくもないけれどこのあたりじゃ交通事故なんて年に一度有るかないくらいのことだからねくらいのことだからね.

それにごつい黒人が四人も乗った車が通るなんてことも…」


スコレリが電話コーナーから出てきてぼやいた。


「ちぇっ、田舎じゃ電話も雨で止まるみたいだな。

 農場に電話がつながらないぜ」


私とジョアンが同時に席を立って戸口に走った。


「スコレリ!先を越されたぞ!急げ!」

「いったい何が…」


ジョアンと私はスコレリの言葉に返事もせずカフェーを飛び出し車に乗り込んだ。


「スコレリ!早く!」


スコレリが車のドアを開けて体を乗り入れたとたんに私は急発進させて通りに躍り出た。


「四人って言ってたわね」

「ああ、くそ、車種を聞きそびれた」

「いったい何だってんだよ?」

「ナイジェリアの誘拐チームが今さっきここを通ったってことだ!急ぐぞ」


ジョアンは腰からレイジング・ブルを引き出すと素早く点検をした。


「スコレリもすぐに銃を撃てるようにしといて!」


ジョアンが早口でスコレリに指示を出しフル装弾されているのを確認したシリンダーをバチンと閉めたレイジング・ブルを足の間に挟み込むと脇からデルタエリートを取り出しマガジンとスライドの動きを点検した。


「今のところギャングは全員黒人のようだ、スコレリ、農場で黒い人間を見たら撃てよ」

「あ、ああ」


スコレリも切迫事態だと気が付いたのか顔を引き締めてマグナムリボルバーを取り出し握りしめた。

私は胸ポケットから農場の見取り図を出してジョアンに渡した。

ジョアンは食い入るように地図を見つめた。

雨の勢いがまた強くなり始め、ランチァは尻を振りながら砂利道を走った。


なだらかな坂を上ってゆくと農場の入り口が見えてきた。

黒い電線が一本途中で断ち切られて道の端に垂れ下がっている。

その横に日本のテレビショップでおなじみの高枝切バサミが落ちていた。


「奴らはもう入り込んでいるぞ…電話線を切っていやがる」

「あんな高いところの線を切ったの?」


周囲を警戒しながらも線を見上げたジョアンが訪ねた。


「あれを見ろ」


私は車をゆっくり止めて高枝切ばさみを指さした。


「高枝切バサミといってな、高いところの枝や線を切れる道具だ。簡単に棒の部分を伸ばして手元のハンドルで硬い枝でも一気に切れる」

「諜報部員が使いそうな道具だな、奴らはプロを雇ったようだ」


スコレリも高枝切バサミを見つめながら呟いた。


「もともと日本製だ。

 テレビショッピングとかで普通に売っているよ」

「さすがに忍者の国ね。

 国民が普通にあんなものを持っているなんて…」


ジョアンが少々ピントがずれた感想をもらした。

私はゆっくり車を発進させて農場の入り口手前にそれて停めた。

ジョアン念のために農場の見取り図を引っ張り出すと目を凝らしてのぞき込む。


「ジョアン、農場の中を頭に入れたか?」

「オッケー大丈夫」


私たちは車を出て壁沿いに入口に進んだ。

入口入ってすぐの開けた場所の右側に屋根付きの駐車スペースがあり、唯一雨で濡れた

無人のプジョーのワゴンが停まっていた。


ジョアンが援護する間に私はプジョーに近寄り足跡を確認した。

奴らは4人、二人づつに分かれ農場の母屋を挟み撃ちにするように移動している。

プロかセミプロか…私はジョアンと目配せをして奴らの後を追う段取りをつけた。

ジョアンは母屋の裏側から、私はスコレリを後ろに従えて屋根伝いに母屋の正面に。

正直ガンのエキスパートじゃないスコレリがマグナムリボルバーを構えて私の後ろにいるのはぞっとしないがしょうがない。


「スコレリ、俺が撃つまでは絶対に…」

「わかってるよ」


スコレリが緊張した顔つきでマグナムを握りなおした。


土砂降りでかき消されつつある足跡を追って建物沿いに進むと、遠くに腰をかがめて母屋に進む2人の人影を見た。

私は手でスコレリを制してCZ75を構えた、が土砂降りの雨の中でしかも距離があった。


「なんだよ撃たないのか?」


スコレリが囁く。


「距離がありすぎる。

 一度に2人仕留めないと厄介なんだよ。」


私は小声で答えてピストルを構えたまま慎重に進んだ。

今敵は30メートル以上先にいる。

このコンディションで確実に致命部を打ち抜くには20メートル以内に近づかないと無理なのだ。

トラックや農作業用の道具に身を隠しながら距離を詰めながら敵を観察する。

先を進んでいる奴は身をかがめているが歩行の際の足からくる衝撃が上体に伝わって構えているピストルの銃口が上下に揺れている。

こいつは素人だ、が、後ろを進む奴は膝と腰を使って足からくる衝撃を抑えて構えるピストルの銃口は微動だにしない。

後ろの奴は訓練を受けた、しかもただの兵隊以上のエキスパート訓練を受けたプロだ。

私は後ろの奴に狙いを定めながら、油断なく後方や側面を警戒するあいつに感づかれないように慎重に後をつけた。

私はすぐ後をついてくるスコレリがへまをして勘づかれないか心配になり、ここで待つようにスコレリに言おうとした瞬間、後ろの奴がこちらに顔を向け目を凝らした瞬間、奴は地面に腹ばいになり私たちに撃ってきた。

私は咄嗟にスコレリの腹を蹴飛ばして奴を地べたに転がしながら奴に銃口を向けて2連射した。

奴の弾はスコレリがいた場所に飛んで後ろの塀に当たった。

そして奴は無駄弾を打たずに転がったまま回転して物陰に隠れた。

私はさらに身を低くして連射をしてボケっと突っ立ったままの先を歩いていた奴を撃ち倒したあと、横にはねてトラクターの陰に飛び込んだ。


「スコレリ!奴はプロだ!お前の手に負えない!そのまま這いずって隠れて動くな!」


スコレリは私が蹴りを入れた腹の痛みに呻きながら地べたを這いつくばりコンテナの後ろに身を隠した。


「そこから動くなよ!伏せたまま奴が隠れたあたりに狙いをつけて奴が見えたら撃て!」


私はそう言い、スコレリがうなづくのを確認してから匍匐前進をしてトラクターの反対側に移動して倒れて呻いている先を歩いている奴に慎重に狙いをつけてとどめを刺した。

呻いてる奴の頭部に着弾して奴が完全に動きを止めたのを確認した瞬間にトラクターに弾が当たり火花が散った。

プロの奴が物陰から私を狙って撃ってきた。

いっしょにいたのがスコレリじゃなくジョアンであれば物陰にいる奴をいぶりだしてくれるであろうが、スコレリとではそういう高等なセッションが出来ない。

私はトラクターの陰でCZ75のマガジンを抜き、満タンに弾が入ったマガジンを装填してプロの奴をうかがった。

奴と私の距離はまだ30メートル強はある。

この土砂降りではよほど幸運でなければ初弾を致命部には撃ち込めないだろう。

だが撃ちまくって飛び出し奴との距離を詰めるのもそこそこ危険な賭けになる。

ここで奴の足を止めてジョアンが残り二人を始末するのを待つか、危険を冒して奴を仕留めてジョアンと合流するか、しばし悩んだ。

土砂降りの中、私と奴とのにらみ合いが続いた。

その時母屋の方からジョアンのライジング・ブルの放つ454カスール弾の野太い咆哮が聞こえてきた。

そして応射する2発の銃声更に454カスール弾の咆哮。

ジョアンも別の敵に出会ったようだ、が、銃声だけでは状況がわからない。

ジョアンが一人を仕留めたか、上手くゆけば2人を仕留めたのか、それとも初弾を外して応射されて睨み合いになったのか、最後に聞こえたのが454カスール弾の咆哮なのでジョアンは生きているとは思うが、それ以上の状況がわからない。

とにかくこの膠着した事態を進めないといけない。

私はトラクターから顔をのぞかせてプロの奴をうかがった。

奴は大きな納屋と大きな木箱の間に潜んでいるようだ。

納屋の屋根のへりに雨どいが通っている。

私は雨どいを狙って3発撃った。

雨どいに大きな破孔が出来て奴が潜んでいると思われるところに派手に水が落ちた。

木箱のへりから水を避ける奴の手が見えた。

私は飛び出してCZ75を撃ちながら息が切れないくらいの小走り奴でややジグザグに進んで奴との距離を詰め、大きな木箱の陰に飛び込んだ。

降りかかる水しぶきの為に奴の反応速度と射撃の正確さがほんの少し低下して私を狙った弾が外れた。

私は木箱からやや後方に身を移して奴のところまでもう少し距離を詰められるか検分したが、もう、頼りになる遮蔽物は無かった。

奴のところまで直線で23~25メートル。

奴が隠れている木箱に357マグナム弾の弾着があった。

スコレリが援護射撃をしているようだ。

ありがたいスコレリが撃っている間は奴も身を隠すほかない、その間に距離を詰めて必中弾を撃ち込めれば…しかし、やはりスコレリは打ち合いの素人だった。

スコレリは6発しか装弾できないリボルバーをオートマチックのように連射してすぐに球切れになり新しく装弾してはまた、いささか不正確に撃ちまくっていた。

これでは奴にもマグナムリボルバーを撃ってくる奴はド素人だと知れてしまう。

そうなるとせっかくの援護射撃も効果半減、奴はまぐれ当たりの弾だけに気を付けて動きが大胆になってしまう。


「スコレリ!もう少しゆっくり撃て!狙って正確に!ゆっくりだ!」


「わかった!だがあと6発しかないぜ!」


クソトンチキのド素人デブ野郎は事もあろうに敵に残弾の数まで伝えた。

奴がイタリア語を判るとすればスコレリデブ小僧が打ち出す357マグナム弾の残弾を数えているだろう。

もう猶予は無い。

私はCZ75にフル装填したマガジンを叩き込むとスコレリのマグナム弾の音をかき消すように連射しながら奴に突進した。

奴が木箱の陰から身を起こして私にめがけて続けざまに発砲した。

私と奴との距離は15メートルを切っていた。

私と奴の間に聞いたことがない衝撃音とともに2回空中に火花が散った。

奴は目を見開いて数瞬間、自分が持つオートマチックのピストルを見つめた。

その間も私は奴に照準をあわせてトリガーを引き続けた。

奴の胸とみぞおちに着弾、驚愕の表情を浮かべた奴が膝を折り崩れ落ちる間も発砲と前進を続けてなお数発を奴に撃ち込んだ。

この場合目の前の敵を倒して安心して動きを止めるのは致命的なミスに繋がる。

銃撃戦の音を聞いて新たな敵がこちらに向かってくるか、くそ度胸と落ち着きを持った別の奴がどこからか照準を合わせているかも知れないのだ。

私はそのまま走り続けて倒れた奴の隣に滑る鋳込み、CZ75の残弾を奴に撃ち込んでから周りに目を配りながら新たなマガジンを装填し、奴が握りしめていたピストルを取り上げ(それはベレッタのM92だった)残弾を調べてからポケットに突っ込んだ。


「エリ!大丈夫か⁉」


スコレリがデブなりに必死に走ってきて私の横に飛び込んだ来た。


「周りに気をつけろ!ああ、奴の弾は当たって無い」

「俺、見たぜ!」

「何を?」

「何をって…エリ、お前が奴の弾を撃ち落としたじゃないか!それも2回も!俺、あんなの初めて見たぜ!」


スコレリが興奮してまくしたてた。

あの妙な衝撃音と火花の事か?

だがしかし今は感想を話し合ってる状態じゃない。


「スコレリ、話はあとだ、まだ2人おそらくジョアンと睨み合ってる。お前のマグナムは何発残ってる?」

「あと…3発だ」

「それがなくなったらこれを使え」


私はポケットから今撃ち殺した奴のベレッタを抜くとスコレリに渡した。


「まだ11発残ってる、セフティをかけとけよ、そう、それだ撃つときはセフティを外すの忘れるなよ」

「わかった」


スコレリは多少ぎこちない操作をしながらピストルにセフティをかけてベルトに突っ込んだ。

間抜けな奴がベルトの前にオートマチックを差し込むと向く時の誤操作で自分のおちんぴょんを吹き飛ばすことがあるが今は面倒くさいので黙っていた。


母屋の方では時折ジョアンの454カスール弾の咆哮と応射するギャングの銃声が聞こえてきた。

私たちは母屋の裏手の方に向かった。

母屋の裏口では横の窓から農夫がダブルバレルショットガンを突き出して周囲を警戒していた。

私とスコレリは両手を挙げて害意が無いことを示しながらゆっくりと近づいた。

農夫が私たちに気が付きゆっくりと裏口を開けた。


「お宅らの仲間のお嬢さんは表の方のリビングにいるぜ」


私たちが母屋に入ると農夫は裏口のドアを閉めて再び窓に陣取り外を警戒している。

びしょ濡れの私たちがリビングに入ると窓からレイジングブルを突き出しているジョアンがこちらを見ることもなく尋ねた。


「何人殺った?」

「二人だ。あと二人だな」

「私が一人片付けたからあと一人ね…だけどそのあと一人はかなり手ごわいわよ」


奥のドアが開き老婆、というには生命力に満ち溢れた感じの女性がタオルを持って現れた。

ドア越しに農夫たちの家族であろう女子供たちが部屋中央に集まっていた。

女性がタオルを渡しながら微笑んだ。


「この雨の中ご苦労様。これで体をふきなさい。今コーヒーが入るから飲みなさいね」


話に聞いたスコレリの伯母だろう。


「どうも到着が一足遅れたそうで申し訳ありません。

 怪我をされた方はいますか?」


「幸いにも誰もけがをしていませんよ。

 こう見えてもうちの使用人たちはあなた方のOBですから」

「なるほど、それは良かった…だが残る一人は手強そうです。

 あとは私たちに任せて隠れていてください」


ジョアンは窓の外を監視しながら呟いた・


「普通仲間が皆やられたら逃げるはずなんだろうけどね。

 私があいつの相方を始末した時も見事なくらい落ち着き払って私に応射しながら安全なところに身を隠したわ」


ジョアンが破れた上着の左肩部分を見せた。


「ギリギリセーフ、おそらく40口径のサブマシンガンを持ってる」

「手強いな」

「うん、サブマシンガンでも正確な射撃をして無駄弾をばらまかなかったし機敏な動作で身を隠した。今はおそらくあの頑丈そうな囲いの扉のあたりにいるはず」

「おれが囮になって挟み撃ちするか」

「ほかに手は無さそうだけど、あいつはそういうことの対処も慣れてると思うわ。

 気を付けてね」

「やってみよう」


スコレリの伯母がコーヒー持ってきた。


「お嬢ちゃん、残りの奴はあの扉の近くにいるの?」

「はい、おそらくあの木箱の陰に陣取ってこちらを窺っていると思います」


スコレリの伯母が慎重に窓枠から外を覗いた。


「ふぅん、お嬢さん、大きいピストルを持っているけど、あの扉についてるごつい南京錠を打ち抜けるかしら?」


ジョアンが目を細めて扉を見つめる。

私もジョアンの肩越しに見つめると分厚い木の扉にそこいら当たりでは見かけないかなりごつい南京錠がかけてある。


「なんとかやれると思いますけど…でもどうしてですか?」

「うふふふ、あの中には普通の銃弾にもびくともしないタフな味方がいるのよ。

 お嬢さんがあのカギを開けてくれれば奴の始末をしてくれるわよ」

「…」

「少なくとも人間の命を危険にさらす必要ないけど、やってみる?」

「あの南京錠を撃つだけで片が付くなら願ってもないです。

 ジョアンやろうぜ」

「OK」

ジョアンは徹甲弾を装填しなおしたレイジングブルを握り、窓を少し開けて南京錠に狙いをつけた。

私はその後ろで奴が顔を出したら撃てるようにCZ75を構えた。

土砂降りの雨の先にかすんで見える南京錠、距離は25メートルというところか、晴れた日ならジョアンにとっては至近距離なのだが…


「あ、ちょっと待って、必要なものを持ってくるわ」


スコレリの伯母が暖炉の上のエアホーンを持ってきた。


「これがないと奴を始末した後で私たちも外に出られなくなるからね…さぁ、どうぞ、カギを打ち抜いて」

「はい、かなり大きな音がするから耳をふさいでください。


スコレリの伯母は心得ていてジョアンが言うより早く両手で耳をふさいでいた。

もちろん私とジョアンは軽い耳栓をすでにしている。

ジョアンが慎重に狙いをつけてレイジングブルを撃った。

ものすごい閃光の先で南京錠のあたりで派手な火花が散った。


「お嬢さん、やったわ」


スコレリの伯母が嬉しそうに言うとエアホーンを片手に窓に近寄った。


「これからどうなるんですか?」


私が訪ねるとスコレリの伯母は意地悪そうな微笑を浮かべた。


「あとはあの子らが始末してくれるわよ。

 まぁ、見ていなさい」


突然重い木の扉がものすごい衝撃で八の字に開いたかと思うと何やら茶色の山みたいな物が数個飛び出してきた。


「…熊?」

「ほほほ、豚よ」


巨大な豚が木箱の裏手に突進するとナイジェリアギャングの驚嘆の悲鳴と立て続けの銃声が聞こえたが、すぐに巨大豚の吠え越えにかき消され、ギャングの苦痛の悲鳴が聞こえてきた。

聞くものの背筋を凍らせるようなギャングの悲鳴。

そして巨大豚がギャングの体を中高く放り上げた。

手荒く遊ばれて手足の関節がすべてへし折れた人形のようにギャングの体が木箱の裏から宙に舞った。


「うわぁ…」


私もジョアンもその時だけギャングに感情移入して恐怖のうめき声を漏らしてしまった。


「な、豚は怖いんだよ…」


リビングの隅でスコレリが真っ青な顔をして呟いた。

泥に叩きつけられて呻き叫んでいるギャングの体に豚が殺到してめちゃくちゃに引き裂いてギャングがまだ意識があるであろう状態で貪り食った。

巨大で狂暴な豚に食い殺されるというのが私にとって絶対に避けたい死に方ランキングの上位に入った瞬間だった。


スコレリの伯母が窓から手を伸ばして「ブタちゃんたち!家にお帰り!おやつだよ!」と叫んでエアーホーンを立て続けに3回鳴らすとギャングを貪り食っていた豚たちはいそいそと囲いの中に戻っていった。

農夫の一人が新しい南京錠をもって囲いの扉に走っていった。


「…凄い…」


ジョアンの声は震えていた。

スコレリの伯母はジョアンを見てほほ笑んだ。


「安心してお嬢さん人間を食べた豚は食肉にしないから、ほほほ、さぁ夕食の準備ねゆっくりしてきなさい。

奴らの死体と車はうちの者が始末しておくからね」」


スコレリの伯母がキッチンに下がった後で私とジョアン、スコレリはコーヒーを飲みながら状況報告をしあった。


先ほど私の弾丸とギャングの弾丸が2度空中衝突したことをスコレリが話すとジョアンは目の色を変えてスコレリにその場所を聞いて血相を変えて飛び出していった。

2~30分程経ってずぶ濡れのジョアンがニコニコ顔で戻ってきた。

そして私に大事そうに握って手を差し出した。


「ほら、ほら、見つけた!

 迎撃射撃の証拠品!

こんなにきれいに衝突するなんて天文学的な確率よ!

 これは私がもらうからね!」


ジョアンの手のひらには9ミリホローポイント弾が互いに正面から衝突しきれいにマッシュルーミングした状態で互いに張り付いたてダビデの星のようになっていたものが乗っていた。

おそらく奴も私と同じフィヨッキ社のホローポイント弾を使っていたのだろう。

双方同じエネルギーでなければこんなにきれいに張り付くことはないのだから。


「ペンダントにしようっと!」


ジョアンはつぶれて張り付きあった銃弾を大事そうにポケットに入れた。



後日、ジョアンがつぶれた弾頭を丸い縁取りで囲んだペンダントを見せてくれた。


うん、まぁまぁお洒落だった。






終わり


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