即物的タイムマシーン
僕が子供の頃、不思議なことがありました。白い人影を墓地で見たとか、庭先で人が倒れてたりとかです。
でも一番不思議だったのは、林檎です。テレビを見てたんですよ。ぼけっーとね。家族は出かけていていませんでした。だから暇でテレビを見ていることしかできませんでした。
ふとテーブルに目をやると林檎があったんですよ。傷もので安いだろう林檎です。大きな亀裂が入っていました。テレビに夢中になっていた時間は数分でしょうか。ほら、テレビを見ると言っても、ずっと何十分もテレビだけに視線を向けていることってないじゃないですか。テーブルに目をやったり、時計に目をやったりしますでしょう。
もちろん林檎を買った覚えはありません。ましてや傷もののなんて、普通のお店ではあまり置いてないでしょう?
それにその時、家の中は僕だけしかいなかったのです。だから、林檎を誰かが持ってきて置いたということもありません。
林檎がふっと現れたことがとても不思議でした。あ、もちろん食べましたよ。ちょっと表面がひび割れてたりしていましたが、味はなんら問題ありませんでした。おいしかったです。
いやぁ、すごく不思議に思っていたのですが、それが今解決されようとはましてや。
*
博士が先ほど助手である僕を呼びつけた。
「タイムマシーンができたぞ!」
「本当ですか!?」
博士が何やら実験室にここ数日籠っていると思ったら、そんな大それたものを作っていたとは。それにしても、今回も助手の僕は何も手伝っていない。ひどい。
見てみると、鉄でできた仰々しいカプセルがあった。扉には、小さな窓が一つついているだけだった。その機械はごうん、ごうんと音を鳴らしている。
「タイムマシーンと言っても、実は過去に行ったり物を送ったりすることしかできん。未来には行けないのじゃ」
それでもすごい発明だった!
「実験はまだなんじゃ。そこでこれから実験してみようと思う。そこの林檎を取ってくれないか?」
と言って博士はテーブルの林檎を指した。新鮮で美味しそうな林檎だった。
「これを今から過去に送ろうと思う」
「場所と時間は指定できるのですか?」
「もちろんできる。それで、だ。15年前のお前の家にこれを送ろうと思う」
「僕の家ですか?」
「ああ、そうだ」
博士は早速その林檎をカプセルに入れ、過去に送った。そうすると、僕はふとその林檎のことを思い出して博士に話したわけである。どちらが先だったのかは今となってはわからない。過去に送ったから時間軸が修正されて、突然林檎を見たという記憶を作りだしたのか、あるいはただ単に突然思い出しただけなのか。しかし、それほど過程は重要ではない。過去に届いたという結果が大事だった。
「そうか、成功じゃな!!」
博士と僕は手を取りあって喜んだ。踊ってしまいそうだったが、残念ながらこの部屋には音楽がなかったので踊らなかった。
そして、そんな喜びも束の間だった。
「話は聞かせて貰った。俺を過去に転送しろ!」
目つきの悪い男が部屋に入ってきた。右手には包丁を握っている。
「なんじゃお前は……」
見たことがある顔だった。どこで見ただろう……。すごく懐かしいような、最近のような……。何故かテーブルの上の林檎が浮かんだ。
……そう、テレビだ。奴はここ最近世間をにぎわした殺人犯だった。
「博士、あいつは殺人犯です!
「殺人犯だろうが何だろうが、どうだっていいだろ。過去に送ってさえくれればいいんだ。だが、送らなかったら殺す」
博士は考え込んでいた。過去に送ったら問題だ。だが送らなかったら殺される。
しかし、今回の場合はまだ良い方だ。過去に送ってしまえば、少なくとも僕達は死ななくて済む。
「いや、しかし……」
博士は悩んでいた。過去に送ってしまったら確実に逃げられてしまう。
男は苛立っていた。なかなか博士が決めないせいだろう。今にも僕達を刺し殺しそうな顔をしていた。
……奴の顔を見て、僕は思い出した。
「博士、このまま奴の言う通りにしましょう。大丈夫です、僕が保証します。絶対に奴の思い通りにはなりません。あとで説明します」
と博士に耳打ちをした。博士は数秒考えた挙句、奴に従うことにした。
「おい、この機械の実行の仕方を教えろ」
奴も馬鹿ではない。ずっと昔に送られるのを危惧していたのだろう。いくら過去に行きたいと言っても、戦国時代や石器時代は嫌だろう。博士は奴にわかりやすくタイムマシーンの作動の説明をした。
「ふん。実行ボタンを押してから二十秒後に作動か。そして、実行ボタンを押してしまったら設定した場所や時間は変えられないというわけだな」
奴は邪悪な笑みを浮かべた。
「もし、それが嘘だったとしても問題はない。このカプセルはロックできない仕組みなのは俺が見てもわかる。お前らがもし不審な動きをしたらすぐ、俺はこのカプセルから出てお前らを殺す。わかったか?」
博士と僕はわかったと言った。奴はちゃんと考えている。抜け目がない、と思った。
「場所や時間は少しだけずらす。それぐらいちょうどいい」
と言って男は場所と時間の項目を少し変更した。
「じゃ実行しろ」
博士が実行ボタンを押すと、奴はカプセルに入っていった。
「おい、どうするんじゃ。打つ手がないじゃないか」
「いいんです。このままで」
二十秒後、無事機械はごうんと音を立てて作動し、カプセルから奴は消えた。カプセルの中には虫一匹さえいなかった。
「ああ、わしは罪を犯してしまった! 奴を逃してしまった!!」
博士は四つん這いになり、両手を床に打ち付けた。博士は自分の行いをひどく嘆いていた。
「いや、大丈夫です。奴は死にましたから」
「死んだ?」
「ええ」
「どうしてわかる!?」
僕は庭先で倒れていた男のことを思い出した。
「僕の家の庭先に男が倒れていたんです。十五年前のことです。お腹から血が流れていて、見つけた時には既に死んでいました。右手には包丁を握り締めていましてね、自殺だと思いました。あの時はすごく疑問でした。なんで僕の家の庭先で自殺しているんだ? しかも、結局身元がわからなかったんです。永久に謎に包まれてその事件は終わったのです。
そして、さっき林檎のことを思い出しました。林檎は過去に送る以前は傷一つない林檎だったんです。それが十五年前を思い返してみると、何故か大きな亀裂の入った林檎だったのです。
この二つのことを合わせて考えてみると、答えは導かれます。過去に送る際、何らかの衝撃が加わるのですよ。それで林檎は亀裂が入った。男の場合も同じです」
「しかし、理論ではそうだが……」
「庭に倒れていた男の顔は、さっきの男の顔と全く同じだったのです」
タイムマシーンは誇らしげに、ごうんと音を立てた。