支えられて生きていく
あれから毎日、僕とベルトランとポーの3人で、いつも行動している。
2人は本当に優しくて、いろんなことを教えてくれる。
狩りのことだけじゃなく、ちょっとした抜け道や、街のどこのおばちゃんが、お菓子をくれるかとかさ。
毎日楽しくてしょうがないよ。
今日もみんなの為に、ホーンラビット狩りをしている。
前半でテンポよく3匹を仕留めた。解体したあと、今5匹目をやっつけた所だ。
手間取っていた解体も、慣れて手早くなったよ。
血抜きもまめにしているし、お肉屋のベッツィーが、今日はなんて言ってくるか、楽しみだなぁ。
今日のノルマも終わり、城門に向かって歩いていた時、森の方から人影が出てきた。
最初は夕日で、よく分からなかったけど、近づいていくとその正体がわかった。
それは緑色の肌で、尖った鼻や耳を持つ醜悪なモンスター。そうゴブリンだったんだ。
遂にゴブリンとの対面、すごいぞ。
想像していたそのままだ。ザコキャラにして、冒険者の闘龍門。
たった1匹なのに、ギャブギャブ騒ぎ威嚇してくる。
うーわー、ヒョロくて、ちっちゃくて弱そうなクセに、粋がっているよ。
あっ、石投げた。ブッッ! 届いてないじゃん。
ベルトランが1~2歩踏み出したら、もう森の中だし、何がしたかったんだ?
でも本当にゴブリンっているんだ。顔は怖いけど、もし襲われたとしても、あんなの楽勝かな。
こうやってズバッとやれば。
……………………………………………………………。
アレ? 待てよ。……アレを……………殺る?
人に似た生き物を殺す?
……僕にできるのか? 睨んでくるアレを、怯えた表情のアレを…………。
無理だ。
このときなって、僕は想像と現実とのギャップに恐怖した。
夕食後、みんなと話している、ガーラル院長の所へ行った。
「あの、お時間よろしいですか? お話ししたいことがありまして……」
「ああ、もちろん歓迎するよ」
周りで楽しく喋りをしていた子供たちも、気を利かせて距離を置いてくれた。
ガーラル院長の前に来たものの、僕はどう話していいのか分からなかった。
溢れる想いで、頭の中の考えがうまく繋がらない。とにかく、思ったことを口にしてみた。
「実は今日、ゴブリンを初めて見ました」
「……ふむ」
「初めて見たアレは、なんかちっちゃいくせに、やけに好戦的で意地悪そうだし、そのままだと襲ってきそうな感じでした」
あの醜悪な顔が脳裏にうかぶ。
「そうなると、戦いになるなと思って、あとの展開を想像したんです。結末までを……。
そして『僕はこの人に似た生き物を本当に殺せるのか』と思ったんです。
すると考えるより先に、心の底から『出来ない』と返ってきました」
下卑た笑いをするモンスター。僕はヤツラが恐ろしい。
「だって人そっくりなんですよ。怖くなったんです」
「…………うむ」
……僕の生まれ育った日本は、平和なところだ。
モンスターはおろか、戦争だってなかったよ。
物は溢れていて、人が誰かに殺されたって話は、すごく遠い所での出来事。
庭先で鶏をさばくなんて、聞いたこともない。
でも、僕は今ここにいる。そう、この世界にいるんだ。
こっちに来てホーンラビットを捌くのも、最初は抵抗があったよ。
でもすぐにそれは、人が生きるって事に対しては、我が儘な考えだって理解できましたし、納得がいったんだ。
でも、人を殺すのは怖い。
もちろんゴブリンが、人ではないって知っている。
……でも心の中から聞こえてくるんだ。
『お前はソレを殺すのか?』 『そんな事をして、自分自身を許せるのか?』って。
みんなと同じにしなくちゃ、やんなくちゃいけないんだ。……でも。
もう何をどうしたらいいのか。
このままでは戦えないし、2人に迷惑をかけることになる。
僕はどうしたら……教えて下さい、ガーラル院長。僕はどうしたらいいのですか?
「……ユウマは本当に優しい子だね」
(違う、ただ臆病なだけなんです)
「それに仲間思いで、頑張り屋だ」
(一人ぼっちが怖いだけ)
「ベルトランやポーの事が、好きなんだね」
(そんなの答えは決まっています)
「2人と一緒に行きたいんだね」
「…………はい」
「でも今のままじゃ進めない、無理だと思ったんだ?」
「……………………うん」
「自分の嫌だと思う気持ちを押し殺してでも、したほうがいいと思うかい?」
「一緒に進みたいんです」
「うん、わかる。……でも2人がそれを喜ぶ?
辛そうにしている君を見て、2人は平気でいられるかな?
日は浅いけど、そんな2人じゃないって事ユウマは分かるんじゃない?」
だから余計に辛いんだ。
「人はね、出来ない事が沢山あるんだ。
無論、努力は大事。でも無理をする必要はないよ。
それにその事を、2人は受け入れてくれると思うよ」
うつむいてしまう。辛い。こんな世界で1人になって、与えられた小さな拠り所にさえ、しがみつけないなんて……。
僕は……僕は……。
「う~ん、ユウマにはもう少し、ゴブリンやモンスターの事を、知ってもらった方がいいね」
「私たちや動物は君のいう通り、他者の命をもらい生きている。
それが自然なことだし、とても意味のあることだ」
「だがね、モンスターは違うんだ。
只々人を殺める為だけに襲うのだ。そこに命の循環はないし、次への繋りもないのだよ」
「ただ殺したいから殺す……それだけだ……」
その昔ある学者が、もしかして、そこに意味があるのでは? と研究をしたらしい。
ゴブリンの言語を覚え、習慣を読み取り意思の疎通を図った。
そして得られたのは、会話にならない言葉のやりとりだった。
ゴブリンにとって、人類はただの殺戮の対象物。
何を聞いても『お前らは死ねば良いのだ』それ以外にない。
そして、その学者は研究を放棄した。
「モンスターが邪悪なのか、それとも人類が罪深いのか私にはわからない」
「…………らないですね」
「……ああ、難しい問題だな。ただ……これから君は色々な経験をするだろう。
その中には、剣を振り下ろさなければならない時が来るかもしれない。
それは仕方なくかもしれないし、はたまた無理強いをされてなのかも」
「だが君に知って欲しいのは、
命を絶つことにより、
その一太刀により、
救われる命・笑顔があるという事。
そのお陰で生まれてくる命も出てくるんだよ」
「もし、振り下ろした刃に心を苛まれるのであれば、葛藤で押し潰されそうになったら、こう考えてくれ」
《この一振りで救えたものがそこにある》
「みんなそうして命を繋ぐんだ」
肩に置かれた手が暖かい。
「……わかりません」
「うむ……」
「もしその時が来たとしても、僕に何ができるかとか分かりません。
…………でも、今は少し心が軽くなりました」
「それは良かった。まっ、私も同じように悩んだことがあるからね。ホーンラビットでさえも、嫌で泣いていたよ。
でも、おいしいから今では鹿ですら、捌けるようになったよ」
「ははっ、この国の聖職者って、肉好きばかりなのですか?」
「おや、君の国は違うのかい?」
「ええ、戒律で野菜のみって聞きました。でも最近はゆるいって……」
「よかったよ。もし君の国に行っても、神父は続けていけそうだ」
「ハハハハハハ」
「……みんなには私から言っておくよ」
「はい、ありがとうございます。……でも2人には僕から話をしたいです」
「それは良い事だ。友と言葉を交わす事で絆は深まるからね」
「はい」
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