夢と目標
今日の講義は戦略、戦術についてだ。
教材は120年前に起こった港町ポワトニーの戦いだ。
大戦前はネウストブルグ王国の領地であったポワトニー。
ここを奪取できれば、海から攻め込む足場ができる。
逆に言えば、あちらとしてはポワトニーを押さえる事は、エストラント王国の喉元に、ナイフを突き立てているのと同じぐらい重要な街だ。
攻めるにあたって陸からは国軍のほかに、三領主からの包囲網ができており、勝ち取ったあともそれが強みとなる。
しかしネウストブルグ側も必死で、陸軍だけでなく自慢の海軍も出してきた。
こちらとしては、得意の陸軍だけでカタをつけたい。
しかしその時代にとった戦略は、少し離れた島に海軍基地を造ることだった。
これにより対岸からの軍艦が出たとしても、背後から牽制できるし、そちらに向かっていくならポワトニーが手薄になる。
作戦は上手くいき今もなお、我が領地となりその地を守っている。
「いいかー、ここで重要なことは戦いに勝ったことではない。ポワトニーを取るための道筋をたてた事だ。
何が必要で何が犠牲となるかを見極め、計画を進めたことだ。
だからその戦略を決めることができたのだ」
その当時の細かな作戦も例に挙げ、ひとつひとつ説明してくれる。
戦争は決して楽しいことではない。しかしそれが必要なときもある。
ただやるからには、最小限の被害で行わなければならない。
それは決して人道的理由ではなく、経済的根拠であり、そこに戦争を起こす理由があるのだ。
どんなに甚大な被害であっても、それが最小限であればよい。
「それでは各班に分かれろ。今回は戦術を各班で考え発表してもらう。
仮想目標は我がエストラント王国、王都テレドーレ。
部隊は君ら500人だ。後方支援は別とし、最終攻略点はテレドーレ城の陥落。
少数による不利な攻城戦だが皆の知略を期待している」
無茶な課題を出してくる。それに、これだけではない。3日後には野外演習もあるし、各科目もテストが控えている。
日々大変なスケジュールだけど充実した毎日だ。
「疲れたー! こんなの思っていたのと違う」
ダミ声でのこのセリフは、ヘンリーの口癖になっている。
彼は農家の3男坊で、生まれ持った魔術適性と勤勉さで、二属性の魔法を習得している。
ゆくゆくは近衛魔法団に入りたいそうだ。
しかし、そちらも同じ時期に試験があったはずなのに、それを受けずに騎士団に入っている。
「魔法団の合格枠は40人しかないんだぞ。それに対して騎士団は500人だ。
チャンスが多い方を選ぶに決まっているだろ」
家が裕福でないので、試験を失敗できなかったらしい。
騎士団では魔術師は歓迎されるジョブ。それと、もしここで大きく認められれば、魔法団からのスカウトもあるらしい。
かなり野心を持っているようだけど、彼はまず体力をつけるべきだ。
そうでないとその夢も夢に終わるだろう。
「3人とも、勉強の前に特製茶でも飲むか?」
「わりぃな、クッキーでも出そうか。甘いものは勉強前に欠かせないぞ」
フレディはヘンリーとは逆で、魔法団より誘いがあったけどこちらを選んだ。
もともと体力自慢で、回復魔法はおまけだと思っている節がある。
騎士とは人々を最後まで助ける者で、途中で力尽きてはいけないと考えている。
その信念による考え方から、回復魔法は手段として捉えている。
「いくら強くても短命で終わればそれまでさ。
少しでも長く仕事ができるなら、それだけ救える命も増えるんだぞ。
英雄志望もいいけれど、俺は人々の役立つ男になりたいんだ」
初めから気の合う奴ではあったが、しっかりと考え将来を見据えている。
「ベルジは冒険者でも稼げていたんだろ? なんでこっちに来たの?」
「俺は、あれだ。……英雄志望さ」
まだベッツィーの事を話せる気持ちではない。
「ただ……。騎士団が持っている大きな力を必要な時にきちんと使える。そんな風にできたらいいなとは思っているよ」
入所した日の事を思い出す。
激励のためエストラント王国騎士団、第一軍団長・アンリ·ブロワークがやって来た。
若き英雄で数々の武功を持ち、神の如き戦術で常勝無敗の軍神とたたえられた漢だ。
もちろん私も名前は知っている。
その生ける軍神と接して心が震えた。姿形ではなく彼が話した言葉にだ!
「君らが門を叩いた場所は軍隊である。
軍は規律を守らなければ機能しないゆえに、下される命令は絶対だ。
それぞれの仕事に意味や価値があるように、その命令にも必ず意味はある」
落ち着いていて厚みのある低い声だ。
軍団長は命令の意味を常に考えろといわれた。
それは本当に国のためになる物なのか、より多くの人を救うにはどうしたら良いのかと。
「君らの考えて出した答えが命令と一致すれば君らは正しいと証明される。……では、そこの君」
いきなりの英雄からの言葉に戸惑う訓練生。
「もし君が受けた命令が、〝個人の我が儘で間違っているもの〞だとしたら君はどうする?」
「は、はい、規律を守るため命令に従います」
模範的な回答だ、訓練生も英雄の問いに答えられたと満足している顔だ。
「ふむ、素晴らしい。それは絶対なのか?」
「はい、絶対にであります」
「それは君の親の首をはねろと言われてもか?」
「え! え? そ、それは…………」
「……先程も言ったように、答えが一致しないなら間違ってるのは君だ」
その言葉に皆の心が冷えた。
「納得いかないか? ……そうだろう、私だってそんな間違った命令ゴメンだ!」
「で、でも、さっき……」
「そうだ、命令は絶対だ! だが、もしその命令が間違っているなら、君がそれを下す側になればいい。その間違いを正すのだ」
皆、言葉を失った。
「自分の考えを、我が儘を押し通せる努力をしなさい。
待って命令を受けるだけではなく、考え、動き、己が正しいことを常に証明しなさい。
他人になんと言われようとも、人々を幸せにすればよいのだ。
もう一度言う、『命令は絶対だ!』」
頭を殴られたような衝撃。これがアンリ·ブロワークなのだ。
この人も私達と同じだ。自分の理想を掲げ、それに向かい努力しているのだ。
そんな生きざまを目の前に突きつけられたら、男も女も関係なく奮い立つさ。
「それとキミ、意地悪言ってすまなかったね」
更にこの言葉に驚いた。軍のトップが謝ったのだ。
「い、いえ、有り難うございます」
やられた! この日以来アンリ·ブロワークが頭から離れない。
彼の高みまで登りたい。
彼と一緒に語り合いたい。
彼に認められ共に行動したい。
そうなる為にはどうすべきだ?
答えは簡単、主席卒業をすれば良い。
私の行動は意識と共に変わった。規則を守りつつ最大限の結果を残す、あの高みを目指し努力を惜しまない。
「ふふっ、英雄志望ですか。
しかし、君がただの夢見るお子様だとしたら、誰も君のことを認めていないさ」
「そうだね。勉強の教え方は教官より上手だし、アラタでも理解できるんだから」
「そうそう、ベルジがいなかったら俺やばかったよ。ヘンリーもウカウカしていられないぞ」
「悔しいですが、文武両道とは君みたいな人をいうんでしょうね」
たまたま一緒に冒険者をしていたメンバーに恵まれただけだ。
彼らのおかげで自分に何ができて、何ができないかを分かるようになっただけだ。
それが私にとってかけがえのない財産だ。
それを証明するためにも、常にトップを走り続けてやる。