騎士養成機関《ベルトランの道》
「『それではみんな元気でいてください』
っと。よし、書けた。これを明日の定期便で孤児院に送れば……。
あれ、集荷は何時までだっけ? あっ、10時までだったか。うん養成場へ行く前に出せばいいか」
私はユバの街を離れてから初めて、手紙を書いた。
王都での1月の試験に合格したあと、直ぐに騎士養成機関へ入所。
そこでは質問する暇などなく、次から次へとすることを言われ従った。
全てを規則で固められた生活が、スタートしたのだ。
あまりにも目まぐるしく、自由がないと気付くのに、2ヶ月もかかってしまった。
春になり漸く、ここでの生活にもなれ、勉強や同期とも向き合えるようになった。
2人で一部屋を割り当てられた。同居人になったのは、アラタというエルフの男だ。
入所当初は日々の訓練が、思っていた以上に大変で、部屋はただ寝に帰るだけ。
それも今では、少しずつ互いのことを、話し合えるまでの仲になった。
「ベルジ、今日の授業のここ教えてくれよ」
アラタは年齢も2つ上で色々と頼れるが、〝自分は落とし子〞なのだと、少し卑屈な面もある。
父親の血は受け継いでいるが、教育は充分に受けておらず、座学で後れを取ってしまうのが、悔しいらしい。
ただその反面、剣術スキルを持っていて、腕は確かだ。それを褒めるとアラタは言う。
「俺は領地で肩身が狭い。他の場所でも父の手前悪いこともできない。
周りや父に認めてもらうには、この道しかなかったんだよ」
誰の手も借りず、独学でスキルを手に入れた。
スキルを得るということは、レベルを上げるよりも遥かに難しいことだ。
「普段、顔を見たこともない父に、きちんと会えたのは1回だけだ。
この騎士団の入団試験を受けさせてくれると、伝えられた時だけだよ」
剣の才能に秀でた息子の話を聞いたからだ。
「その時の父がな、もっと突っ慳貪だったら俺も憎むことができたのに、すげー優しく名前を呼ぶんだよ。
……嬉しくてよ、それだけで十分だった。
俺はこの騎士団で上を目指し、父に認めてもらえる男になる」
そんな強い思いがあるから、慣れない机にも向かうし、誰にでも教えてもらおうとしている。
私はそんなアラタが好きだし、良い同期だと思っている。
だからこうやって1日の終わりには、勉強して互いに頑張っているのだ。
この自習も2人だけではなく、そろそろ他のメンバーもやってくる頃だ。
ノックと共に入ってきたのは、筆記試験トップ入学のヘンリーと、回復魔術持ちのフレディーだ。
ヘンリーは座学は得意だけど、他の訓練生と比べ体力が低い。
1日の終わりには、夕食が食べられない程へばっている。
しかし、私たち2人が頑張っている事を聞くと、この勉強会に1日も欠かさず、参加するようになっていた。首席入学の意地だろう。
そして、フレディはただ気が合うという仲間で、いつしか一緒にいるようになっていた。
狭い部屋で窮屈ではあるけど、仲間がいることで励みになる。
たった一年の訓練生活での成績と、適性によって、そのあと各軍団への配属が決まる。
その後の人生が決まるのだから、疲れたと言っている時間などない。
特に私たちは500人の合格者の中でも、トップ成績にあたる、第一組の50人に選ばれている。
他の誰よりも期待されている訓練生なのだ。
だけど、ガムシャラに頑張って、ライバルを蹴落とせばいいという事ではない。
ゆくゆくは同じ騎士団で助け合い、国と民を守っていく仲間なのだ。
今から互いに信頼を築けるよう、互いの短所、長所を把握し、より生かせることを考えなければいけない。
集団での行動を守ったり、人に教えること自体も自分の勉強になる。
ここでの全ての事が、成功するために必要なことだと、私は考えている。
ただ、ここで学ぶことだが、思っていたのと少し違う。
もっと剣の稽古や軍事訓練で、体を動かすことばかりだと思っていた。
それは全くの逆で、体を動かすことは5%もない。座学に費やす時間が、ほとんどといったところだ。
入所当初に、先輩騎士から言われたことがある。
「君たちが1年後に配属された時、私たちと同じように動けるなど、これっぽっちも期待をしてはいない」
この言葉に当然だと思ったけれど、意味が少し違っていた。
「力量の少ない君たちを鍛え上げ、1人前にするのが騎士団だ。
たが、一年間で現役騎士と同レベルまで、成長するべき事が、ひとつだけある。
それは〝知識〞だ」
先輩騎士が言われた事は、考えたら当然のことだった。
例えば、旗記号もろくすっぽ分からない。
伝令のやり方・重要性を知らない。
戦術が持つ意味がわからない。
助けるべき人の順番も守れない。
そんな人間が現場にいたら、その1人のせいで全てが乱れる。
つまり、騎士団はそんな人材を、必要としていない。
分からないならまだしも、間違ったことを仲間に伝え、それで全滅ということもありえる。
「だから君たちにはここで、頭と心を鍛えてもらう。そして一年後胸を張って、私たちと合流しろ」
知識の重要性をみんな十分理解し、ここでの生活が始まったのだ。
ここの規律はすごく厳しい。時間厳守、整理整頓は当たり前。
身分に関係なく、言葉遣いも気をつける。
身だしなみにも、気をつけなければいけない。汗臭いのもダメだ。
しかし、重い鎧を着て動けばすぐ汗をかく。
訓練が終わればすぐ汗をぬぐい、インナーも着替える。常に民に見られていると、意識をせよとのことだ。
洗濯や食事の準備には、専門のサポーターがいるけれど、防具は自分の命を守るもの。他人には任せられない。
こういった雑務もこなし、勉強をする。だが、今日の隊列行進はキツカッたな。眠りたい……いやダメだ、頑張ろう。
疲れすぎた時の取って置きとして、ユウマの薬水がある。
疲労回復に効果はあるけれど、すごく不味いので、飲んでいなかった。
しかし、最近良い方法を見つけた。
数滴だけお茶に入れるのだ。原液ほどではないけれど、かなりの効果はある。
3人にも黙って飲ませているが、みんな口々に誉めてくる。
『スッキリした』とか
『ベルトランの入れてくれるお茶は、魔法のお茶ですね』
と、かなり気にいっているみたいだ。知らないという事は幸せなことだ。
ユウマ、遠く離れた君がいないこんな所でも、君の力でみんなを元気にしているぞ! ありがとうな。
よし、私も負けずにもうひと踏ん張りだ!