決意
教室に講師として、若い修道士の方が入ってきて、すぐに授業が始まった。
授業の科目は2つだけ。数学と文字の読み書きだ。
年齢に関係なく、みんなそれぞれ自分のレベルに、合った勉強をしている。
だから、掛け算割り算をしている子もいれば、図形や因数分解に三平方の定理と、取り組んでいる幅が広い。
これなら塾でやっていた事ばかりだし、スイスイと解けて数学は問題ない。
「ユウマ、前のところでもやっていたのか?」
そう聞いてくるベルトランも、かなりできるほうで優等生らしい。
そして、心配していた文字の読み書きなんだけど、なんと日本語だった。
もし全然知らない文字だったら、一から覚えるのかって、思ってたけどホッとしたよ。
そういえば、街の看板も日本語で書いてあったな、うっかりしていたよ。
とは言うものの、僕にも書けない漢字がまだまだあるし、一緒になって頑張ります。
集中して取り組んでいると、僕の習得内容を見て先生が褒めてくれた。
「ユウマは、なかなか学問の才能があるね。
このまま頑張って、王立学校への進学も考えてみたらどうだい?」
そういった話は嬉しいけど、お金が心配だなぁ。
どうするのかを聞いたら、それに対して、苦笑いで返してきただけだった。
ちょっと待ってよ。お金がないから、ここにいるのに何それ。無責任だよ、もー!
「あはは、ゴメン、ゴメン」
謝ってくるなんて、ジト目が効いたかな。
「ユウマ、気にするな。あれは俺も言われたよ。あの人そういうことすぐ忘れるのさ」
天然じゃん!
それ以外に問題はなく授業は進み、昼食を済ませたあと、午後の仕事に取りかかる。
「よし、井戸からの水汲みと薪割りだ。一緒にやってみようか」
釣瓶を巻き上げて別の桶に入れ、それを飲み水用のカメにまで運ぶ。
1回2回なら大したことはないが、これ何回やればいいの?
「たくさんの人がいるからな、食事の度にすぐ空になってスゲー大変だよ」
孤児院の仕事はこれだけじゃない。
畑の草むしりなどの野良仕事・生活道具の修繕・日用雑貨の製作とその販売。
それに保存食品の加工をしたりと、小さな子もよく働く。
知らない人が見たら、教会の利益のために子供を使っている? と思ってしまうかもしれない。
だけど、18人の孤児が暮らしていくには、これでも足らない位らしい。
多少の寄付はあるけど、自分たちのことは自分たちで賄う。
そして、足りない部分を善意に頼る。これを基本としているそうだ。
ただ子供にとっては、キツい仕事もあるので、仕事の割り振りは男も女も関係ない。
力のいる仕事を、年長組がやるとだけ決めている。
こんなきつい仕事を、小さな子にはさせられないよ。
僕も走り込みをしていたから、この水汲みくらいならなんとかいける。
もう少しで終わりそうだから、問題ないよ。
「よし、こっちのカメは終了! あともう1つだな、頑張ろうぜ」
うはっ、やられたよ、きっつーい。ベルトランは獅子人族だけあって、余裕でこなしている、流石だよ。
その後ペースは落ちたが、なんとかやり続けた。
その作業の中で、いろいろと話を聞かせてくれたけど、やはり僕の常識と違うことが多い。
たとえば今やっている水汲みも、大変な思いをしているのに、生活用水として上水道は存在するんだ。
これを聞いたときは唖然として、『じゃ、なんでこんなことするの?』て聞いたんだ。
「それはよ、井戸は飲み水として、上水はその他の目的に使うんだよ。
これは昔の大戦から学んだことで、どちらかがダメになったとしても、困らないためになんだぜ」
決して不便なだけではないって事がわかった。それでも、井戸の水汲みは辛いよ。
そして、ここで世話をしている動物のことで言えば、元いた世界とは、違った進化をしていて様々な生物がいる。
乳を出してくれる、このニャックという、カバにしか見えない生き物も、ヤギの一種っぽい。
なんでも食べて、たくさん乳を出す乳牛みたいなヤギだ。
「ヴェ~~ッ」
うん、シュールだけど鳴き声はヤギだ。
それとニャックの他に、ミルクで人気と言えば、ニックという巨大な猫もいる。
…………乳を出すニャックというカバに、ニック(肉)という乳を出す猫。ややこしいよ。
それと、空を飛んでいる鳥だって比べれば、色や大きさの違いだけじゃない。
翼に指らしきものがあったのも見たし、何を見ても驚くことばかり。
でも中には、馬やニワトリなど数は少ないけど、元いた世界と、同じ姿をしているのも見つけた。
こういう所が奇妙にも思えるけど、逆に安心もさせられる。
そして、その動物とは別の存在として、モンスターもいる。
そのキーワードだけを聞くと、ゲームのノリで、戦ってみたいと思う気持ち半分と、怖いって思う気持ち半分だ。
モンスターについては、野生動物に比べ凶暴性が高く見た目も怖い。
そして一番の違いは、体内に魔石があるという事。
魔石はこの世界で、すっごく大切な物らしい。
エネルギー源として広く使われている。
光や火力や動力として、人類の生活に欠かすことのできない代物だ。
さっきの上水システムにも、活用されているらしく、結構この世界は文明的なんだ。
ねぇ、ベルトラン。この井戸の釣瓶とかも、その魔石を使った便利なものはないの?
「そりゃあるさ。でも魔道具は、全般的に高いからな。
この孤児院で使うには勿体ないかな。
他にもっとお金が必要な部分があるから、結局そっちに使っちゃうみたいだぜ」
そういう高級品は、一部のお金持ちに限るってことね。
「そうだな。魔道具を使うなら魔石もいるし、贅沢に使いたいなら、冒険者になるのが一番だぜ」
魔道具を動かすのに魔石は必要、普段の生活にも必要。
だから需要は多く、高値で取引がされている。
そして、その魔石を供給するのが冒険者になるんだ。
危険を顧みず、日夜モンスターを狩り続け、それにより得た素材や魔石で、世界を支える人達。
ベテランにもなると、かなりの高収入で憧れの職業となる。
僕としては、ここでの生活をしていく中で、帰る方法を見つけたい。
そのためには、将来ちゃんとした働き口がいる。
何も後ろ盾のない身分なので、孤児院のツテで仕事に就くのが一番だと思う。
でもそれは、その地に縛り付けられることを意味する。
パパやママの家に帰るには、自由に動けて多くの情報を手に入れたい。
その可能のある冒険者が、魅力的に見えるんだよね。
ただ何をするにしろ、情報がまだまだ少ない。焦らず進むしかないかな。
そしてようやく、一日の仕事が終わった。とてつもなく長~い1日だった。
「つ~か~れ~た~よ~! なんだよ、あの仕事量は!」
どれも生活にいる事ばかりだけど、電化製品に囲まれて暮らしていた僕にとって、馴染みのないことばかり。
コップ一杯の水も、ここでは人の力がいる。
その前に使う木のコップでさえ、自前なんだから途方もないよ。
日本文化が懐かしい。あぁ、100均便利すぎるよ。
こんなのさ、家にいたらエアコンついていて、冷たいアイスもあってさ。寝転んでいられたのに。
『ねえ、ママ〜チョコミントある~? ……えー、ないの? 買ってきてよー』
『はぁ? 何言ってるの。ダラダラしてないで、宿題すませなさい』
『……あっ、パパ、テレビ見るから代わってよ。僕の時間だよ。ほら、早くー』
『ハハハッ、宿題はいいのか?』
『大丈夫ー、いつもちゃんとやってるよ』
甘えたい放題だった。
お姉ちゃんが家にいたら、バトルになったりするけど、それでも楽で楽しい毎日だった。
そっか…………昨日までそこに僕はいたんだ。
それまでは普通に高校・大学に行って、それから就職して、なんて考えていたけれど、いきなり全てが変わってしまった。
まだ14歳なのにこんなの早すぎるよ。
……こんなことになるなら、パパと一緒にテレビを見ればよかったなぁ。
宿題も先に済ませて、お手伝いしながらママとお話していたら、楽しかっただろうし。
お姉ちゃんにも、お風呂を先に譲ればよかったよ。
みんなにまた会えるかな?
会えたらなんて言ってくれるだろう?
頑張ったねっていってくれるかな。
そうしたらそのとき、僕は胸を張って『 うん 』って言えなくちゃ!
もし《 昨日 》みたいに全てが変わっても、後悔をしないようここで精一杯頑張る。
何がなんでも方法を見つけて、絶対家に帰るんだ。
だって僕はもう14歳なんだから。