よく休みよく遊べ
2泊3日で上流まで船で一旦のぼり、それからのライン下り。
川下りをするだけで、お金持ちっていうのはこんなに、手間暇をかけるもんなんだね。
豪華な船の甲板で暑い日差しをパラソルで避け、ハンモックに揺られている。
しかも贅沢を極めているよ。
目的以外のことは全て人に任せ、ゆったりとした時間の中で人生を堪能する。
はぁーっ、目がトロ~ンとなっちゃう。船旅の魅力に取り憑かれるかもしれない。
時たま聞こえてくる動物の鳴き声。
それを聴きながら、青い空を見ていると日常生活が嘘のように思えてくる。
「はぁ、力が抜けるッしょ」
隣ではドンクも足をブラブラさせながら、ハンモックに揺られている。
頼まなくても出てくる、冷た~いノンアルコールカクテル。乾杯をしてまた景色を楽しむ。
この豪華客船には護衛船も付いていて、川から上がってくるモンスターを、片っ端からやっつけてくれている。
それも何かのショーに見えて楽しい。
うーん、だんだん眠くなってきた。
薄目を開けてみていると、その護衛の中でも特に目立つグループがいる。
派手な鎧を着ていたり、爆音を立てて魔法を放っているパーティでかなり強い。
彼らに任せておけば、この船はすごく安心だよ。ふー、少し眠ろうかな。
僕が寝ている間に、他の皆それぞれ思い思いに楽しんでいたようだ。
ナオミは読書、ポーはカードゲームで大勝して、残りは釣りとかをして過ごしたようだ。
夕方起こされ食事の席に着く。
メニューの中には、今日ベルトランとミーシャが釣り上げた巨大魚のカルパッチョもあった。
く~っ、淡白な白身が岩塩とレモンによく合うよ。2人ともありがとう。
他にも凄い料理が次々と出された。
名前を言われたけれど、聞いたこともないお肉。
でも、名前はわからなくても、この美味しさだけはしっかりとわかる。
「お、おかわり!」
「内陸部なのに、シーフードも盛り沢山で凄すぎっしょ」
今更だけどすごい贅沢ツアーだ。
ナオミとミーシャに誘われて参加しているんだけど、いくらかかるか聞いていなかったな。
ふふふ、金額を気にしないなんて、まさにハイクラス。
次の日も朝からハンモックに揺られながらまどろむ。
湖には今日の午後、早い時間に着くらしい。
いつもなら向こうで何しよう、どこへ行こうなんて考えるけど、今の僕たちはそんなことすらも考えない。
考えない時間を楽しむんだ。
はぁー、これが大人の余裕なのかな。全身から力が抜けてトロケていくよ。
湖のコテージは騒がしい都会とは違い、静寂さを楽しませてくれる。
夕食は部屋ではなく、湖上の特別ステージが用意されていた。
篝火が焚かれていたりと、シチュエーションもバッチリだよ。
別ステージでは、ファイヤーダンスや楽団による演奏があり、すごくリラックスできる。
「……きれいな……ところ」
湖面に映る月明かりがやけに眩しい。
おや? ここでも護衛の人たちが頑張ってくれている。ご苦労様です、ありがとう。
でもあの護衛、赤と緑の派手な鎧どっかで見たことあるような……。
気にはなるけど……まっいいか。それよりもこの時間を楽しもう。
次の日、朝食も豪華でいつもより沢山食べちゃった。
お腹いっぱいなので、ライフジャケットをつけてと言われた時は、ちょっと苦戦しちゃったよ。
そして、川下りのボートは丸型の10人乗りで、中心を向くように座席が用意されている。
なるほど景色を楽しむ事もできるし、仲間ともワイワイできる設計なんだね。
このボートには、僕ら6人と2組の老夫婦が乗り込んだ。
このお年寄りがだいぶヨボヨボでさ。
ボートに乗るのも助けてあげないと、危なっかしいくらいだったよ。
そんな人が川下りして大丈夫なのかな?
「なぁに慣れとるし、此ぐらいが儂らには丁度良いだぁ」
2組とも常連さんで、途中楽しめるポイントを教えてくれるって言ってくれた。
よーし、シートベルトもOK、早く始まんないかな。
すると、ドラムが鳴り響き高台の上にスポットライトが照らされた。
「紳士淑女の皆様。この度は激流川下りツアーに、ご参加いただき誠にありがとうございます。
途中、身の危険を感じるほどの、スリルポイントがいくつもございます。
普段では味わえない恐怖を、存分に味わってください」
え? 身の危険ってなに? 恐怖ってどういう事?
「それでは約6時間、ノンストップの旅の始まりです」
6時間て長すぎ、聞いてないよ。ヤバいんじゃないの? おじいちゃんも何か。
うは! いつの間にかサングラスかけてるじゃん。
「死んでも保険はでねーぜ!」
『イエーーーーーーッ!』
老夫婦もノリノリで声を張り上げてるし、さっき迄のヨボヨボ感はどこよ?
「遺言書もちゃんと書いたな?」
『イエーーーーーーッ!』
いやいや、ダメだよダメ、止めてよ、お願いだから止めてくださーい!
「それじゃあ、地獄の底へ行きやがれ! スタートだー」
だーかーらー止ーめーてーーーー!
〈ファ―――――――――――――――ン♪〉
高らかな笛の音が鳴り響き、スタッフは両手を振って送り出してくれた。
『ヒィーハーーー!』
テンション高すぎる常連さん達の声に、僕の訴える声はかき消されていく。
「兄ちゃん、まずは落差15㍍の滝つぼダイブだぁ! しっかり掴まっちょれよ」
お爺ちゃん、スリリングポイント早すぎないですか?
「ほれ、いくだぁ!」
「たーすーけーっ、アババババババババッ!」
………………………………ブハッ!
痛いし、水飲んだし、怖いし、体が固定されているから全然身動き取れないし最悪だよ。
「イヒヒッ、今年もキレキレだぁ。お次は煉獄の渦巻きだ。1回で抜けれると思うなぁ」
悪ノリしているコーヒーカップよりタチが悪い。
グルングルングルングルングルン…………。あぁー、ぎもぢわーるーいー。
それからも酷いものだった。
15㍍の滝なんてカワイイもので、途中のバウンドで何回空を飛んだかわからないし、扇風機のごとく回された。
安全装置は付いているものの、ボートは何回もひっくり返った。
少し穏やかになるコースもあったけど、同乗しているお婆さんのマシンガントークでメッタ打ち。
そりゃ、朝食べたものを全部ぶちまけて、お婆さんの顔にかけたのは悪かったけど、すぐ川の水できれいになったじゃん。
お願いですから少し休ませてください。
時々、お爺さんが入れ来る解説のせいで、恐怖心も5割増しになってしまうのも勘弁してほしい。
「次は頭上注意だぁ。岩に首を持ってかれるぞー、ヒィーハー!」
こんなツアーを考えたの誰だよ、正気じゃないよ!
そんな中、この恐怖を楽しんでるチームメイトはナオミとミーシャの2人だけ。
そうだった、この2人に誘われたツアーだった。
もう、ごめん……許して……帰っても優しくするからさ……助けて。
「もうゆるしっ、アバババババ――――ッ」
また、滝つぼがきた。
………………ブハッ。
「あぁ~、もうこれいじょっ、アバババババッ!」
2連続だった。
出すものは全て出し切り、ようやく終盤へと近づいてきた。
あぁ、遠くにエンディンダムの街が見てきた。
街を見てこんなに涙が出てくることなんて、もう二度とないだろう。
ここまで近くに来れば、激流はないし安心できるよ。やっと帰れる、早くベッドに潜りたい。
「兄ちゃん……おい兄ちゃん……もうすぐでおしまいだぁなぁ」
「道中……ご迷惑を……すみませんでした」
「なーに、気にするなぁ。女の子たちは良かったみたいだけど、男は4人とも初心者だろ? 全然ダメだったもんなぁ」
こんなものに玄人ってあるんですか?
「はっはっはっ、兄ちゃんたちを見てたら、自分の最初を思い出しちまったぁよ。
なぁ、酷いもんだったよなぁ?」
「えぇえぇ、この人達以上でしたよ」
「だからよ、逆に感謝してんだぁ。初心ってやつを思い出させてくれて、ありがとよ」
「そんな、此方こそありがとうございました」
「いいって事よ、それに今から兄ちゃん達の顔が楽しみでよ、イヒヒッ」
「……え?」
「ホレ、正面見てみろぅ。高さ30㍍の最後で最高のデスフォール! 今から始まるだぁ」
「……エ? エ? エ? エ!」
「海へとダイブだぁ――ッ――ッ…………」
海上で引き揚げ用の船に拾われ、やっと陸地へたどり着いた。
今度こそもう大丈夫……。
空が夕日で赤く染まっている。あっ、こっちの世界にもカラスいるのか……。鳴き声が心に染みるよ。
お金持ちの楽しみ方ってよくわかんないや、燃え尽きました……。
こんなにお金使って大丈夫?
みなさんのご意見ご感想を聞かせてください。