有給ないけど慰安旅行はあるよ
3階攻略を始めた頃、なかなか中ボスに出会えずに、みんな焦っていた。
だから、レベル上げるため経験値を稼ぐ手段は何かないかと、事あるごとに検討していたんだ。
いろんな案がある中、ドンクが魔道具の〝呼び寄せ香〞を使ってはと提案をしてくれた。
「ドンク、あんたバカ? あれは討伐クエスト用の外で使うものでしょ。
ダンジョンみたいな所で使ったら、全エリアのモンスターが集結するのよ。確実に死ぬわね」
却下になるに決まっているよ。
「それでしたら、鈴とかの鳴り物で音を出してみておびき寄せるのはどうですか?
これなら調整もできますよ」
「ポー、ゴメンな。それだと索敵やマッピングの俺たちがうるさくて仕事できねーよ」
「じゃあさぁ、こっちにはメタル系のスライムとかいないの?」
「いや聞いたことないけど、どういう意味だ?」
「大量の経験値といえば定番…………ではないんだね、ゴメン」
「やっぱりこれしかねぇっしょ。じゃそろそろ今日3回目のアタック始めねぇ?」
そうなんです。今の僕たちにはモンスターハウスがあるのです。
経験値もさることながら稼ぎがすごい! 3階とは思えない金額なんだよね。
レアモンスターのアラクネはレベル7が固定みたい。
レベル9にはなかなか辿りつけないけど、お金はドンドン貯まっていく。
しかも、この階は日帰りが可能なので、どんなに疲れていてもちゃんとベットで眠れるんだ。こんな好条件ないよ。
肩たたき券も初めのうちは使っていたけど、誰からということもなく、使わなくなってしまった。
勿体ないからね、このアイテムもたまる一方さ。
稼げるのが楽しくて楽しくてさ、も~凄いよ。
2ヶ月以上休みなし。やればやるほど貯まっていく。あはははははははははは……。
さらに10日ほど経ち、無理だと思っていたレベル9にも到達したよ。
ジャイリンさん所の境地に達したかも。
クーーッ! もっとだ、もっと。あはははははははははは……。
アシタハ新記録狙ッテミヨウカ、ガンバルゾー。 あハハハはハハハハハハッ。
「……もう……いい加減にして……」
「ドウシた、ナおミ?」
「いつまでやれば気が済むのよ! そりゃお金好きだからたくさん欲しいけど、やりすぎよー。
何日も休んでいないのよ。夏終わっちゃうし、疲れすぎてゾンビみたいなっているは臭いはで、もうダメ。限界よー、うわーーーん」
……ギルドでも噂になっているそうだ。
異臭を放ち泥まみれで目がうつろ。買取量も化け物級のバトルジャンキー。
話しかけてくる人も少なくなってきている。
言われて初めて気付いたよ、またやっちゃったんだ……。
ベルトランとポーと僕は目が血走るほど、のめり込んでいて、ミーシャやドンクでさえも無口になる位疲れていた。
(ドンクはこれぐらいが丁度いいかも)
だいぶ精神的にやられていたみたいだ。
ほどほどにしないといけないね、少し休みを取ろうか。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「風気持ちいいねー、ヒャッホーー!」
ダンジョン攻略はひとまず休み、長期の休暇をとって全員でバカンスに出かけた。
今は船に乗り川を下っている。
船の甲板でドンドン進むその開放感に、みんな酔いしれてハシャイでいる。
河口の町で一旦乗り換え海にでて、合わせて三日間で目的地に辿り着いた。
そこは商業と娯楽の街、お金持ちリゾート都市·エンディンダム。
「ふわー、高い……ビル……いっぱい」
「道路もきれいだし、あそこか今日泊まるホテルって? スゲェいいんじゃねぇ」
街全体がエンターテイメントに溢れ、訪れた者を必ず満足させる。
通りには大道芸人やストリートミュージシャンがいて、自分の技を披露しているよ。
それを見ているだけでも、時間が経つのを忘れちゃう。
演芸場やオペラホールも大きなものだけでも4つあり、そのほかにスパ施設やショッピング街、遊園地がいたるところにあるんだ。
この街の全てを楽しもうとしたら、3ヶ月はかかると言われていて、
1周するころには、更にまた何か新しいものが始まっているんだ。
そんな魅力いっぱいの街で、その実力は10年連続
〝もう1度行きたい街ランキング〞や〝ハネムーンはここで決まりランキング〞で第1位をとり続けている大陸一のリゾート地さ。
「ねぇ、ホテル前の噴水みた?
私達が来たのに合わせて『HEROES』って文字が出ていたよね」
「……すっごく……感動……よかった……」
10日間は滞在するのでスイートルームは無理だけど、それでも高級ホテルの1室なのでお城のような豪華さだよ。
このベットのフワフワさ加減といったら、1度寝たら起き上がれないかも。
「オイ、ユウマ。珍しい動物がガラス越しで見れるレストランの予約が取れたぞ。寝ていないで起きろよ」
腕をつかまれ、外の食事にいったそのレストランが、まぁ本当にすごかったよ。
壁だけじゃなく天井もガラス張り。
見たこともない美しい蝶々から、棘の生えた猛獣にまさかの火の鳥までいて、ちょっとした野外博物館だよ。
「……すごいね……ここ天国……?」
「ミーシャは心を持っていかれすぎっしょ」
「いやいや、実際に楽しいですよ。
それと明日の予定ですが、午後にあの人気ミュージカル公演『青い翼』のチケットが取れました」
「おーー! ポーありがとう」
パチパチパチパチッ!
それって有名なの?
「最近人気が出ている演目の1つで、俺っちでも知ってるぜ」
「そうなのよ。滅亡した祖国を想い10人の男たちが、主君の仇サムエル·ビーバー王を討ち取るお話なの。
この10人が格好よくてね、どんな苦難にもめげずに1つになり、立ち向かっていくのよ。
そして最後には10人全員が死んでしまう、切なくも心たぎる名作中の名作よ」
どっかで聞いたお話。赤穂浪士みたいな感じかな。
「そしてお席は、前から6列目となっております。はい拍手」
「すげえなポー。よく取れたなそれ? コネでも使ったの?」
「ふふふ、内緒です。ですがこれが私の実力ですよ」
本当に面白いミュージカルだった。
特に主役の大盾使いのカイリン、彼は男の中の男でカッコ良すぎる。
フィクションだとわかっていても、惹かれてしまうよ。
劇場を出たあと後ろを振り返って見る光景に、ふと昔のことが頭の中によぎった。
おばあちゃんの影響で1度宝塚に行ったことがある。
入る前からワクワクしていて、建物の中も本当に綺麗だった。
演目にもドキドキしっぱなしで、終わった時にお姉ちゃんが、『私も宝塚に入る』と言ってみんなを驚かせていたっけ。
青い翼、お姉ちゃんに見せてあげたいな……。
「……ユウマ……どう……したの?」
「はっは~ん、またユウマのウジウジ病が始まったっしょ」
あっいけない。みんなが楽しんでいるのに、1人で沈んでちゃダメだよね。
「ごめん、ごめん。ちょっと感動しちゃったから……ゴメンネ」
ベルトランが僕の瞳をじっと覗き込んでくる。
「あはは、ユウマの方がドンクより大人ってことだぜ」
「あんだって? でも、それは否定できねぇか」
みんなには敵わないな。ドンクもありがとう。
次の日からも色々なところを見て回り、忙しく楽しんだ。
日を追うごとに、エンディンダムの色に染まっていくのが自分でもわかる。
楽しいことが多すぎるんだよ。
陽気な町並みに誘われて、少し派手なシャツを買っちゃったり、道端で似顔絵なんかも書いてもらったりもしちゃった。
「ユウマ君、自分だけズルイですよ」
結局6人の似顔絵師に全員集合の絵をみんなの分描いてもらったよ。
1人1枚ずつのいい記念になったと思う。
お次はショッピングモールみたいな大きな建物で、男女別々のグループに分かれてお店を回った。
僕が特に惹かれたのは魔道具のお店。ユバにはない品揃えだった。
くだらない商品でいえば、声を録音できるひっつき虫とか、温度で色がカラフルに変化するスプーン。
個人的に気にいっているのが、カエル型のヘビ駆除装置や、名騎手気分になれるミサンガ(10本入り)といった物。
逆に一般受けするのが、極寒地でも使える範囲型のホットカイロ、お湯を注ぐだけでお茶を楽しめるコップ。
それと20㍍先までなら狙った所に巻きついてくれるロープなど、有効性のある物もたくさん見つけた。
あとメッチャ掘り出し物だったのが、小型のマジックバック。
どれを買おうか迷っちゃうので、とりあえず全部買っちゃった。
次の日はドンクと町をプラプラ歩いている。
僕は初日に買った星とハートのサングラスをかけて、さっき店員さんに勧められたスパンコールのシャツを着ている。
すごくお似合いですよって言われたら、もちろん買っちゃうよね。
でもドンクは僕よりもっとカッコいい。
1㍍はある背高帽子に天使の羽(これはどこで買ったか教えて欲しい)。
あとビキニパンツでキメている。
センスがいい。みんな振り返るし目立っている!
「なぁ、ユウマ。明日からのクルージングめっちゃ楽しみだよな」
「そうだね。まず川を2日かけてのぼって湖の上でも1泊だっけ?
次の日、別ルートで川下りって言ってたけど、僕はその湖上のホテルが楽しみだよ」
「なーっ、俺たちハイクラスっしょ!」
そうだ。帰って明日の用意をしないといけない。
でも、もう1回だけ買い物に行ってこようかな。
こういう時ほどマジックバックがあって良かったと思うよ。
いくらでも入るからね、あははは。
バカンス、僕らはこのご時世無理ですが、早く世の中正常に戻ることを願ってます。