何処でもない場所
慣れない馬車ですごく疲れ、呆けた顔で前を見ていると、街が見えてきた。
辿り着いたその場所は、なんというか今まで見たことのない形をしていたんだ。
まず草原の中にあって、しかも、すごく高い塀に囲まれている。
田舎の御屋敷を、囲むのは見たことはあるけど、街全体って途方もないスケールだよ。
近づいていくと、自然と声が出ちゃう迫力。ヤバ、口があきっぱなしだった。
しかも門番さんまでいて、皆をチェックしているし、中に入るとさらに圧巻だった。
白を基調とした、統一感のある家々。まるで地中海の街並みだ。
背の低い木や草花が所々植えられて、さらに美しさを引き立てている。
そして、奥の高台には、清らかにそびえ立つ白亜のお城。
ため息がでる光景とは、このことを言うのだろう。
でも僕は気付いてしまった。日本にはこんな街はない。
外国にまで、拉致されてしまったとしか思えないよ。
心躍るワクワクしている感覚から、そのことでいきなり現実に引き戻された
どうしよう。ちゃんと僕は家に帰れるのかな?
そんな事を考えていると、馬車は街の中程まで進んでいて、静かに止まった。
「さっ、着いたよ。ここがサン·プルルス教会兼孤児院だ」
教会はガッシリとした石造りで、不思議と温かみを感じさせる。
そしてすぐ脇にある、宿舎だと教えられた所へ通された。
「お湯でいいかい? 温かい飲み物は心を穏やかにして、落ち着かせてくれるからね。ほら、そこに座って~」
僕は受け取ったコップを両手で包み、恐る恐る椅子に座った。
「私はガーラルと言ってね、ここで院長をしてるんだよ。
さっきは大変だったけど、ここは危険もないし、安心していいよ。
……それと、もし話せるようならでいいのだが、君の名前と、送り先を教えてくれるかな?」
「あっ、先ほどはありがとうございました。ユウマ·ハットリと言います。
お、送って頂くのも悪いので、よかったらスマホか電話を貸していただけますか?
親と連絡を取って、迎えに来て貰います」
ガーラル院長の優しさに触れてか、やっと物事が、考えて言えるようになった。
そうだよ、落ち着けばなんとかなるさ。
「ん? なんだって、スマホってそれは何?」
あれ? おかしい。いくら説明しても通じない。
スマホがわからないって、そんなに年寄りでもないのになぁ。
……田舎すぎるってことでもなさそう。
というのも、日本という言葉にも、同じ反応だったんだ。
「すまないが、君の言うニホンというところが、私には分からないのだ」
ムムム、これは困ったぞ。神父さんて世間の情報に疎いのかな。
「……そうだ。さっきの輩の件もあるし、兵士詰所まで行ってみないかい?
そこの人なら、他の地域のことも知ってる人が多いし、一緒に相談にのってもらえるよ」
その詰所の兵隊さんも、ガーラル院長の顔見知りの人が多く、親切で良い人ばかりだった。
さっきの変質者は、当番さんにも心当たりがあるそうで、探してキッチリとシメておくよと、言っていた。
だけど、そのあと兵隊さんは、気まずそうに話しを続けた。
「……それから……ガーラル院長から聞かれた、ニホンについてなんだが。あいにくと、どうも分かる者がいないみたいなんだ。
すまないが、もう少し詳しくか、他の情報を何か教えてくれないかな」
「嘘でしょ? 日本ですよ、日本。
イヤ……そうだ大使館はありますか? 他の国のでもいいです。そこで聞けばわかると思うし」
これもダメだった。話すこと全てが通じない。
外交員を駐在させる場所?
遠くの人と連絡をする小箱の機械?
日本? アメリカ? ヨーロッパ?
なにそれ? って聞くことじゃないでしょう。
誰でも知っている事を。……こんなのあまりにも辻褄が合わない。おかしすぎるよ。
「…………ふざけないで……下さい…………」
「どうしたんだい?」
「悪ふざけするのも、いい加減にして下さい!
僕はただでさえ、こんな知らない所へ連れて来られて困っているのに。
スマホ、パソコンがわかんないって嘘でしょ?
日本て名前ぐらい、世界中の誰もが聞いたことありますよ。
それをなんだよ、なんだよ……みんなで。
!! って言うか日本語話していて、日本がわかんないってどういうこと?
バカにしないでよー。こんなひどい場所もういたくないよ!」
自分の声に耳がつんざく。
詰所を飛び出し、大きな通りに出た。
「誰か、 誰か助けて下さい!
日本を知っている人いませんか?
助けて下さーい! 誰かーーー!
家に帰りたいんです。お願いです誰かーーー!」
僕はあらん限りの声を張り上げ、周りの人に助けを求めた。
悔しくて、怖くて、頼る人もいないのに、それでもなお助けを求めてしまう。
行き交う人々は何事が起こったかと、僕の方を伺っている。
僕はその時になって、やっと目の前のことに気がついた。
通りには自動車は1台もおらず、代わりに馬車が走っている。
そして、その馬車を引っ張っているのは、6本足の黒い馬や、恐竜のような鱗姿の獣。
とても信じられない光景だったんだ。
それに行き交う人達も普通じゃない。
言うなれば、まさしく獣人としか思えない人達だったり、エルフといったファンタジーの住人たちが、歩いているんだ。
そっか、初めからずっとあった違和感はこれだったんだ。
あぁ…………ここが日本であるはずがないよ。
…………………どことも違う場所なんだ。