この手の先に
遺跡の中はここからでは見えない。
勇者の3人が無事なのかは分からないが、とにかく急がなくちゃいけない。
ベルトランの作戦通りに、まず僕は大回りをして下へ降りゴブリン達の前まで来た。
先ほどの戦闘のせいか、ほとんどのゴブリンが遺跡の前に集まっている。
一匹が僕に気付き、ギャガギャガ言っている。
たぶん僕が1人なので、舐めきっているのだろう。
それも好都合さ。何匹かが笑いながら近寄ってきた。
――――いいか、ユウマ。最初のお前の誘導がキモになる、しっかり頼んだぜ――――
ああ、任せておいて! さぁ、僕が開戦の狼煙を上げてやる!
【土遁の術・土竜崩し】
深さ2㍍の穴、ゴブリン達には登れない深さだ。
目の前にできた穴に勢い余って4匹が落ちてくれた。
【火遁の術・火炎熱波】
踏みとどまった後続や、穴に落ちたゴブリンに炎で畳み掛ける。
右から左へと、次々と火のついたゴブリンが倒れていく。
「アギャギャギャッー」
【土遁の術・土竜崩し】
窪地の右端から順に、左隣へと術を展開しお堀を作っていく形だ。
ゴブリンにしてみればお堀で行く手を遮られ、左のひらけた方に行くしかない。
右へ逃げようとする者には、火炎熱波をお見舞いだ。
それなのに、お堀を飛び越えようとするゴブリンがまだいて、気が抜けないよ。
何度か繰り返すと、こちらの思惑通りゴブリン達は、術の届かない左の崖沿いへ回り込もうと、大勢で押し寄せていった。
「ふたりとも、今だいくぞ。『そーれーっ! 』」
崖の上では、ベルトランとポーそして僕の影分身がいる。
3人がテコの原理を使って、僕が作り出した大岩を押し出している。
いいタイミングで大岩は勢いよく転がり落ち、前の一団をペッチャンコ。
「上手くいった。次いくぞ『そーれーっ』 もう1つ『そーれーっ』」
ゴブリン達は、次々と落ちてくる岩に悪戦苦闘している。
避ける者もいるけど、次の岩に潰されたり、割れて飛んできた破片にあたる者もいる。
敵はまだまだ多く、僕1人では対処しきれない。
だけど、これでかなりの数を減らせれた。
よしよし、作戦通り! 次は僕の番だ。
ついでの火炎熱波をお見舞いし、MPポーションを飲み干す。
「この唐変木のゴブリンめ~。その臭いヘソをちぎってやるからかかってこーい」
挑発するってこんなので良いのかな? あ、結構きているよ。ムキー言ってるし面白い。
あっ、面白がっていたらダメだ。気を抜かずにやらなくちゃ。
ゴブリンも僕に向かって『やってやるよ坊主!』と気合を入れている。
でもそれに対して僕は、回れ右をして一目散に逃げ出した。
あはははっ。挑発して逃げるなんてムキー言うのも当たり前か。
後ろを確認しては、たまに火炎弾をお見舞いして、2人が待つ合流地点へと向かった。
あそこだ。粗末な小屋の密集地。通路も狭く数の優位が生かせない地形だ。
そして、そこに誘い込んだもう1つの理由は風向きなんだ。
「ユウマ君、今です。横へ跳んでください」
合図で僕は脇へ跳びのき、2人が痺れ薬を蒔くのを見守った。
これで追いかけてきたゴブリン達も大混乱だよ。
「2人とも一気に叩くぞ!」
ベルトランの合図で反撃開始だ。痺れ薬が効いていても70匹を超える大軍。
狭いところでは守りを固め、鎌鼬や火炎弾で倒していく。
広い場所に来たら、囲まれないよう常に動いておく。
「ユウマ、あの薄い所を崩してくれ」
ベルトランが示した所へ突撃するが、深入りはしない。
次のアクションは横へと展開をして、すぐ2人の元へ戻る。
引っ掻き回されムキーと怒り追いかけてくるけど、そこをベルトランが迎え討つ。
僕しか見ていないゴブリンは、ビックリして体勢も崩し、仲間同士で縺れ合っているよ。
ベルトランが盾で止めれば、僕も前へ出て応戦だー!
その際には、ゴブリンの体のどこに当たっても致命傷になるように、スキル・疾風をどんどん使っていく。
たまにこちらが被弾をしても、すかさずポーのヒールが飛んでくるから、何の心配もいらないしね。
ポーのサポートにつけた影分身も良くやってくれているし、ベルトランもスキルのシールドバッシュを連発させ、次々と倒している。
とにかく短い時間で、如何に数を減らせるかがカギだ。
それにしても数が多い。息も上がりかなり苦しい。
長引いて不利なのはコチラ。僕もMPポーションやHPポーションを使いつつ、疾風の連発で狩り続けている。
ベルトランの声がする。
「ハァッ、ハァッ、一度、集合だ! 起点へ急げ」
事前に決めていた作戦。くるっと背を向けると元の場所まで猛ダッシュ。
そしてみんな集まった時点で、再び痺れ薬を蒔く。
さっきと同じパターンなのに、ゴブリンて学習しないんだね。
風が残った痺れ薬を連れ去ったのを確認し、念のため麻痺回復薬の丸薬も飲み込んだ。
その間で少し息を整える。
「ふーっ、最後の仕上げだ、行くぞ!」
「「お――――――!」」
痺れ薬も効いて好条件ではあるが、こちらの被弾も多くなってきてキツイ戦いだ。
一匹倒し、またもう一匹を倒す。
いつまで続くだろう。MPも尽きかけているし、体が言うこと聞いてくれない。
このままじゃ……。
【風遁の術・鎌鼬】
ハァッ、ハァッ、次……来い! もう1つカマイタチ! ハァッ、ハァッ、よし次!
……いない……右か? 次はどこだ!
「ユウマ……ハァッ、ハァッ」
次のはどこにいるの、ベルトラン。
「終わったよ……全部やっつけたんだぜ! 俺たち……」
本当になの?あんなにいたゴブリンを一匹残らずやっつけた?
すごい、すごいぞ! やればできるって思っていたけど、本当にできるなんて……。
緊張が解ける。『よかった』と言いかけたその時、目の前の映像が歪み、横からの衝撃が走った。
「ユウマ、ポー! しまった。 【シールドバッシュ】 うおーーっ!」
――――――――――――――
ウッ…………グハッ。
僕は殴られたのだろう。ひどい頭痛としびれる手足。
ポーも倒れていて、最後のMPポーションが割れてしまっている。
揺れる視界にはベルトランが、ホブゴブリンと戦っているのが見える。
早く助けなくちゃ……レベル3の強敵だ。ベルトランも押され気味じゃないか。
僕は歯を食いしばり、なんとか立ち上がった。
こんなボロボロの状態で勝てる相手ではないけど、泣き言は言っていられない。
「……ベ、ベルトラン、こちらで注意を引きつけるから、MPを貯めて。
な、なんとか奴の体勢を崩して欲しい。そうしたら、僕が全力で行くから!」
「わかった、MPはゼロだ。少しの間頼むぞ」
「大丈夫だよ! 【火遁の術・火炎弾】」
僕もMPは少ない。
消費MPゼロのスキルを駆使して、なんとか凌いでやる。
ベルトランの体力も限界だし、ここは僕が動くんだ。
【火炎弾、火炎弾、うぐぅ、火炎弾!】
息が苦しい、待っている30秒がやけに長い。
それに繰り出してくる棍棒のスピードが早く、かする度にゾッとする。当たったら終わりだ。
でも、いける! 練習を重ねた受け流しが活きているし、これなら……いけるよ!
【火炎弾】
僕は顔を集中的に狙い、火炎弾を当てている。
呼吸もしづらくなるだろうし、上に意識を持っていけば隙が生まれる。
「いけるぞ! ユウマ」
きた! 僕もその合図に応えてチャンスを待つ。
「喰らえぇ【シールドバッシュ】」
ナイス、ベルトラン! 右膝へ会心の一撃。
そして左には、復活したポーのフルスイングも入った。
よし、今だ!
【土遁の術・土竜崩し】
ヨタついた足元に大きな穴を作った。
ホブゴブリンは落ちることはなく、踏みとどまったが、土下座の格好になっている。
心を落ち着かせ、意識を切っ先のみに集め渾身の力を込める。
仲間で紡いだ最大のチャンス、無駄にはしない!
【風遁の術・疾風】(最大の力を)
腕がちぎれんばかりの勢い!
振り下ろした刃が、ホブゴブリンの首をはね飛ばした。
「―――――――ッ」
「油断するな、周囲を警戒、態勢を整える」
危ない、危ない、さっきと同じ過ちをするところだった。耳をすませ周りを見る。
「周囲敵なし」
「こちらも大丈夫」
………………………………何もいない。
互いに汚れた顔で見合せ笑顔になる。
「うっしゃーー! 今度こそ俺たちの勝利だーーー!」
レベル3の敵に勝てるなんて、未だに信じられない。
色々な幸運が重なり、しかも友達がいたから勝利できたんだ。
信じあえるこの3人で本当に良かった。
やっとの思いでホブゴブリンを倒した僕たち。
それは偶然が重なり、得ることができた奇跡の勝利。
もしも、ホブゴブリンが勇者達から深手を負っていなかったら、
もしも日頃の鍛錬をしなかったら、
武器を新調していなかったら、
回復アイテムの補充をしていなかったら、こんな結果にはならなかっただろうな。
色んな偶然が重なってこの勝利に繋がった。
しかし、いつまでも手放しに喜こんではいられない。
ゴブリン達を殲滅するのが目的ではない。
本来の目的は、トンスケーラさん達3人の勇者を救う事だ。
そのあともかなりの警戒をしつつ、慎重に遺跡の前までやってきた。
誰もいないか探りながら進んでいく。
遺跡の内部は外の光を取り込める構造で、意外と明るく見通しはよい。
入口すぐ近くに小部屋があり、そこにはアイテムがたくさん並べてあった。
「色々ある様だが、今はすぐ必要でないものはここに置いて行く。
ポーションや状態回復系のものだけを持っていこう」
見ただけでも凄いとわかる装備や用途不明なアイテム。おっマジックバックもいくつかあるよ。
あれ? ポー、何しているの?
「はい。こうやってタッチをしておけば、例え後から来たパーティがいたとしても、横取りをされませんからね」
なるほど用心深い、優先権てヤツね。
「回復系が1つもない……。仕方がないこのまま出発だ。ただし、慌てず慎重に行こう」
進み出しても他の気配を感じない。本当に全滅できたのかも。
焦るけど、ここまで来て失敗するわけにはいかない。
曲がり角を折れたその先に、木で組んだ格子が見え、中には3人が横たわっていた。
周りには誰もいないので、格子を外して中へ入り3人のそばに駆け寄る。
衰弱をしているが、大丈夫生きているみたいだ。
「助けに来ました。今、ヒールをかけますよ」
3人はみるみる内に、顔色が良くなり口を開いた。
「あ、ありがとう。助かったよ。まさかこんなに早く、救助隊が来るとは思わなかった」
「いえ、僕たちはたまたま居合わせた3人のパーティです。他の人はいません。
だから、危険な状態には変わりはありませんので、これを食べてMP回復をお願いします」
僕の作ったMP丸薬を手渡す。
「失礼だが、君たちのレベルで残りのゴブリンをやっつけたのか?」
「はい、苦戦しましたが、ホブゴブリン1匹も片付けてあります。
しかし、お仲間だった暗黒魔術師はワイバーンで飛び去って、そのあとが分かりません。
奴が帰ってくる前に脱出しますので、ついてきて下さい」
黙って頷く3人を連れて、もと来た道を引き返し、小部屋でアイテムを回収することにした。
お部屋に入ると、重戦士の男がおもむろに防具を装備しようとしたとき、ポーが口を開いた。
「お待ち下さい。そのアイテムですが保有権は我々のものです」
ポーは何を言っているのだろう。
「ん? いや、これは俺の装備なんだ。誤解させちまって悪かったね。これは君のじゃないんだよ」
「いいえ、勘違いをされているのはあなたの方です。
それらのアイテムは全て、私たちがゴブリンより勝ち取ったものになります」
「いや、そうじゃなくてね。元々これは俺が使っていた物なんだ。
さっき剥ぎ取られて、そこに置かれているだけなんだよ」
「待つんだ、エディ。彼らの言う通り。これらのアイテムは『私達の物』ではない」
「はぁ? お前まで何言ってるんだ。それに剣なしでどう戦えって言うんだよ」
「落ち着け、エディ。1度ゴブリンの物になってしまった時点で、これらは私たちの物ではないんだよ」
そうだった。冒険者の権利として、〝自ら勝ち取った物品に対して、いかなる者もその保有権を害することはできない〞
ギルドカードに込められたこの魔法効力は誰でも知っている。
「そしてこれらを手にしたのは、彼らという事だ」
ポーの勘違いだと思っていたら、凄い話になってきた。
あんなにたくさんのアイテム、いくらの価値が……すごすぎる。
「しかし、1つお願いを聞いてもらいたいのだが良いだろうか?」
トンスケーラさんが改まって話し出した。
「その中には私たちが、ここのハワード子爵様より、お借りしているものが3つある。
その3点だけでも、正規の値段で譲ってはくれないだろうか?」
そんな大事なものがあるのですか? 当然いいですよ、いいですよ。
ちょっと、ポーそんな険しい顔をしないでよ。
「もちろんです、トンスケーラさん。ユウマもポーもそれでいいよな」
「ベルトランがそう言うのなら……。わかりました。正規の値段でお譲りすることを約束します」
「ありがたい。しかし今はお金がないので、街に帰ってから必ず用意をするよ」
話がまとまって良かったよ。とりあえず、ここは危ないから急いで外に出ましょう。
その後はモンスターにほぼ会うこともなく、夜更けには街に着くことができた。
閉門されている時間にも関わらず、トンスケーラさん達のおかげで街に入ることができた。
孤児院にも連絡をしてもらった。
ガーラル院長はすぐ来られて、安堵の表情で迎えてくれた。
心配させてしまってすみませんでした。
ただ、騎士団と院長には、今日1日のこと話さなければいけない。
疲れてはいるけど大事のことだ。
朝になる頃ようやく全てを語り終え、暫しの休息を入れることを許されたのだった。
話の内容があまりにも途轍もないことだが、トンスケーラさんという高レベル者の証言もあり、事態の重さを受け止めた大人たちが動き始める。
あまりにも多くのことで、何がどう動いているのか僕には理解できない。
きっと大変なことなのだろう。
そして部屋へ戻る直前に2人から言われた。
「ユウマ、お前気付いたか?」
なんのこと?
「フフフ、ステータスを開いてみろよ」
どうしたんだろう? とりあえずステータスオープン。
ユウマ·ハットリ
ヒューム:男
Lv:2
ジョブ:中忍
HP:10/31
MP:43/43
スキル:初級忍術 中級忍術 分身の術 限界突破 薬製作 サルマワシ
「レベル上がってる! えっマジ? やったー。凄くない? もしかして2人とも?」
「多分ゴブリンではないと思うぜ。
3人一緒に上がったということは、あの最後のホブゴブリンのお陰じゃないかな」
うわー、眠りたいのに眠れなくなっちゃった。
野球ファンじゃないけど、中日の大野投手が5回目の登板で初勝利。おめでとうございます。去年は7回目だったらしい…………。
………………ガンバ!
あ! この小説にも皆さん白星ください。お願いします。気にいったらブックマークもしてください。