手放さない
「ユマちゃん、おはよう」
「カルメンさん、おはようございます。
えっと、その手に持っているスカートはなんですか?」
「ユマちゃんに似合う色だから、私が作ったんだよ」
「毎度言っていますが、僕は履きませんよ」
「え~、なんでよー?」
「なんでって僕は男ですよ。それに女子の分を盗っちゃうなんてできませんよ」
このカルメンさんは、ここの孤児院出身者で、今は街にある服飾の仕事に就いている。
そして、それほど多くないお給料の中から工面をして、孤児院に服を寄付してくれる優しい人なんだ。
でもさ、工面したお金を、僕のスカート代に使っちゃうなんて、ちょっと軌道がずれている人でもあるんだ。
「女の子は気にしなくていいのよ。みんなも了承済みだしね」
「なんですか! 全員でそっちの方向に、もって行こうとしていますよね。僕は絶対履きませんからね」
「そ、そんな~」
悪い人じゃないけどおかしな人だ。悦に入ったときの目も、ちょっとひく。
いつまでも構っていると、情に流されて着させられそうで怖いんだ。
こんな事よりも、ベルトランとポーを探し、昨日寝る前に思いついた事を、話してみたいんだよね。
「あ、ここにいたんだ」
「今日もカルメン姉と鬼ごっこをしていたのか?」
「かまってくれるの嬉しいんだけど、参っちゃうよ。
あっ、そうそう2人に、相談してことがあるんだ」
初級水遁の術・水華弾の使い道の事なんだ。
ホーンラビットの解体時に洗浄用として、使ってはどうかと提案したんだ。
試しに手元で出して飲んでみたら、冷たく美味しい軟水の味だった。
これがあれば、捕まえてすぐ血抜きや、内臓取りができるよ。
そうすれば、ベッツィーの小言も、少しは減るかも。
「ユウマ君、ナイスアイデアです。これは色々と効果ありそうですね」
そうなんだ。時間節約になるので検証したとしても、今まで通りお肉の数は確保できる。
未経験の検証が楽しいとはいえ、収入が減るのは申し訳ないもんね。
これで心置きなく試せるよ。
残りの術は、昨日みたいな危険な術ではないと思うので、多分大丈夫な1日になるだろう。
さあ、始めるよ。
静かに目を閉じ、心を落ち着かせ術を発動させる。
【土遁の術・土竜崩し】
5㍍~20㍍の範囲の中で、任意の場所に穴を掘る技だ。
穴の大きさは2㍍ × 5㍍で 深さは2㍍。穴というよりはお堀みたい。
術はすぐ発動し、いきなりベコッと、えぐれるように土が落ちる。
結構深いので、落とし穴としても使えそう。
それと消費MPはやっぱりゼロだった。
そして中級土遁の術・土岩壁が凄かった。
消費MPは4で射程範囲は下級と同じで5㍍~20㍍。
大きさも同じ2㍍ × 5㍍ × 2㍍の土塊を、大地以外の場所に出現させる事ができる。
つまり地面の上にでも空中であっても、範囲の中なら、どこでも自由自在なんだ。
しかも、形も多少変える事が可能で、平たい物から球状のものまで、作ることができた。
壁として使えるし、超重量の土塊として上から落とす事もできる。
術の中で1番使い勝手が良さそう。しかも威力抜群でしょ!
これで昨日の失敗を帳消しになったかな。
よーし、この調子で風遁の術もやってみよう。
次の風遁の術は攻撃スキルなので、丸太を用意していつものように印を結ぶ。
【風遁の術・鎌鼬】
術全般に言えることだけど、これもまた直ぐさま発動してくれる。
バババッ! と音がしたと思って瞬間に、丸太が大きく抉られ吹き飛んだ。
ん? なにがどういう感じになったのかな?
風の術なのはわかる。でも風って見えないから、どんな形で作用しているのかが、解りにくいよなぁ……う~ん。
「なぁユウマ。こんな平原でやるより、森の方が分かり易くないか?」
どういうことだろう。
「風の力が働いているのは分かるがよ。
どの道筋をどんな力が、目標に向かっているのか見えないだろ?」
そこなんだよね。
「そこを見極めるために、例えば枝葉がいっぱい繁っている所を通して、目標に当ててみたらどうだろう?」
ベルトランって、前から思っていたけど頭がいい。発想が柔軟なんだよね。
早速森に入り、よさげな木を見つけて、検証を再開させた。
【風遁の術・鎌鼬】
おお~、わかる分かる。途中の枝を切り飛ばし、幾つもの刃が目標を切り裂いた。
目が良いベルトランが言うには、5本の道筋があり、形としては投げナイフの様な物らしい。
こ、これは! 対戦相手にしてみたら、目に見えない刃が襲ってくる事になる。
いくつもの音がするし、トリッキーすぎる。かっこい~。まさに忍者の技だよ。
その後何度も繰り返すことで、風の刃の通り道を、把握することができて完ぺきです。イェイ!
テンション上がりっぱなし、次は中級風遁の術・疾風でござるよ。
いくでござる。
かますでござる。
まかせるでござる。
しかし、試してみたのだけど。ムムムムム……どういうことでござるか?
術を発動させると、空気の塊が放たれて当たっても、目標を傷つけることもなく、ただ吹き飛ばすだけ。
そこそこの威力。むー、他の中級忍術と比べるとなんというか…………。
「これはかなりビミョーですね」
ポーにもハッキリ言われた。
衝撃力が弱いのか作用時間が短いのか、目標をグイッと押す感じでしかない。
も もしかして、内に秘めたる威力があるかもしれない。
ほら、あそこのホーンラビットいるし、やってみるよ。
しかし、術が当たっても、首をかしげて可愛い顔でキョトンと見てくるだけ。
あまりにも貧弱な術なので、ベルトランが自身で受けると言い出した。
イヤイヤ、流石に危ないよ。ほらポーも反対しているじゃんか。
「ははは、いいから早く来いよ!」
笑い飛ばされ促されるので、嫌な予感がしながらも、術を放った。
「……何だろうな、威力はなくはないが、それより包まれている感があるかな。
痛くもないし、力強いが尖っている力ではないな。どういう術だ?」
思っていた通りの、受けてもなんともない技だった。恥ずかヒィィィー。
「よく分からないな。おいポー、お前も受けてやれよ!」
検証なのだから、その特性を知るのが目的。特性を把握していないと、いざという時使えない。
それは分かってはいるけど、他の中級に比べてショボすぎる。
付き合ってもらうのが、恥ずかしくなるよ。
「おーい、ユウマ君こっちは準備いいよー」
でも、せっかく協力をしてくれているんだ。
ゴメンね、落ち込んでいちゃいけないよね。
「ごめーん、今からやるねー」
【風遁の術·しっ……】
その時、ポーの背後に、悪意のある影が現れた。
棍棒を構えた二匹のゴブリン。無防備な獲物を見つけ、ニヤついている。
その1匹が今まさに、ポーの頭めがけ、棍棒を振り下ろそうとしている。
ダメ! あんなのを不意に頭に食らったら、ただじゃ済まないよ。
【 疾風 】(ポーを助けて!)
一瞬の出来事だった。
放たれた空気の塊がポーの体を包み、ポーを押し退ける。
術を放ったと同時に、僕は駆け出し、シースナイフを構えて、ゴブリンめがけて突き出した。
(よくも、よくも、ポーを!)
無我夢中だった。ポーを失う恐ろしさが僕を突き動かす。何度も、何度も。
「ユウマ……もういい。終わったよ。そいつはもう死んでるよ」
振り返ると、ベルトランがもう1匹をやっつけた後だった。
「ポーは? ポーは無事なの?」
向こうの茂みで、苦笑いをしながら、服を払うポーが立っていた。
「お陰で助かりました。ありがとうユウマ君」
大事な友達、大好きな仲間。そんな人を奪われなくて済んだ。
僕が倒したゴブリンを見る。
手に付いた血を見る。
それは事が終わった証。
……僕が殺した証拠。
……手に残った、刺した時の感覚を思い出す。殺意を持って突き出した。
心配していた忌避感よりも、ガーラル院長の言葉が頭の中に聞こえてきた。
『その一振で救える命がある。みんなそうして命をつなぐんだ』
何も言わない僕を、2人は心配しながらも見守ってくれている。
「大丈夫……僕は大丈夫だよ。
まだしっくりはこないけど、僕分かっていたんだ。手放しちゃいけないものがあるって。
その為にも僕は剣を振り下ろすよ」
その言葉で少し明るくなってくれたけど、まだ心配をしている顔だ。
それとポーありがとう。君のおかげで疾風の使い方がわかったよ。
これは攻撃用じゃなくて、空気の塊で力を加えるための術なんだ。
体全体を押して、さっきみたいに、移動の加速をさせたり、また体の一部に使ってもいいと思う。
使うとしたら、攻撃にもいけると思うんだ
イメージとしては、肩から腕へ、そして剣先までを包みこむ。
そして剣を振る方向へ、疾風の力を加えればいいはず。
【風遁の術・疾風】
鋭い太刀筋。振り下ろした速さに、風とともに砂が舞い上がる。
いい感じだ! 腕の伸びで、大きくなった威力がわかる。
多分慣れれば、剣先だけに力を加えて、もっと強力な一撃も出せるはず。
「2人とも勇気をありがとう。もうゴブリンなんか怖くないよ。これで君たちと一緒に行けるよ」
「ああ、ユウマ。俺たちは一緒だ。これからもよろしくな」
「目指すものは違っても、ずっと仲間ですよ。ユウマ君」
こういうのをパーティ結成って言うのかな。 特別の日になったよ。
大切な友達と一つになれて、僕は幸せだ。
ワイワイやりながら、門をくぐりチャティーさんの肉屋へ急ぐ。
忘れていたけれど、水華弾で解体処理がうまくいった獲物を、早くベッツィーに見てもらいたい。
店先に着くと、いつもと違う雰囲気で迎えてくれた。
「うまくいってみたいね! 早く見せて」
「また俺たちの話を聞いていたのかよ! どうやってるんだ?」
「アハハハハ、声がおっきいのよ。
わっ……いい感じね。うんこれなら合格よ! パパー見てー、ベルトランがやったよー」
チャティーさんにも褒めてもらい、買い取値段も上げてくれて、1個銀貨2枚となった。
捌きかたで、そんなに違うなんて驚いた。これからはもっと頑張ろう!