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歌姫♂は今日はカラオケ

 そこには憧れを持った少女がいた。世界に、友情に、バトルに、冒険に。可憐な声には少し似合わない力強いその歌声は生まれも育ちも関係無い。

 何があるかわからない、何が起こるかわからない無限に広がる世界を風切って駆け巡る。そんな少女が目の前で後先なんて考えてないのに物凄い先の夢だけは見てそれに向かって一直線に走っていたように見えた。

 恥ずかしそうにしながら歌い始めた少女が無邪気な笑顔で、一つの冒険を終えた少年のように成長していた。


「………ハァ!」


 演奏が終わり静寂が訪れる。自身の息を吸う音がそれを打ち破る。身震いもしたらしかった。興奮か、息をするのを忘れていたのか、呼吸が荒い。いつしか思い出と言う引き出しに入れっ放しにしていた冒険心を気づいたらマイクと一緒に手にしていた。


宇多聴(うたき)も歌うの?」


 先程聞き専宣言した側から歌いたくなってしまった。たった一曲で気が変わるなんて、それほどに『歌姫』は魅力で惹き込まれる存在。


「掌返し歌いたくなった! アニソンなんてまともに歌うのは久しぶりだから小さい頃から好きな曲でリハビリするわ!」


 やる気出てきたぁ! 発声練習をする、うーん、多分良好。よし。


 機械に曲を入力して立ち上がる。毎週テレビの前に座って釘付けになったあの頃の心を引き出して歌う。


 楽しかった。聞き専を初めて忘れていた。歌うのってこんなにも気持ちいい物なんだ。

 モニターに映る点数は85点と平均的。先程100点を叩き出した結月(ゆづき)には遠く及ばないけれど解説にある『勢いが良いですね』が目に入ってもう満足。それさえあれば他はどうでも良いって感じる。


「ふう、リハビリどころか全力で声を出したからちょっと喉乾いちゃった。どう? 私の歌、まあ結月君には敵わないけど」


 カラオケ機械の横にあるメニュー表を見る。有名なカラオケ店では無いからか大した物は無いけどとりあえずコーンポタージュを選ぶ。


「ちょっと羨ましいって思っちゃった」


「へ?」


 ちょっと予想外の反応。あの『歌姫』が平凡な私の事を羨ましがってる? 何かの間違いじゃない? 

 しかし何も間違いじゃなかった。本人いわくただ純粋に大好きって気持ちで歌うのはできないらしい。


「なんと言うか、俺は歌うとその曲に入り込んでしまうというか、その世界にいる感じ。歌うのは好きだけど純粋な心? なのかな? この曲ならこう歌うべきって無意識になっちゃうんだよね。ただ歌うって事ができないんだ」


「つまりノリや童心では歌えないってこと?」


「そうそう」


 なんか意外な一面を見た気がする。どんな曲であろうと完璧に歌える理由がわかった。そんな『歌姫』でも歌う事で悩みがあるなんて思いもしなかった。完璧な存在かと思ったけど、同じ人間なんだね。


「あ、でもノリで歌える時はあるよ」


「何何どういう時?」


「夏にテレビでよく紹介される肉のお祭りの時に皆で回りながら歌ってたやつ」


「あれはむしろノリ以外での歌い方が存在しないだけよ」


 あれ好き。


 その後も交互で各々好きな曲を歌う。全曲オール100点なんてどんな化け物よ。小腹も空いたのでお菓子も頼む。そろそろ注文が来るので一旦歌うのをやめる。


「さっきから気になってたけどあんなに恥ずかしがってたのに今は平気なんだね」


「そりゃ一曲歌えばその世界に入り込んじゃうから歌う前の感情なんて吹き飛ぶし自分が今何を着てるかなんて忘れ……て……」


「あ」


 見る見る顔が赤くなっていく。自分が今何を着てるか思い出したみたい。


「えっと、その、はい。本当に忘れるんです」


「えと、ほら! もう一度歌えば忘れるでしょ? 今度は言わないから。ね?」


「わかった」


 恥ずかしさから左手でフードを抑え深く被りながら右手でマイクを持つ。しかし、ここで注文したお菓子がそろそろ来ることを思い出した。


「ストップストップ! そろそろ店員来るから! 今歌ったらバレるって!」


『歌姫』がバレたら絶対大変なことになる! 絶対に阻止しないと!


「早く歌わなきゃ、女装して外出た記憶なんて早く消し去らなければ」


 曲入れるのはや! と言うか話聞いてない?!


「今はだめだって! お願いだから止まって!」


「よし、この曲にしよう。これなら歌い終わってもすぐに思い出さない」


 こうなったら強行手段! 結月のマイクを無理矢理取り上げようとする。しかし本来は男なのか私よりも力があって奪えない。と言うか何でマイクをそこまで全力で持ってるの?! 


「うぐぐ!」


「☆HA☆NA☆SE☆! 俺は忘れなければいけないんだ!」


 本気の本気で取りに行く。結月も抵抗して中々奪えない。


「あ!」


 互いにバランスを崩して倒れてしまう。私は幸いにも結月がクッションになってあまり痛くなかった。


「いてて、すまん。完全に取り乱してた」


 倒れた衝撃で正気に戻ったようだ。良かった。とは言え何か押し倒した形になってしまったから早くどかないと店員が来たら誤解を招いてしm


「お待たせしました。コーンポタージュとポテトチップスで…………」


「………………」


「…………………」


「……………………お邪魔しました〜」


 店員は早々に注文の品を机に置いて退散する。


「…………………」


「…………………」







「ああああああああああああああああ!!!」


「お願い! 早く歌って! 曲の世界に入れさせて! 忘れさせてええええ!!」





 なお歌い終わったら速攻で思い出してどうしようもなかった。















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