歌姫♂の体育祭はLIVE
誤字報告ありがとうございます。
初めて一人で人前で歌う晴夜。
体が重い。震えるどころじゃない。喝采の音圧に押しつぶされそうだ。マイクを持った手が動かない。スイッチをオンにできない。声が出ない。
『期待されている』
どうしよう。緊張が止まらない。歌わなきゃ。俺はもうステージの上に立っているんだ。俺の歌がA組の闘争心を上げる。だから失敗しちゃいけない。
なのに………………歌えない。
日白さん。どうすれば良いんですか? 想像でも拳銃の引き金を引けない。それぐらい今の俺に圧がかかってるんです。この喝采を聞いたらおにぎりとも思えない。相手は人なんだ。歌を聞いてくれるのは人なんだ。
『A組の応援曲。〜〜〜です』
どうしよう、もうすぐ始まる。歌わなきゃ。やり直しも、延期もできないぶっつけ本番のLIVE。俺が失敗すればここまで繋いできた競争心も、団結も途切れてしまう。
どうすれば良いんだ。不安も、緊張も、纏わりついて離れない。
『結月晴』なら、きっと完璧に歌いきるだろう。それはできない。もし晴として歌ったら『歌姫』とバレてしまうからだ。でも、そうしないといけないのかな。
晴なら、この空気を支配できて、闘志を上げて、皆を引っ張れる………やるしかないのかな。
違う。皆は『俺』の歌を期待しているんだ。もし晴で歌ったらその期待を裏切る。それに、俺はこの重圧に負けたことになる。そうなれば、あれはもう二度と人前で歌えない気がする。だからこのスイッチをオンにしてくれ! 声を出させてくれ! もう曲は流れてんだよ! 前奏が終わったらもう始まるんだよ!
どうして、指が動かないんだよ…………………どうして声がでないんだよ。指をたった数ミリ動かすだけなのに。
「……………あれ? もう前奏終わったよね?」
「確かに、何で歌わないんだ?」
「おかしくね?」
観客がざわつき始める。
……………終わった。歌い出せなかった。結局無理だった。せめて歌えれば、いやこんな状態で歌えてもきっとそれは硬い、震えたひどい声だろう。
失望された。アドバイスも無駄にして。こうなるんだったら変なふうに考えず晴に歌ってもらえば良かったんだ。バレてでも。
もう遅い。前奏も終わり観客も既に困惑している。こんな状態からどうやって盛り上げる? 無理だ。途中から歌っても意味がない。
ごめん。俺は臆病だった。
カチ
諦めたせいで指が簡単に動いてマイスのスイッチをオンにできた。でもその腕は下がりきっている。観客を見る。困惑している人が殆どだ。これが失望に変わるのも時間の問題。
『完璧な歌』も『結月晴』が。『一番の期待』も『日白』さんが。俺じゃなかった。俺じゃ駄目なんだ。ステージに立っているのが俺じゃなかったら良かった。
……………『春』だったら、場このを支配して、この状況を覆せるのかな……………………?
春って、誰だ?
よく知っている人が頭に浮かんだ気がした。でも、よく分からない。それが気になって不安も絶望も、一瞬忘れた。気になりすぎて、すべての思考が支配された。それも一瞬だ。
『緊張なんて簡単に吹き飛ばせるよ』
そっか。『支配』すれば良いんだ。俺の歌で。このもう取り返しのつかない空気も全部。吹き飛ばす。いや、殺す。
腕を上げマイクを口元に。息を大きく吸って、全身全霊に、叫ぶ。
『あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!』
体の中にある空気を全て出し切る勢いで叫ぶ。肺の中の空気も全て叫びに変えると息荒く呼吸する。ざわついていた観客は一瞬にして静かになった。いや、『俺が静かにした』
「おい、放送員。曲変更だ」
「………え? 変更?」
「今すぐに変えろ。事前に渡したCDの最後から二番目の曲だ」
「え、でも」
「構わないよな?」
「は、はい!」
ビビりながらも急いで曲を変える放送員。勿論曲は最初っからになる。『やり直しにさせた』
曲が流れ始める。それは学生の応援歌と呼ぶにはあまりにも異質だった。ヘビメタみたいな荒いロックが流れる。荒々しく歌う。
殺意に溢れた少年の歌。
治安の悪い町。犯罪なんて当たり前。暴力、略奪、殺人。負けたやつが悪い。奪われた奴が悪い。
元々はきれいな声の少年の筈なのにその歌い方は荒く、激しく、彼の歌声をよく聞くものからすれば変わり果てている事がわかる。
最初は心がキレイだった少年。何かがきっかけで心の根から変わってしまった。きっと前の彼を知るものはいないだろう。彼は有名だ。場を支配する。彼が口を開けば恐怖で皆聞き、彼が動けば恐ろしくて皆腰をぬかし、彼が見れば皆石のように固まる。生き残る為に、殺意を抱く。確実に勝つために。彼が先導すれば皆彼に従い武器を持つ。
一人の歌声が観客全員に重圧をかける。敵は皆黙り、味方はその殺意に感化されて全員が雄叫びを上げる。空気が震え、敵は覚悟を決めなければ行けないと感じるだろう。
たった一人の歌声が場を支配し、敵には恐怖を与え、味方には殺意を与え兵士に作り変える。
そして歌い終える。
「騎馬戦、楽しみだな」
最後に添えた一言が彼らの心に『戦場』を刻みつける。しかも騎馬戦は応援合戦の盛り上がりを維持してやるという思惑がある。
あまりにも異様な雰囲気に包まれた校庭。既に応援歌を終え闘志溢れるB組は殺意に負けずむしろさらに負けないように気合を込めただろう。
そして後の3組。それぞれ『希望の歌』『反逆の歌』『勝利の歌』。根性、意志、熱意を高め、騎馬戦を迎える。
闘志、殺意、根性、意志、熱意。騎馬戦は誰か勝つでしょうか。ちなみに名前が出てるのA組では晴夜、宇多聴、矢島だけなんですよね。B組も双葉のみ。C組は武炉切のみ。
なんで体育祭なんて書いてるんだろ。




