歌姫♂の体育祭マラソン
マラソン回? いいえ逃走中です。
今日の12時に予約投稿していたつもりが明日の12時だった。
「はあ、はあ、はあ、」
くそ、前半で飛ばしすぎた。上位にいるのにゴールまでまだある。体力切れで失速したら元も子もないじゃないか。今回偶然にも陸上部が参加したなかったのは嬉しい。じゃなきゃとっくに追いつかれて、いや前や並走されていただろう。
体育祭のマラソン。高校の敷地は結構広く、その周りにある公園や神社などのちょっとしたスポットの前を通るルートを走る。約2週でその距離は10キロ近く。午前中最後の競技(並行して短距離走もやっている)である。長距離なこともあり体力面での自分との勝負になる為比較的平和な競技でもあった……………平和な筈だった。
「並走しているのが、宇多聴で良かったよ。本当に」
息を吐いている時間を少しで短くする為に早口で喋る。参加している30人のうち27人が後ろにいる。宇多聴と並走しているのは会話するためじゃない。二人ともほぼ速さが一緒なのだ。
「他の人だったら明らかな、妨害にあっただろうね」
宇多聴も早口で喋る。何故俺が妨害されるのだろうか。完全なる逆恨みである。そして宇多聴は羨ましそうに俺を見てくる。その原因が借り物競走の最後で『日白』さんが言った言葉だ。
『ここにいる理由? 晴夜君の応援にきたの』
俺に言ったちょっとした会話だった。旗から見れば近くのファンが偶然にも会話できる機会があったようにしか見えないだろうが場所がゴール地点だった為にマイクがその声を拾ってしまった。俺ほどではないにしろ『歌姫』の異名のある彼女の声はお祭り騒ぎの雑音をすり抜ける。そうなれば当然俺も注目の的になる。
競技が終われば質問攻めは当然だ。どう言う関係か、どこで知り合ったのか。
幸いにもマラソンに出る俺は逃げるようにスタート地点に向かう。校外を走る為に一部生徒を除く殆どの生徒は俺に近づくことはできない。だが他の参加者はそうにも行かない。特に日白ファン。自分の推しが私的に個人を応援している。それも男性ときた。彼女特有の人間離れがある為に『日白』と『ファン』の絶対的な壁が存在することもあり憎悪と憎しみと殺気の込められた視線が集中する。
「やばい。詰められてきてる」
そうなれば必然的に俺は目の敵にされるのは明らか。このマラソンでの妨害だってあり得る。そうならない為にはスタート直後から飛ばして少しでも離すしか他ない。しかもずっと逃亡者となる。追いつかれてはいけないというデスゲームの始まりだ。
殺意に満ちた集団が鬼の様な形相で走っていく。全員が一定の感覚で一定のスピードで走っている。おかしくね? 全員敵、厳密に言えば自身の組以外敵の筈なのに20人以上の規模で統率が取れてるの?
「日白さんに仇なすもの排除するべき!」
「どうやって日白ちゃんと!」
「まさか女と偽って近づいてないよな!」
「抜け駆けしやがって! この裏切り者!」
「日白ファンとしてお前はやってはいけないことをした! ここに処すべき!」
「処せ!」
「処せ!」
「処せ!」
「第2陣形! 開始!」
卵のような陣形をとっていた後続。比較的体格の良い生徒が先陣を走っているかと思えば割れるように横に開き中から4名一列になってペースを早めてきた。
「反則だろそれ!!」
先人が風よけになり後よりの真ん中の人は殆ど空気抵抗と風が無いため楽に走ることができる。俺に追いつくためにどれだけ本気出してるんだよ! 一致団結しすぎだろ!
「処せ! 処せ! 処せ!」
「やばいやばいやばい!」
少しずつだが追いつかれてきてる。死にものぐるいで走ってコースから出てやり過ごすか? いや今の体力じゃ温存してたやつを撒ける自身が無い。どうするどうする? そうだ!
「宇多聴!」
「風よけにならないよ」
「なんでわかった?!」
「巻き込まれたくないから端っこ走ってるね」
「まって?!」
頼みの綱が消えた。こうなったら死ぬ覚悟で走るしかないな? 最悪これが終われば昼休み。|葉ちゃん達と食べているときは流石に何もしてこないだろう。対策はその時に考えよう。だからせめて今だけでも打開できる方法を考えろ! そうだ! 宇多聴をもので釣ろう! 何か音楽系のもので!
「宇多聴」
俺は宇多聴に近づいてギリギリ伝わる声で取引を持ちかける。
「日白さんのLIVEでデュエットした時のやつ」
「乗った」
LIVE後に貰ったCD。普段なら一般には出回らないが特別に貰ったやつだ!
羨ましそうにこちらを見たあとに俺の前を走る。幸いにも自主連で一緒走ってた事で互いの走り方やペースを把握している。しかも速さも背もほぼ同じと来た。完全にシンクロして走る。
「嘘だったらバラすからね」
「オーケー」
一人前にいるだけでも楽になった。少し風と空気抵抗が減った。
追いつかれるか逃げ切るか。必死に走る。思考だけで一時的に団結しただけにすぎない後続4人は終盤でバラバラになっていく。合わせる余裕が無くなったからだ。それをチャンすだと感じて俺は宇多聴の前に出る。正直何も考えられない。直感で動いている。それでも宇多聴と走れていたのは相性が良かったのだろう。後続に追いつかれるか事なくゴールテープを切る。
『晴夜選手2位でゴール。矢島選手3位。宇多聴選手4位。個人戦であるマラソン。しかし同じ赤組である晴夜と宇多聴選手はチームプレイで上位フィニッシュ。敵味方混合での陣形は八百長の反則に当たる可能性があるのでポイント加算は一旦保留になります』
「ざまぁ、みろ、はあ、はあ」
何とかなったので嬉しい。昼休憩になるからさっさと姉貴と葉ちゃんの所へ行こう。でも少しは休みたい。もう体力がからだ。
「お疲れ様。はいお水」
「ありがとうございます」
膝についてた手で水を受け取る。それを一気に飲み干す。
ん? 今の声
「…………日白さん」
叫びたいところだけど無理だった。やばい。ゴールで待ち構えていたとか、ただでさえ燃えているところにガソリンをまくことと一緒だ。日白さんには申し訳ないけど離れてもらわないと
「次昼休憩だよね。一緒に食べよう」
「すみません。友人と食べる約束をしてるんです」
「葉ちゃんの事? さっき一緒に食べる約束したから大丈夫!」
「…………ナンノモンダイモナイデスネ」
逃げ道全部塞がったよ。助けて。
「なあ、顔真っ赤で汗かいて息荒いけどあの半袖体育着の下何も着てないんだぞ? しかもその顔を包みあげられそうな程の服の上からでもわかるあのふくよかな胸元」
「エッチぃ」
「日白さん、押して行くな。男の娘と日白さん。何か尊くね? 現実離れ同士と言うか、運命を感じた」
「尊いね」
「なあ、俺達がそれを邪魔していいのか? 今でこそ人気者だけど昔の日白さんはあの体質のせいで友達がいなかったかもしれないだろ? 男の娘の晴夜だって最初は近づきづらかった感じあったし。あの二人だからこそシンパシーを感じるものがあるんだろう」
「推すしかないね」
何か解決した。
何気に宇多聴と協力したのこれが初めてな気がする。




