歌姫♂は今日は似たもの同士
あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。3月までには完結したいです。
一歩踏み出す。右手を伸ばす。今にも倒れそうな体に届くように。
手首を掴んだ時、軽かった。そう感じた。腕の力だけで引き上げる。
彼女の体を起こし、左手を腰に添えて支える。顔は目の前に、互いに。吐息がかかるどころか今にも唇が触れそうな距離。
俺は咄嗟だったが為に、彼女は転びそうだったが為に。直ぐに離れる事はなかった。違う。彼女の目が、虹彩が綺麗だった。深緑に光が差したような。見惚れていた。目が離せなかった。
「綺麗」
こぼれた。
ドキドキするとか、恥ずかしいとか、彼女の前では全て些細な事に感じた。綺麗な彼女の前では。
「すみません、急に変な事を言って」
葉さんから手を離し一歩離れる。そっぽも向く。些細な事も、俺は強く思ってしまうようだ。きっと今の俺は顔が真っ赤だろう。今までにないぐらい。まだ親睦も何も深めていない年頃の女の子にあんなことを、迷惑じゃないだろうか。
冷静になっている自分がいる。でも、今顔を見たらそれもなくなる。この場から走り去ってしまうだろう。そうなれば約束を守れない。それはだめだ。
「私、綺麗じゃないです」
「?」
誰がどう見たって葉さんの事を綺麗だという筈。そう思ってしまった俺は振り向き直す。疑問と否定が彼女の顔を見てもここに留めてくれている。
可愛い。綺麗。美人。どんなに語彙力を殺しても事実は変わらない。葉さんは今、耳まで赤くなった顔で、俺の顔の僅か下を見ていた。
「そんな事ないです。葉さんは美人ですよ」
「いえ、違います。だって雑誌にあるような綺麗な人は皆、お洒落ですし、私なんてただ安物の石鹸で汚れや匂いを落とせれば良いとか思ってるし、化粧なんてしてません。とりーとめんと? なんてつけてません。お洋服何てオシャレなものも着こなせない。そんな私は綺麗でも美人でもありません」
自信が無い。そう聞こえる。
「それに、綺麗と言うなら晴夜さんの方です。恥ずかしながら、先程助けていただいたときお礼を忘れてしまうほどに見惚れてしまってました。あ?! ごめんなさい! 本当にいい忘れてました! ありがとうございます!」
何度目かわからない深々と下げる頭。俺も無事か聞くの忘れてた。
「…………クス」
「え?! どうして笑うんですか?! 私おかしな事言いました?!」
「だって、互いに恥ずかしくて、互いに見惚れてて、互いに顔見れなくて、何というかおかしくて、同じと言うか似たもの同士と言うか、些細な事は変な話の前じゃ些細な事何だなと」
笑った俺に驚く葉さん。理由を聞くとよくわからなかったのかぽかんとする。でも自分なりに解釈したのか同じくクスッと笑った。
「些細な事は重要ですよ。でも、確かに変な話の前ではちっぽけですね。笑ったら恥ずかしさなんて蚊帳の外です」
恥ずかしさでちゃんと顔を見れなかったさっきが嘘みたいだった。今なら普通に会話できそうだ。
「そろそろ給湯器が直るころかしら」
出きなさそうだ。
「もうですか? 妹さん凄いですね」
「はい。私はとても凄いのです」
いつの間にか横にいた。エガオで。
「じゃあ早くお風呂入れましょう! ありがとう楓ちゃん」
「いえいえ、姉様がいなければ私は生活できません。これぐらい出来て当然です」
葉はまた急ぎめにお風呂を入れに行く。脱衣所の扉が閉められた瞬間、ドス黒いオーラを感じる。
「兄様、今日の夕飯は共に食すことでしょう。嬉しゅうございます」
そう言うとポケットにあるスマホを見せる。『投稿しますか? YES/NO』の画面が見える。YESにタップする。タップした?!
「おいちょっと待て! 今何を投稿した?! 何をしたんだ!」
楓からスマホを奪い取ると勝ち誇った顔をして良く見てみろと言ってくる。
画面には『耳舐め(ボイス無しver)』と表示されていた。え? もしかして俺の家で撮ったやつじゃ。
「お前なんてことしてくれたんだ」
恨みを込めてクソガキを見る。ドヤ顔で煽ってくる感じの表情。
「ボイス無しなのでまだ『歌姫』だとバレてませんよ?」
「まっジッでっ! こっのっやっろっう!」
「笑笑笑笑!!! とりあえず私はお風呂に入ってくるので適当にリビングでくつろいでください。廊下の突き当りの所です」
素直にリビングに行く。歯向かうと何があるかわからん。
一人になる。先程の一部始終を思い返す。
「深緑………か」
小さな瞳に広大な表現をしたものだ。こんな経験は初めてだ。おそらく、今俺のテンションはおかしくなっている。
スマホを取り出してアプリストアからアプリをダウンロードする。らしくない、自分がするには変な事だが、作詞しようかと思った。
作詞って大変ですね。後々黒歴史ってわかっていてもタイトルに『歌姫』とある以上さけられない。




