歌姫♂は今日はバレる
第一話です! 面白かったり可愛かったり尊さをかんじたらブクマお願いします。
某動画投稿サイトに『結月晴』と言うチャンネル名で突如投稿された『歌ってみた』と言う動画は僅か1日にして百万回再生を突破した。
その曲は当時いくつもの音楽サイトランキングの一位を独占してきた人気の曲ではあったが、それでもこの再生数は『歌ってみた』としては異常だった。
前々から活動をしていた訳でもなくどこかしら、ツィィター等で宣伝したわけでもなく、いきなり投稿された動画。その歌声は美しく、可愛く、誰もを魅了するものだった。
その透き通るような美声は耳から脳へ、何の隔てもなく直に伝わり、まるで目の前で歌っているかのように。息継ぎさえも鮮明に聞こえ、耳元で囁かれているように。
始まってから終わりまで、何から何まで完璧と言われ、十本、二十本と次々に動画を出していった頃にはその人の事を『歌姫』と呼ぶようになった。
動画には顔が映らないように撮影されてはいるものの周りに映っている機材からプロなのではないかと噂、推測が出回るも誰一人として『歌姫』に結びつく人物はいなかった。それどころか「かなわない」や「教えてもらいたい」とその実力を絶賛され、中には数ある人脈を利用して探し出そうとした者までいた。
現在では五十本以上の動画が投稿されていてそのチャンネル登録者数は三百万を超え、五百万も夢ではないと鰻登りに増え続け、誰もがその『歌姫』に会ってみたいと思う。
しかし誰一人として『歌姫』である『結月晴』の正体を知らない。
「その『歌姫』は東京に住んでいるのではないかと言う噂、知ってる?」
「そんな情報は一体どこから」
「実は、秋葉にある店の機材が売れるたびにその次の動画にその機材が映っていると店員が言ってたのよ。大きな物もあるのに配達を頼まないなんて都心に住んでる人ぐらいでしょ?! もしかしたらここらへんかも!」
「なにそれ、偶然じゃない? 店を宣伝するための嘘とか」
「実はその店今日も機材が売れたから後日投稿される動画を見て確認してほしいだって。そこで映ってたらその説が濃厚じゃない?」
「確かに、確認してみよう」
「本当に住んでたらもしかしたらバッタリ合っちゃったりして。あ、お母さんに買い物頼まれてたんだった。行かなきゃ、また明日。雪見」
「ちゃんとクレープ屋に集合だよ」
「わかってる」
夕暮れ、毎日の最大の行事と言ってもいい学校は終わり、友人とも帰路で別れる。自身にとって重要な事は終わるも過度に疲れてない為に色々と考え事をしてしまう時間。
車の音がうるさくて敵わずバイト代を注ぎ込んで買った結構値の張るヘッドホンを鞄から取り出し頭に付ける。ノイズキャンセリングをオンにするも完全には雑音をシャットアウトできず午前の10時36分に聞く予定ができた音楽を聞く気にはなれない。
ああ、早く聴きたい! 今回のは自然の癒やしをテーマとした曲、自然で緑があるところで聴きたい。そうだ! 最近見つけたあの場所ならこの曲にピッタリな場所だ! あそこは町中にあるくせに自然豊かで広いし何より立入禁止の看板があるにも拘らず実は立ち入れる。人も車も来ないし近場で最高の場所! 私の探究心、我ながらあっぱれ!
音楽を聴くのに場所までこだわる何を隠そう、私は聞き専。ただ聴くだけ。そこにこだわりを持っている。他人の評価なんて聴くきっかけに過ぎない。どんなに悪く良く言われようが最終的には私の耳で決める。良い、好きだと思ったら即買ってダウンロードするし、売ってなかったら許可貰って音楽ファイルに変換して落とすし、聴くなら最低一度でも完璧に聴きたい。それは道具や気持ちだけじゃない、場所だってそう。雨の曲なら雨を見ながら、夜なら家の庭やベランダに出て。その曲の世界に入って、私以外の現実全てを切り離したい。
「なーんて」
そんな面倒くさいこと考えてるからバイト代が思ったように貯まらないんだけど。
それは置いといて目的地についた。どうして風って町中では気持ちよくないのに自然な所では気持ち良いんだろう。座る場所は……木を背に座ろう。別に濡れているわけじゃないし。
スマホをいじり某動画サイトを開き『結月晴』と表示されている再生ボタンを押す。一体どんな歌い方なんだろう。流石に公式と比べたら音質は悪く感じるのかな? これ聴き終わったら帰って宿題やらないと。その後は明日友達に負けないようにゲームをやろう。
『………スゥ』
雑念が全て消えた。雑音は既に消えていた。
前奏も無く始まったその曲は暫くの間声だけが支配していた。少し高い音程の筈なのに、妙だけど静かに感じる。誰かに向けていない、自然の中で休みながらただ歌っている。
演奏が入ると少し不満に感じた。弱すぎるから、明らかに声に負けている。でも心地よいから集中して聴きたい。でもそうすると声が……ミスかな?
「………ん?」
演奏がピタリと止まった。歌は止まらない。
「あれ?」
曲自体は公式で既に聞いているからここで止まるはずないのに……読み込んでる。通信制限かかっちゃった。と言うか、これ公式のカラオケ用音源じゃない?! あ、間違えて隣の動画をタップしてた! あれ、動画が止まっているならどうして歌声は聞こえたの?
不思議に思ってヘッドホンを外すとその歌声はさらに大きく、鮮明に聞こえた。
えええ?! この声ってまさか、『歌姫』?! どこに、あっちから聞こえる! 東京に住んでいるって噂、もしかして本当だったの?!
興奮とドキドキが荒ぶりながら声の元へ走り行く。すると目に付いたのは見慣れた制服を着た後ろ姿の誰か。こんな奇跡ある?! あの『歌姫』の正体は私の通っている学校の生徒。同い年かな!
「あ」
大きめの石ころに躓いて勢いよくで転ぶ。
痛た、そっか、ここ整備されてないから気をつけないと。あれれ? なんかズボンが見える。女子用の制服ってスカートの筈だけど。
上を見上げるとこちらを見て驚いた顔のまま固まったクラスメイト。『歌風晴夜』だった。
性別に合わない可愛らしい顔。性別に合わないか弱そうな手足。格好いい服や髪型にして初めて性別を正しく認識されそうな感じ。
私の認識が正しければ晴夜は純度100%正真正銘絶対的に……
男だ。




