第八話 『明けない夜はない』
街道の入り口までやってきたメリス率いるデスホッパー陽動部隊。
その頭上をイラが放った殲滅兵器エキゾートスの閃光が!
一閃!
夜空を昼間のように明るく照らし、平原の遥か先で爆炎があがった。
すると光源で“蝗害”の姿がはっきりと映し出される。
その数はあまりにも増えすぎていて、もはや一目で数えることができないほど広範囲に広がっていた・・・
どんな火器であってもこの範囲全てを焼き尽くすのは絶対に不可能だ。
迫り来る恐怖を眺め呆然と立ち尽くすパブロたちに、メリスは指示を出した。
「みなさんは、加工されたありったけの『フラクタル鉱石』を集めてください!」
「フラクタルを?」
「どんな小さいものでもいいです!かき集めてください!」
『フラクタル鉱石』とは、この世界の重要な動力資源で、ホバーバイクの燃料やモバイルバッテリーなどにも応用されている。
『フラクタル鉱石』は『エレメンタル』によって元素変換され、膨大なエネルギーを発生させることができる触媒鉱石なのだ。
パブロたちは街中の家や建物、ありとあらゆる場所からフラクタル鉱石を集めた。しかしこの高価な鉱石はなかなか集めることが出来ない。
それでもなんとかかき集め、それなりにまとまった数のフラクタルを集めることができた。
「ご苦労様です!後は、私に任せてください!」
「メリスさんひとりで行かれるんですか?」
「大丈夫心配しないでください。みなさんは巻き込まれないように城に避難してください」
メリスはひとり、荷台にフラクタル鉱石を積んだトラックに乗り込むと、デスホッパーの群れに向かって走り出した。
先ほどの攻撃で『エレメンタルバースト』を起こしたデスホッパーは『水』そのものに変換され、街道へ一気に降り注ぎ大雨の後のような状態になっていた。
群れの手前でメリスはトラックを止めると、街道に溜まったデスホッパーの『水』を含んだ泥を、荷台の『フラクタル鉱石』にかけた。
するとたちまち蒸気が発生しはじめた!
『エレメンタル』反応を人工的に発生させたのだ。
ヴィィィィ!!ヴィィィィ!!ヴィィィィ!!
エレメンタルに反応したデスホッパーが一気にメリスに向かって襲いかかる!
自分が犠牲になる。
これ以上の策はないとメリスは初めから覚悟を決めていたのだ。
「メリスさん!こっちだ!こっち!」
パブロがクワを振り回しながらやってくる。
「なぜ来たんですか!」
「そりゃ来るでしょう。忘れたんですか?昨日ミッソヌードル奢ってもらった借りを返してませんよ」
メリスは泣きそうになる気持ちをぐっと抑え、今はこの人を絶対に生きて家族の元に返さないとダメだ!そう心に決めてグッと拳を握った。
「絶対に戻りましょう!」
「ええ、一緒に戻りましょう!」
二人は街道の側にある農機具小屋に駆け込んだ。
しかしあたりには猛烈な数のデスホッパーたちが飛びかっている・・・。
そのころ魔王城では、アンとイラがお互いを見つめ考えていた。
『0』のボクが、いまできることをやるんだ!
『0』のオレが、いまできることはなんだ?
炎壁の中で“こいつ”をみつけてから、
たぶん、オレのモノが“こいつ”の中にあるはずだ。
たぶん、ボクの中に“このひと”のモノがあるはずだ!
いま渡さないと全部だめになる!
まるで引き寄せられるように、アンはイラのもとに飛び込んだ・・・。
わからない。
なぜそうしようと思ったのか『ボクにも』『オレにも』わからない。
ただそうすることでしか、始まらなかったから。
飛び込んできたアンを抱きとめるイラ。
そして・・・
二人は唇を重ねる!
アンの赤く染まった髪色が徐々に薄くなっていく
フラクタルの渦模様にイラの背中が押し当てられた!
ピキィーー
高周波の音が限界を超え『音』が消える。
先端から放たれた『光』は高密度に圧縮された塊となって、広範囲に広がる“蝗害”を一瞬で殲滅してしまった。大気中で誘爆しながら消滅していくデスホッパー。その全てを消しとばした『光』は、カンタローザー国境沿いにある山脈の上部を綺麗に削り取りながら遥か彼方へと突き抜けていった。
イラの腕からアンが解放される。
アンの髪はすっかり元の白銀色に戻っていた。
「わるかったな・・・」
「いや、すいません・・・」
「おま・・・。いや、ア・・・」
「イラ様!あれを・・・」
二人はロキの声で我にかえると指差す方向を見つめた。
するとエルデネ街道に巨大な水の壁が出現している。
殲滅された膨大な数のデスホッパーが同時に『エレメンタルバースト』を起こし『水』元素へと変換されてしまったせいで、途方もない量の水が空から滝のように落ちている。それはまるで街道の先に出来た大きな『水壁』。
「メリスさんとパブロさんが!」
「行くぞ!」
「はい!」
ホバーバイクに飛び乗ると二人は街を全速力ですり抜けていく。
途中、すれ違った農夫たちにメリスとパブロは街道沿いの小屋にいるはずだと教えてもらい先を急いだ。
しかしその頃、メリスとパブロが隠れていた農機具小屋はすでに、落下してきた水壁が濁流となって押し流されていた。
二人は、農機具小屋にあった籾殻袋を浮き輪にして、なんとか命を繋いでいる状況だった。
「絶対に死なせません!最後まで生きぬくことを考えるんです!」
「チカ・・・娘に、チカにいいとこみせ・・・ない・・・と」
パブロが力尽きて一気に重さが増す。
メリスの体力も限界だった。
こんな時なのにメリスはギルモイ教官の“魔管坂”を思い出す。
くだらない思い出・・・
そう!このまま力を抜けば肥溜めに落ちてしまう!
後少しで、絶対に!絶対に!水の勢いが弱まるはず・・・ぜったい・・・い・・・い・・・に・・・
濁流の水の底に飲み込まれていく、メリスとパブロ・・・
街道に到着したイラとアンは、濁流の勢いに息を呑んだ。
「メリスは絶対に諦めてないはずだ、なにか、なにか目印があるはずだ!」
アンは濁流に流されていく籾殻袋を発見する。
「あれだけ浮いてます!わからないですけど、たぶんあれです!!」
言うや否やアンはホバーバイクから濁流の中へ飛び込んだ!
「アン!!!!」
濁流の渦に飲み込まれていくアン。
何も見えない・・・
必死にもがき手を伸ばすと・・・
なにかが触れた!
パブロを抱えたメリスの体だ。
離すもんか・・・
けど、意識が失われていく・・・
だめだ・・・
そう諦めかけたとき、またボクの中に“あのひと”の“なにか”が流れてきた・・・。
後を追って飛び込んだイラがアンをつかんでいた!
その瞬間。
ドォォォォォォォォォォォオォォォォオォォン!!!
水蒸気爆発が全てを吹き飛ばす!
イラの火属性エレメンタルがアンに流れ込み周囲の水属性エレメンタルを一瞬にして気化させた。
崩壊していく元素。
今までそこにあった『水』の全てが消えてしまった・・・。
爆風で投げ飛ばされた四人は、運よくふかふかの穀倉地の藁の上に落ちる。
そして、夜が明けた・・・。
気づくとエルデネのみんなが、ボクたちの無事を確かめようとのぞき込んでいた。チカちゃんもパブロさんに会えて泣いている。無事でよかった・・・。
みんなで見る朝日がこんなにも気持ちのいいものだったなんて思わなかった。
でも、眠いからもうちょっとだけ寝させてください・・・このまま・・・
ぐー・・・・ぐ・・・・
「おい、おきろ」
「ボク寝てます」
「返事してるだろ。・・・アン」
「ようやく、名前で呼んでくれましたね。ボクの名前はアンですから」
「ははは・・・」
「選挙でますか?」
「あぁ、出るよ。出ないと格好つかねぇだろ。だから、選挙・・・でるよ」
アンはイラのその返事を聞かないまま寝てしまった。
その日の午後・・・
各国魔王の『出馬宣言書』を魔界選挙管理委員会本部が受け取ったことにより、『七魔王の総選挙』が開幕する運びとなった。
エルデネによる殲滅兵器使用の件が、隣国への敵対行為でないという証明のために奔走することになるのは少し後の話である・・・。