こんなやつと働きたくないだけど。
「じゃ…、それで」
自分の名前が思い出せないから、諦めて、不承不承ながらもそう呼ばれることにした
これ以上思い出そうとすると気が狂いそうだ。
自分はこんな状況なのに未廻下は何事もないかのように、それも正に、僕と雑談をしているかのような、なんともない表情をしている。
相手からしたら対岸の火事だろう。
「前に戻るから、優しく教えてあげてね、リッピ」
と斧崎さんが言い捨てながらカウンターの方に向かった。
優しく教える…、か。
それは本人次第だと思う。
一応、仕事だから教えるのは教えるが。
相手の態度が悪くても優しく教えれるほどの寛大な心は持ち合わせていない。
今、目の前にいる女の図々しい態度のせいで教える気すら損なえ兼ねない状態だ。
っていうか、いまだにこの状況に頭の整理がつかない。
女と一緒に働くことになったこと。
自分の名前が思い出せないこと。
「で、私は何すれば良い?」
そもそも、年の近い女とほぼ接点がないし、避けて、関わらないようにしている僕がどう教えろって言うんだ。
「ねえ、聞いてる?」
あと、なんで自分の名前が思い出せないだ。
自分に名前があることはわかっているのに…。
ありえない、何かがおかしい。
それとも、自分がおかしい?
くっそ、わからねぇっ。
「おい、無視すんな!」
「あっ、うるせぇ!」
なんだこいつ、急に俺の耳元に叫んできた。
わかった。いや、わからねぇ。何かがおかしいのか、自分がおかしいのか、わからんけど、こいつだけは絶対におかしい。ということが今わかった。
「自業自得。何回も呼んでるのに無視するから」
いつの間にか俺の右に立っている女から一歩下がっていると変な出任せを言われた。
「無視してねぇ。大体お前、いい加減敬語を使ったらどうだ。一応俺、先輩なんだぞ?」
「あんたさぁ、後輩を放っといて、よくも〝先輩なんだぞ〟とか言いえるね。それでいいんですか。先輩?」
うっわ、腹立つっぅ。
マジでなんだこいつ。俺、こいつになんかしたっけ。
生意気にも程がある。
ここは喝を入れないと、こいつはもっと調子に乗るだろう。
「お前、いい加減に…!」
「そんなことより。あれ、作らなくていいの?」
呵責をしようとしていた自分の言葉を遮って、俺の後ろ上を指さす生意気で鬱陶しい女。
その指の差している方に目を向けると。
それは、厨房にある、カウンターやドライブスルーから受けた注文を表示するモニターだった。
そこには既に三つの注文が表示していた。
注文を表示するときに音が鳴るはずなんだが、態度が大きい誰かさんに気を取られていたせいで耳に入らなかったのだろう。
「あっ、ヤッベ!」