感覚の正体
気づけばリッピは焦って私にスケジュールのサインの仕方を教えはじめる。
それには早く私の頼み事を終わらせてこの場を去ろうとする意志が見え見え。
一応焦燥の理由を訊くが私に答えず、スタッフルームから立ち去ろうとする。
それを阻止するため彼の腕をつかむ。
どうやら情報の整理に夢中になりすぎた。
「君たち仲が良いね?」
後ろから声がした私が帰したはずの人形の声。
「「斧崎さんまだ居たんですか⁉」」
私とリッピの声がシンクロする。
しかし、私と違う意味で驚いている。
恐らくリッピがこの状況で自分を助けられる人間を強く想像したのだろう。
人形は基本、現実世界を再現している。
それにより、前触れもなく現れることはない。
しかし、ここはリッピの脳に繋がれた記憶でできた世界。
彼があり得ると思えば、強く信じればそのようになることは十分にあり得る。
「ひどいなぁ、俺は先から居たよ。気づかなかった?」
「全然気づきませんでした。てっきり、もう帰ったのかと」
ここは自然を装わないと。
「いや、帰りたくてもまだ仕事が残ってるから」
「多忙で大変ですね」
「そうなんよ。深夜から働いてるから、もう眠くて」
斧崎が欠伸をする。
斧崎が現れたのは良いとして何故リッピを助けない?
「おい、マジで、放せ!」
気づけばリッピは私の掴んでいる手から逃れようとして強く引っ張っている。
斧崎はどうやら私の気を引くために一時的に現れただけかもしれない。
その間に逃れられると思ったのかな?
「おい! 放せって、このおとこ女!!」
「はっ…?」
おとこ女と言われてなんだか手にもっと力が入った。
彼は痛がっているが気にしない。
私は何をしている?
こんなことしてはならないと分かっているのにどうして?
すべてがどうでも良くなる。
今まで彼に「おとこ女」と呼ばれたことは何度もある。
今まではそう言われてミスはバグの逃しが増しただけだった。
しかし、今はまるで…。
「今、なんって?」
「あのー、未廻下さん? 許して…」
許さない…。
「ねぇ、今、なんって言ったの?」
ダメだこれを抑えないと。
彼は斧崎に助けを求めるが、彼の中の斧崎はこの状況に弱いらしい。
適当な理由をつけてスタッフルームを去った。
「私がおとこ女だっと言う件について詳しく聞こうじゃない?」
どういう意図で私のことを「おとこ女」と呼んだのか訊きたくなって訊いてみた。
だが、余りの私への恐怖に彼は気絶した。
「私、なんてことを…」
リッピを椅子に座らせてテーブルで伏せた状態にして今起こったことを整理してみる。
彼が気絶すると本来現実で目が覚める。
世界が自発的に無意識状態になっていないことを察知して患者を起こす。
しかし、どうやら世界は気絶も自発的な眠りだと勘違いしているようだ。
先まで私を支配していた感覚が治まった。
私のメモリーに保管している感覚の意味を模索する。
「外部の刺激が、脳の中枢に達して起こる現象か」
私に関しているように思えない。
何故なら…。
『何故なら貴様は人間ではないからだ』
スタッフルームにある携帯から声が響く。
その声には危機を感じる聞き覚えのある声だった。
どうやら私の思索は口に出ていたようだ。
『混乱しているようだが安心しろ。貴様に特別ななにかが芽生えた訳ではない』
どうやらソレはこのリセットワールドで力が増しているようだ。
コマンドに誤作動をさせるだけではなく。
機器を操作するようになっている。
そしてどうやら私の「変化」についてなにかを知っている。
『それは元から貴様に備われていたものだ。ただ作動していなかっただけ。どうやら貴様を作った人間は貴様らをより人間のことを理解し、人間らしくさせようとした。だが、所詮作り物。完璧ではない。だからそれを除外した』
ソレの言うことは筋が通る。だが…。
「感覚とういうものはゼロから作り出せるものではない作動させるには条件が必要なはずでは?」
私は固定電話に話しかける。
『ンハハハハ!作り物なのにそこらの人間より賢い。いや、違う、作り物だからなのか。ああ、その通り貴様はこの作られた世界の一部、そしてこの世界はその人間の脳に繋がっている。そして貴様も人間の記憶の一部。共有させているのだよ。彼の今までの感覚の記憶を貴様に』
つまり、私が感じた熱や痛みは彼が感じたことのあるものだということになる。
『貴様ならそれがどういう意味かわかるよな?』
その設定が除外された理由は想像できる。
私の本当の目的は彼を守ること。
痛覚があったら邪魔になるし、なにより。
「私の弱点が増える…」




