自分の名前が思い出せない。ってそんことあるか?
「この子、厨房で働くからよろしくね」
はっ⁉︎
そういえばよく見たら、厨房用のエプロンをつけている。
「あんた、名前は?」
あんた…。
なんだこのおとこ女は?
礼儀というものを知らないのか?
よく面接を通してもらえたな、おい。
これだから女は。多分、今までで会って来た女の中で一番質が悪いかもしれない。
初めて見た時にちょっと可愛いかも。と思った自分を殴りたい。
「そういえば君、名前無いだったよね」
なんか、斧崎さんが急にボケてきた。
「いじるのも程々にしてあげてくださいよ斧崎さん。名前があるに決まっているじゃないですか」
斧崎さんには敬語使うんだな。
初対面なのに僕はもう既に嫌われてるのか。
なんで…?
今まであってきた女子には確かにキモい。とか、死ね。とかいろいろ罵られてきたし嫌われてたが、初対面でこんな冷淡な態度されるのは初めてだ。
まあ、良い。
とりあえず名乗るか。
「僕は…、あれ?」
自分の名前が思い出せない。
なんでだ⁉︎
「は、違う、かず、これも違う」
焦って自分の名前を思い出そうとする。
春木とか、和輝とか、頭の中で浮かんできたが、間違っている気がしなくもないが、なぜか、そうやって呼ばれたくない。
「あんた、本当に名前がないの?」
未廻下と名乗った女が聞いてくる。
「そんな訳ないだろ、なぜか思い出せないんだよ!」
本来だったら年下であっても女とできるだけ問題を避けるために敬語を使うが、この女に敬語を使うのがバカバカしくなったのと、こんなときに相手に気遣っていられるほど精神状態は安定していない。
出てきそうで出てこない自分の名前。
本当に不愉快で狂いそうな気分だ。
自分の名前が思い出せないということがあるのだろうか。
と思いながら、今のこのありえない現状に恐怖さえ覚えてしまう。
そんな僕に未廻下が。
「名前がないと不便だから、カズマって呼んで良い?」
「拒む」
「じゃ、スバル」
「却下」
何故か僕に名前を付けようとする。
提案された名前は明らかに自分に合わないし、それが自分の名前じゃないことははっきりとわかっている。
しかし、出された名前は聞いたことがない訳ではない。
出された名前は自分が読んだことがある二つの別のラノベの主人公の名前だ。
まあ、たまたまだろう。
「そしたら…、リッピでどう?」
リッピ。というふざけたような名前に何故かピンッと来た。
これが自分の名前なのだろうか。
違う気がするが、間違っている気がしない。なんだろう、この複雑な気分は。