初期確認
この子、厨房で働くからよろしくね」
と斧崎が言うと目の前の彼が目を見開いた。毎回同じ反応。
1144回も繰り返した世界の中で彼の行動パターンも計算している。
最初は彼に現状の説明を行っても信じてもらえないどころか、私のことを敵として認識するようになった。
私は彼の記憶から創られたこの世界のあらゆる層から情報を集め最適な接触方法を身に付けた。
それは、彼が私の姿から求めるものであった。
「あんた、名前は?」
私が尋ねると彼は少し顔をしかめる。
他の対応も試みたこともある。
しかし、この1144回の中で、彼が私に関心を抱く唯一の対応がこれしかない。
「そう言えば君、名前無いだったよね」
斧崎が彼に向かって言った。
世界がリセットされると彼本人が自分の名前を認知しないと人形たちも彼の名前を認知できない。
だが、人形から彼に向ってそれに触れることは今まで無かった。
この斧崎人形はバグなのかもしれない。
「僕は…、あれ?」
彼は混乱をし始める。
恐らく自分の名前をうまく認知できていない。
「は、違う、かず、これも違う」
自分の名前に近い音韻が一時的に自分の名前だと思い込むことがある。
「あんた、本当に名前がないの?」
「そんな訳ないだろ、なぜか思い出せないんだよ!」
私の質問に彼は荒い口調で答える。
あともう一つ彼の認知能力を確認しないといけない。
それは架空世界の人物と自分自身に相違があるか否か。
「名前がないと不便だから、カズマって呼んで良い?」
「拒む」
「じゃ、スバル」
「却下」
認知には問題ないようだ。
時には彼が感情移入した架空の人物の話しと彼自身の話しが混合することもあるからこれは必須の確認。
あとは彼が最初にそう呼ぶように依頼したあだ名を認知させることに成功すれば…。
「そしたら…、リッピでどう?」
彼は少し首をかしげ、顔を引き攣らせる。
ここまで来たら失敗はしないが、油断は禁物。
「じゃ…、それで」
初期確認完了。
あとは彼が私に違和感を覚えないように行動をするのみ。
「前に戻るから、優しく教えてね、リッピ。」
人形も彼の名前を認知している。
順風満帆とはこのことだと思う。
「で私は何をすれば良い?」
リッピはなにかを呟いているが、私の質問に答える気配はない。
「ねえ、聞いてる?」
自分の名前に関してぶつぶつなにかを唱えっているがこうなるのも計算の内。
「おい、無視すんな!」
「あっ、うるせぇ!」
リセット500回目(前回を除いて)からずっと同じ流れ。
記憶を失っている彼のほうが精神は安定している。
私の視界の右下に『患者ニックネーム「リッピ」』と書かれている。
その下に『san値80%』彼の正気度を示している。
「自業自得。何回も呼んでるのに無視するから」
私がそういうとsan値が82%にあがる。
それと裏腹に彼はひどく顔をしかめ。
「無視してねぇ。大体お前、いい加減敬語を使ったらどうだ。一応俺、先輩なんだぞ?」
「あんたさぁ、後輩を放っといて、よくも“先輩なんだぞ”とか言えるね。それでいいんですか。先輩?」
san値78%。
やり過ぎたかもしれない。
リッピは怒りを表情で露わにする。
「お前、いい加減に…!」
このままだと危ない。
怒りが増すに連れ正気度も減っていく。
彼の精神の安定度を増すつもりで別の台詞を試みるがどうやら逆効果だった。
とりあえず彼の注意を別の方向に…。
そう思っていると目の前に注文のモニターが目に入る。
私はこの世界の一部である。
なんでも出来る訳ではないが、これくらいは。
こっそり世界にコマンドを送る。
それは、彼の記憶から店舗が繁盛している時の記憶を再現するようにと送信する。
『記憶再生』というコマンドが受信されると注文モニターが反応を示す。
「そんなより。あれ、作らなくていいの?」
「あっ、ヤッベ!」
私がモニターの方を指さすとリッピは私を責めるモードから注文を作るモードに切り替えたようだ。




