現という名の奈落
騒々しい…。
大人数の子供の声が聞こえる。
僕はある建物の近くにいる。
どこか見覚えのある風景。
僕は喧騒の方へ歩くと、そこに広々としたグラウンドがあった。
子供達が走ったり、サッカーしたり、やっていることがそれぞれだ。
よく見ると、ここは学校のようだ。
「僕は、どうしてここに…?」
ここに来るまでの経緯が思い出せない。
近くに校舎への入り口があった。
大きな下駄箱の列が四つある。
左から順、上に四年生、五年生、六年生と書いてある張り紙がある。
ここは小学校なのだろうか?
そう思いながらも既視感が拭えない。
とりあえず靴を脱いで校舎に入ることにした。
すぐ二階に上がる階段を目にする。
左に続く廊下もあるが、何かが階段を登るように言っている気がする。
二階に上がると、右と左に続く廊下がある。
そして、三階への階段。
またしても、「登れ」と心の中で声が響く。
三階に上がると、左右に廊下がある。
今度は「左」と声が命令する。
左に曲がってしばらく歩いていると、誰かの声が一つの教室から響いた。
扉の上に「六年三組」と書いてある。
扉を開けてみると、何人かの子供が机に座っている。
殆どが外で遊んでいるのか、空いている席が多い。
しかし、教室にいる生徒の顔には黒い靄がかかっていてどんな表情しているのか確認できない。
その中で、二人だけ靄にかかっていないどころか、見た瞬間に誰なのか認識できた。
教室の真ん中の一番後ろにいるのは…。
僕自身だった。
そう、僕がもう一人いる。
小学生の僕である。
「おい、オトコ女!」
「うるさい! 話しかけるなっ。死ねばいいのに…」
もう一人は女の子で、後ろの席の小学生の僕にちょっかいをかけられている。
僕はその子を知っている。
名前は…。
※※※
視界が真っ暗になる。
目を開ければ閉じている時と大差はない。
周りも真っ暗だ。
しかし、木が伐採されたと思われるところから僅かに光が差している。
それで、直ぐに気づいた。
ここはどこなのか。
どういうところなのか。
僕は立ち上がり、直ぐに走り出した。
体が少し浮いているような感覚がする。
踏んでいる地面は直ぐに崩れそう。
ここは「現実じゃない」からなのだろう。
それでも走った。
あの子と一緒に来た道を。あの子を捜しながら走り続けた。
そうやって錦帯橋まで辿り着いた。
周りには誰もいない。
僕でさえも「此処」にはいない。
あるのは僕の中にある焦燥感のみである。
「ここには…、いない…」
後ろから無機質な声がした。
振り返ると、見知らぬ男が佇んでいた。
その男は虚な目をしながら。
「戻れ」と言った。
この男も「此処」にはいない人間。
だから直ぐに従った。
再び同じ道を走った。
だが、今度は人がいた。
ずっとある方向を指差している。
僕はその方向へ走った。
そして、また一人、また一人とここまで辿り着いた。
目の前には錆びた白い鳥居がある。
右には「白山比佯神社」と縦に書いてある看板がある。
ここまでは街灯で少し明るいが、鳥居の奥は暗く、何も見えない。
僕は覚えている。なぜ今まで忘れていたのだろう?
忘れる訳ないのに。直ぐ近くにいたのに…。
同じ中学校に通っても、教室は別で、その上、引っ越してしまった。何も言わずに…。
またいつか直ぐ会えるなんて、根拠のない確信で遠くへ行ってしまった。
未だに後悔している…。
何年経っても君のことは忘れられなかった。
君も「此処」にいないことはわかっている。
わかっている…。けど、せめて「此処」で言わせてくれ!
今更暗闇なんて怯えてはいられない!
僕は三段しかない階段を上がって、鳥居を後にした。
そして、そこに彼女がいた。
後ろ姿だけで直ぐにわかった。
「嶺下 ゆい! 僕は君のことが…!」
言葉を言い終わる前に僕は宙に浮いた。
スマホのアラームが鳴り響く。
目が覚めると、そこは見慣れた天井、見慣れた部屋。
ただそれは、少しだけ霞んで見える。
枕元から鳴っている不愉快な音を止め、次いでに時間を確認する。
時刻は午前5時。
「クソ!」
僕はソファーという名のベッドのクションに拳を叩きつけた。
結局、また言えなかった…。
もう、何回目なのかわからない。
シチュエーションが違くても、パターンは一緒だ。
毎回捜しているか、追いかけているかだ。
そして毎回、見つかりそうな時や、追いつけそうな時に目が覚める。
今度のは妙に長かった上に内容ははっきり覚えている。
たまに思う…、忘れた方が幸せかも知れないと。
でも、忘れられないからこうやって毎晩君と出会ってしまうのだろう。
もう数分寝ようと思ったが、もう眠れそうにない。
とりあえず立ち上がって、洗面所で顔を洗おう。
洗面所に向かおうとしていると、少し体がフラつき、転倒しそうになった。
しかし、眼鏡をかけていないせいで、足場を踏みはずし、バランスを崩した。
キッチンとリビングを別ける薄い壁の角に額が激突しそうになるのを阻止しようと右腕を突き出した。
しかし、眼鏡をかけていないせいで、壁ではなく空気を押さえてしまった。
額が壁の角に衝突する。
「イッテー…」
僕は床に蹲って頭を押さえる。
あの時は「夢」の中だったから痛みを感じなかったのだろう。
もう、僕は何に対して涙を流しているのだろう?
とにかく今は、産まれてきたことを恨むほどの激痛を感じていた…。




