空に消えた打ち上げ花火
そして、未廻下はまた歩き始めた。
先から僕の中にあるこの虚しさと昂る心臓の鼓動の正体には心当たりがある。
だが、認めたくない。
この僕が現実の女に恋をするとは…。
よりによってコイツに?
しかも、浴衣姿を見ただけだぞ?
僕って…、こんなにチョロかったけ?
「おい、置いて行くよー」
五メートル先で未廻下は僕に声をかけた。
錦帯橋の少し盛り上がったところで僕を見下ろしている。
考えに耽って、いつの間にか僕たちの間に少しの間隔ができた。
たったの五メートル。
なのに、いくら走っても手を伸ばしても届かない。遥か遠くにいるような錯覚。
僕には見上げることしかできないのだろうか…?
錦帯橋を渡り切ると、目の前に人集りができていた。
無理もないことだ。何せ、百種類以上の風味のアイスクリームを売る店は他にはないからだ。
よくある味から、いや、こんなのアイスにしていいのか? と思うようなのまで売っている。
買いに来る人は好奇心からだったり、テレビで取材されていたから遠くまで来たりする人だっている。
「暇人ばっかだ…」
正直、目の前にいる奴らの気持ちは理解できない。
僕だったら家でゴロゴロラノベを読んでいる。
よく見るとカメラを片手に持って、自分自身に向けて歩き回っている奴がいる。
「皆さん見てください‼︎ 納豆ですよ! 納豆味のアイスクリームです!」
アイスクリームに全く興味がないと言うわけではない。むしろ好きな方だ。
だが、あの中に混じりたいとは微塵も思わない。
視界の右上に白く輝く建物が見える。
それは山の上に建てられている、岩国城という建物だ。
あれもこの市の名スポットである。
僕は行ったことがないから何があるかはわからないし、行こうとも思わないが、夜に輝くそれは美しいと思った。
興味がないはずなのになぜだろう?
気づいたら、少し前にいる未廻下の近くに二人の女の子が集まっていた。
よく見ると、同じクラスの女子だった。
その中の一人が僕の存在に気づく。
「リッピ君、唯ちゃんと一緒に来てるのってホント⁉︎」
と少し扇情的なオレンジ色の浴衣姿の細田さんが尋ねてきた。
いや、細田さんが着ているから浴衣が扇情的に感じるだけなのかも知れない。
細田さん、とにかくそんなキラキラした目で僕を見つめないでくれ…。
っていうか、距離が近い。
その隣で赤色の浴衣姿の松浦が僕を睨んで、目が合うと舌打ちをした。
「チーナ、早く行っこ」
松浦は細田さんの腕を引っ張って、二人ともは錦帯橋の方へ去って行った。
「待って! 私まだ聞きたいことが…!」
未廻下は一つの屋台を見つめて指を差した。
「あのコロッケ屋にあまり人がいないから、買うけど、一個いる?」
と未廻下が僕に尋ねた。
正直にいうとお腹が少し空いている。
でもやっぱり女子に奢られるのは少し気が引く。
今更何を気にしているだろうな、僕は…。
「いいよ、腹減ってな…、グッゥルルル…」
コロッケを遠慮しようと思ったら、腹が勝手に自我を持って主張をした。
「二人分買ってくるから、そこのベンチで待ってて」
その意味は未廻下にしっかり伝わったようだ。
未廻下は僕に有無言わさず、列に並んだ。
畜生! どうやら僕の脳と腹は連携していない。
脳は腹より騙され易いというが、その代わり腹は空気を読むのは苦手なようだ。
僕はとりあえず一番近くのベンチに座ることにした。
ベンチに腰をかけて少しため息を吐く。
なぜかはわからんが、少し疲れた。
周りを見渡すとやっぱり人が多い。
僕が座ってる後ろに誰かの声が聞こえる。
振り返ってみると、どうやら外国人が像の写真を撮っているようだ。
僕が座っているベンチの床は石造りで人や車が通れる道になっている。
後ろにいる外国人カップルは草が生えている床に立ている。
彼らが撮っている写真の像は侍の像なのだろうか?
像が立ている石の下には「吉川広嘉公像」と書いてある。
さすがは外国人カップル、人目も憚らずに抱き合ったり、キスしたりしている。
チッ、リア充が…。
なぜだろう? 彼らを見ていると忌々しいというより、少し羨ましい気がする。
あんなに幸せそうで…、あれ?
一瞬、脳裏に何かの映像が映った気がした。誰かの姿だった。記憶なのか?
しかし、それはぼんやりとしていて、いつ、どこでの記憶なのか思い出せない。
見えたのは誰かのシルエットだけ。
思い出せないことに正体不明の焦燥感を感じる。
誰だ? 思い出さなきゃ。誰なんだ…。
「どうしたの?」
頭を抱えていると、誰かに声をかけられた。未廻下だった。
「ほら、買ってきたよ」
と言いながら僕に、半分紙に包まれたコロッケを差し出す。
それをもらうと、未廻下は僕の隣に座る。
未廻下…、未廻下…、ミネシタ…。
「今、私の名前呼んだ?」
未廻下はコロッケを一口を食べようとしていたところ、急に僕の方に顔を向けって尋ねてきた。
なんだか懐かしい感じがする。
「なぜかはわからないけど…、未廻下とはもっと前から出会っている気がする。これって…、デジャヴってやつかな?」
「・・・」
わずかに未廻下は驚いたような表情をした気がする。
って、冷静になると僕めっちゃ恥ずかしいこと言ってる。
「あっ、ご、ごめん変なこと言って…」
未廻下の顔をガン見していた。
恥ずかしくなって反対方向に顔をそらしてしまった。
何言ってんだろう僕はー! 今日の僕は本当に色々おかしい。
さすがに、未廻下も引いているだろうなぁ。恐る恐る未廻下の表情を伺ってみる。
ってあれ? いない…。
先まで隣にいた未廻下がいなくなっている。
「何してるの? 早く行くよ」
反対側から声がした。
未廻下だった。
あれ? いつの間に…?
僕はとりあえず立ち上がり。
「どこに行くの?」
「いいから、ついて来て」
と未廻下が真面目なトーンで答える。
未廻下は振り返って歩き始めた。
僕はとりあえずついていくことにした。
しばらく歩くとあまり人気のない広場に出た。
周りにはよくわからない構造物と草原に木が生えている。
それでも未廻下は歩幅を縮めることなく歩き続ける。
たまにチラッと後ろを向いてくるのはなんでだろう?
それから歩いて二分。
急に住宅がある場所に出たと思ったら、ある看板があるところについた。
周りには誰もいない。
それどころか、暗いし、看板の後ろには森がある。
見た感じ、山なんだが、ここで何しに来ているんだ、僕たちは?
未廻下は歩き続ける。
そして灯りなしで柵だけでできた道の方へなんの躊躇なく進む。
コイツには危機感というものはないのか?
僕はさすがにスマホを取り出して、ライト機能で先にある奇妙な山みちを照らして未廻下の後を追った。
少し歩くとある看板を見つけた。
看板というより、柵に細板をつけてそこに「ひぐらしの道」と書いてあって、その下に薄く、「吉香公園」と書いてある。
左に光を照らすと上に向かう石の階段がある。
その先はよく見えない。
「どうしたの?」
右の道から声がして体が小刻みに震えた。
声の主が未廻下だと知って一安心。
別に怖いってわけではない。
ただ、猪が出そうで危ないなぁ。としか思ってない。うん…。
幽霊とか実在しないもん。だから、怖いものなんてない。
茂みからカサカサ、という音が聞こえて、未廻下が猪に襲われるかも知れないから走って未廻下の方に向かった。
補足するが、怖いっという訳ではないから!
もう少し歩くと左に石碑が四つくらいあるところに出た。
一体、どうしてこんなところに?
未廻下の方を向くと未廻下はある方向に向かっていた。
木が伐採されたと思われる所から小さな景色が広がっていた。
少し眺めていると、ビュー、ドッカーンという音とともに空に花が咲いた。
未廻下はこのためにここまで連れて来たのか?
この場所はあらかじめ調べたりしたのだろうか?
いや、もとから知っていたのだろう。
正直に言おう。僕は別のことを期待していた。
それはそうだろ? こんな人気のないところに女の子が詳しいことを何も言わず「ついて来い」と言われたら少しはするだろうよ。っていうか、絶対にする。
まあ…、これはこれでいい気がする。
花火が綺麗だ。
ドッサ!
僕がこの瞬間を楽しもうとしていると、その音が響いた。
胸に少しの重みを感じて、見下ろしてみると未廻下の頭と思わしきものがそこにあった。
えっ…。どいう状況?
僕は抱きしめられているのか?
い、いや、確かに期待していた。
期待していたけれども! 心の準備をしているとは一言も言っていない!
えっ、この場合はどうすればいいの?
と、とりあえず頭を撫でる? いや、僕は抱きしめられているから、だけ締め返すのが正解なのでは?
迷っていると未廻下は僕から三歩後ろに下がった。
あっー! 僕のバカー! なんで何もしなかったんだよぉ〜!
「あ〜、そっか…、そういえばペインメーターはゼロのままだったけ?」
未廻下が何かを呟いた。
「えっ、今なんって?」
「10パーセント…」
「グッ…」
腹に針が刺さったような痛みがした。
腹を両手で抑えようとしたら、何か長いものに阻まれた。
暗闇に目が慣れてきて、よく見ると…。
そこには信じがたいものがあった。
僕は自分の目を疑った。
だって、ありえない…。
そうだ、まだ目が十分暗闇に慣れていないからだ。
そうだよ…。だって、だって…。腹にナイフが刺さってるなんて…、絶対にありえない!
「30パーセント…」
「グッゥゥ…」
僕は床に膝をついた。
痛い、痛い、なんでだ…?
ナイフのシルエットしか見えないが、周りから血の匂いが充満している。
手の感触からも感じる生温かいドロっとした液体。
「60パーセント…!」
「グッア…!」
僕は床に横になった。
もう、頭が回らない。
これは夢だと願うしかない。
「滑稽だなぁ…。記憶も全部消されて、何も思い出さず死ぬなんて…。そう思わないか?」
僕を刺さった相手だと思われる声がそういう。
「どう、して…?」
「大変だったんだよ? 貴様のプロテクターは思ったより優秀で手こずった。これでもう終わりだ」
「何、グッ、言ってるかわからない」
「貴様に提案がある。それを飲むか、飲まないかで、貴様のい…、ち…、けるよ」
相手の声はが響きどんどん遠くなっていく。そうやって僕は痛みと共に眠りについた。
花火の音だけ、妙にうるさかった気がした。
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