歪な世界の真相
『最強』織田正樹と会った後、ごちゃごちゃした頭を整理するために、圭は近くにあった個室付きのカフェに入りしばらく顔を天井に向けたまま固まっていた。
「『勇者』ね。……そういや勇者ってオーダって名乗ってたわ」
向こうの世界では、決まって勇者は転生者だ。
神話時代はその世界の人間を選んでいたのだが、神の力がどうたらで転生者を別世界から呼び寄せることにしたらしい。物知り師匠に聞いたところ、毎回毎回、青二才のような人が勇者の役目を担うとのことだ。
ケインも見たことはある。
魔女の塔から卒業し魔術学院へ強制入学させられた時だった。
当時、異世界中の国々はこぞって魔女の弟子を囲い込もうとしていた。ケインを含め、魔女の弟子は文武共に優秀な人ばかりで、場合によってはその時の世界情勢を変えかねない人もいた。
弟子たちは一定の年齢になると魔女の住む塔から追い出されるのだが、たまに行き先を指定される。
魔女……、正しくはこう言うべきであろう。
異世界での『記憶』ミモザは、なんのつもりかは分からなかったが、圭を世界で最も優秀だと謳われていた魔術学院へ行くように指示していた。
その時に、勇者を見た。
魔女の弟子の一人ということもあり、そこそこ良い成績を修めて怠惰な生活を送っていたケインは、最初はその姿を見てバカにしていた。
黒髪黒目。細い四肢。右往左往する頼りなさ。圭の知る『勇者』オーダは魔王なんてとても討伐できそうになかった。
同時に、一緒に魔術学園に入学させられていた相弟子の友人も、最初はケラケラと笑っていた。
しかし一年もすれば、姿も変わる。
気がつけば体格も良くなり、表情もキリッと引き締まり、それでいて柔和な笑みも見せる。勇者にを名乗るのに必要な『聖剣』がよく似合う男になっていた。
そしていつの間にか、相弟子の友人は勇者の隣に立っていた。
聞けば、勇者はまず魔術学院に行って魔女の弟子を仲間に入れるよう言われるらしい。おそらく、師匠はそれを分かっていてケインを学院へ送り込んだのかもしれない。
だが、結局ケインは勇者の仲間にはならなかった。
それどころか、相弟子もいなくなりさらに怠惰な生活を送るようになった。都合のいいことに、ケインは魔術をある程度使いこなせる。生活に不自由はない。
勇者の活躍も、たまに大々的に報道されるのを聞くくらいしか知る機会はなかった。
「くっだらない」
師匠ミモザによれば、50年に一度現れる勇者魔王物語は最初からストーリーは決まっているらしい。道中の過程に差はあれど、全ての物語で勇者と魔王が最後に戦い、勇者が勝つことは確定している。
魔王は突然生まれる。
そしてまず、人の記憶を書き換えて魔王という存在の恐怖を植え付ける。そのため、誰もが魔王が現れたことに気がつき恐怖する。
そして人々は恐怖し、神の力を借りて異世界から勇者を召喚し、聖剣と共に魔王を倒すよう願う。
魔王より力を持つものも魔女の弟子には少なからずいたが、魔王を倒すのだけは勇者出ないとできない。そして勇者は、魔王に勝つまで何度も聖剣を通して神の奇跡を引き起こす。
勇者は魔王の配下や幹部と戦い続け、魔王の持つ『書き換え』の力を、勇者が持つ聖剣の『修正』能力で倒すことで初めて魔王を倒すことができる。
この流れは変わらない。
つまり、向こうの世界の勇者と魔王は、知っていればただの焼き増した物語の一つに過ぎないのだ。
ただそれはその事実を知り、なおかつ魔王に干渉されない程度の実力を持つ人間のみが言えること。
だからこそ、ケインは魔王に興味を持てなかったし、最初は相弟子の友人も同じだった。
なのに気がつけば友人の方は魔女の弟子だと暴露され、なんども頭を下げられたのかやたらと魔王討伐に協力的になっていた。
いつでも手を抜き優等生の範囲でごまかすことで自分の身の上を隠し通したケインとは違い、やることが雑で不器用で、バカな友人だったからだろう。
それをケインはくだらないと思って見ていた。
そしてこの後、ケインは師匠ミモザに呼び出され怒られたのであるが、……
「ん?」
過去を回想して、ふと気が付いた。
この世界に勇者がいるってことは、魔王もいるのではないかと。
「……あ、」
そしてこの世界で思い出される記憶。
そういえば、『闇夜の騎士団』は、なぜ知っているのだろう。
なぜほとんど顔を出さなかった幹部のデータが最初からあったのだろうか。
よく考えれば、『亜空』ネロなんて、最初はいなかった。最初は一人少なかった。
思い返してみれば、魔術の存在が世に知れ渡った時、隣にいた慎也は映像の人物がなぜか『闇夜の騎士団』と知っていた。
それに思い返せば、彼らは犯罪をしていたのか。一般人に危害を及ぼしたとは、初期の楓のこと以外は聞いたことがない。
この世界は歪だ。
魔術が存在するのであれば、この世界は魔術の存在を前提に作られるべきだ。
なのにどうだ。
日本政府は魔術に対して後手後手対応。魔術師を統制するどころか、犯罪すら野放し。能対課は形だけ存在するが抑止力ですらない。
軍事関係もそう。魔術や能力があれば、もっと都合のいい技術がたくさん導入され、公開されていてもおかしくない。
科学技術もそう。圭ですら思いつく簡単なアイデアを、なぜ聡明な科学者たちが実行していないのか。
視野を広げれば、魔術師や能力者の情報は海外から一切入ってこない。スパイだっているはずなのに、この世界になんら影響を及ぼしていない。
だが、これらの理由は、一つの答えがあれば解決する。
「『魔王』が世界を、……書き換えたのか」
魔王が配下を作り出すように、魔術師や能力者を生み出した。
そう考えるのが、圭にとっては一番納得がいった。
魔術は、つい最近突然現れた異分子だ。
魔王がこの世界にあらわれたために、歴史はそのままの状態で魔王の存在、すなわち『闇夜の騎士団』の存在が人々の記憶に刷り込まれているのだ。
キッカケはナクモが現れた時。あの時初めて一般人にまで記憶が刷り込まれた。
「ああ、そうか。四天王か。そういやそう呼ばれてたな」
四人の幹部。『記憶』ミモザ、『死霊』モデン、『強靭』ナクモ、『亜空』ネロ。
いや、ネロに関してはつい最近記憶に入り込んできた。おそらくもとは『剛毒』ハザマだろう。魔王が『書き換え』の力で新しい幹部を増やしたはずだ。
それなら納得がいく。ミモザ、モデン、ネロは三人とも異世界でも有名な人物だ。
ミモザは圭の師匠、魔女として。モデンは歴史上最悪の魔王幹部として。そして、ネロは『空間』の神の名をとって。
「んー、なるほど。それなら、僕がこの世界に来た使命も説明できる」
圭の使命は至って単純。
魔王の討伐。
それだけだ。
どうやってこの世界にやってきたのかは知らないが、この世界の人間は魔王に対抗する力を持たない。時間が経てば経つほど、水面下での魔王の侵攻が進みかねない。
戦ってみた感じ、調子が良ければ幹部には勝てるだろう。だが、魔王には圭は勝てない。
「神の力が必要と……。それで、勇者ってことか」
おそらく、圭は勇者のアシストをすることが役目だろうと考えた。
勇者は能対課を統制しているようだったし、個ではなく、軍で戦いに挑むのかもしれない。
そして、ゴールが見えてきたことで、自分自身についても改めて見つめ直す必要が出てきた。
圭が使命を果たした後のこと。その時の世界、周りの関係、そして己自身。
しばらくしてから、圭はカフェを後にして駅へと向かった。人ですし詰めになっている電車を見送ってからビルを見てみれば、最近モデル業で噂の『吸血女』赤井奏が化粧品の広告に写っているのが見えた。
「……どうしようか。考えてはいたことだけど、楓には話しづらいな」
次の電車も鮨詰めで、満員電車を嫌った圭は改札を出て日も暮れてきた東京の街へと出る。そしてぐしゃぐしゃと髪を掻き乱してから、新幹線に乗るまでのショートカットのために、屈折の魔術で姿を消した。
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家に帰ってみれば、楓はまだ戻ってきてはいなかった。
最近の楓は、圭から見れば大学生活を楽しんでいるように見えた。同時に、自分への依存度が低くなっていくのも実感していた。
大学入試が終わるまではほぼ毎日べったりだったのだ。だが今は、気持ちが外へ向いている。SNSで通知が以前きていたのだが、どうやら慎也がうまく楓の心を誘導してくれたらしかった。
本人にその自覚は全くなかっただろうが、それはそれでありがたいことだ。
ぼんやりと机に向かい、一冊の手製の本を見つめる。紐をほどき、パラパラとページをめくりながら窓の外を見ていた。
その時、部屋の外から声が聞こえてきた。
「ケイ、いる?」
「っ、楓?入っていいよ」
バタバタと本をしまうと同時に、扉が開いて楓が顔を出した。帰ってすぐのようで、服は朝見た時と同じままだった。
入ってきてすぐに楓は、勝手知ったる様子で圭のベッドに座り、両手を後ろにつけて身体を反らした。
なにやら楓の機嫌は良さそうで、話しかけてほしそうにしているのが仕草で伝わってくる。
部屋に来たのに話を切り出そうともせず、チラチラと圭に何度も視線を送ってきた。
乗るのは癪だったが、仕方なしに圭は楓に今日のことを聞いた。
「大学どうだった?」
「楽しかったわ。今日はね、『帝一ゲテモノ同好会』に行ってきたわ」
「へー、ゲテモノ同好会か。……ん?」
『帝一ゲテモノ同好会』
帝一大学でもかなり有名なサークルで、昨年は新入生の前でシュールストレミングを開封した悪名高きサークルだ。一番近くにいた圭と慎也の鼻は甚大な被害を受けたことは記憶に鮮明に残っている。
それにサークルに行ったはいいものの、ゲテモノは苦手な部類だったため、なぜ行ったか分からないくらいに楽しめなかった。
「いろんなゲテモノを食べるっていう趣旨のサークル。新歓期だからか、何十種類も揃えられてたわ」
「そ、そうか。行ったのか……」
「特にね、タランチュラが美味しかったの。ひとつもらってきたんだけど食べる?」
「え?」
「食べないの?」
「いや、えっと……」
「食べないの?」
「あ、うんその……」
「じゃあ持ってくるね」
ちょっと待っててと言って部屋を出て行く楓。
その間、圭は想定外の話題に困惑していた。
「……マジ?食べるのタランチュラ、僕が?去年口にすら入れられなかったんだけど」
こういうときに役に立つはずの異世界のケインの記憶も、残念ながら昆虫食は苦手らしかった。
まさかの事態に急に落ち着きを無くし、椅子から立ち上がっては座り、引き出しをパカパカと動かして頭を必死に回し始めていた。
「昆虫食をする心算じゃなかったんだけど。なんか、もっと重要な話をしようとしていたはずな」
「おまたせっ!」
「い゛ぃっ」
小皿の上に乗せられていたのは、その名の通りタランチュラ。しかも、デカイ。足が皿からはみ出ている。
「はい、あーん」
菜箸で豪快に掴まれたタランチュラ揚げは、ゆっくりと、確実に圭の口元へと迫ってきていた。
「ま、待って。ちょ、ちょっとタンマっ!」
「なによ。せっかく私が食べさせてあげようっていうのに」
「心の準備をっ!ゲテモノは苦手なんだよ、食べるからさっ!」
必死の抗議が聞いたのか、楓は箸を少し引く。
そして、ニッコリと答えた。
「知ってる」
そこからの動きは素早かった。
警戒が緩んだ一瞬のうちに、箸が的確な動きで圭の口元まで宙を動き正確にわずかに開いた口に挟んだタランチュラを押し当てていた。
「んむっ、!?」
「慎也から聞いておいたわ。最近逃げられてばっかりだったから、これくらいの仕返しはさせてもらおうかしら!」
「む、んぁっ、っ〜〜〜!?」
「さあさっさと食べなさい。食べるまで絶対離さないんだから」
これは絶対間違っている。
それだけは間違いない。
それから一時間くらいかけてようやく一匹食べきったところで、楓はあっさりと部屋を出て行った。
「ひぃ、ひぃ。あっさり帰るなぁ」
そう思ったのもつかの間。
「これがタガメ。これは蜂の子、これがイナゴ。全部圭のためにもらってきたの」
「えっ……」
「はい、口を開けなさい。大丈夫。味は保証するわ」
迫られベッドに押し倒された。
言葉だけだと別の響きにも聞こえるかもしれないが、今回ばかりは勘弁だった。
「ふふっ、こういうのも、悪くはないわ」
「や、やめ……」
夜。
そこにはスッキリした様子の楓と、体からなにかを搾り取られたかのように倒れる圭の姿があった。
次回は閑話です。8/24 21時投稿予定。




