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師匠の偽者

ここから物語が加速します。

「あそこか?」

「袴田さんが言うには」

「なるほどね。これだと発見は難しい」

「だりぃ」


 生田、圭、ラクシェル、沼地の順に呟かれた会話だ。


 四人はとあるオフィスビルを交差点の曲がり角から顔だけ覗かせて観察していた。オフィスビルといっても年季の入ったもので、なおかつそこだけでなく周りにも似たような物件が列挙している。


 位置としては都心から程よく離れたところ。探知魔術でもそう簡単には見つからない。


 さらに言えば、『闇夜の騎士団』はいくつもの拠点を持っている。本拠点を探すのは至難の技だ。


「それじゃ、潜入しましょう。微弱に探知魔術を発動するんで、半径5mくらいなら魔術師たちの所在が分かります」

「相変わらず便利な魔術じゃのお」


 能力と同じく魔術だって出力調整はできる。これが出来ないのは魔術が下手糞な人間だ。



 圭が手始めにビルのそばへと駆け寄り、手で合図してから三人がビルの裏口近くに身を潜めた。


 裏口は小さいが真新しい鍵が付けられており、その隣にシャッターを閉められた駐車場があった。

 圭が土の魔術を使いガチャガチャと操作するとあっという間に鍵は開いてしまう。高度な魔術の前には、最新技術もお手上げだった。




 予想より大きい。


 わずかな探知魔術を使うことでそれを理解した。


 5mとはいえ圭の使う探知魔術は全方位を探知する。発動してから裏口に移動するだけで、何人もの魔術師の反応が伝わってきた。



 魔術を維持しながら壁に身体を貼り付け周囲を確認しながら先へと進んで行く。


 そしてすぐに、一人の魔術師がこちらへ歩いてくるのを捉えた。


「『音よ』」


 パチンと指を鳴らす。

 それにラクシェルが反応した。


「音を出してまで指を鳴らす意味あるのかい?」

「ない。けど、出しても問題ないです。音を失くしましたから」


 圭は三人に待機を指示し一人で探知された魔術師に接近。そして後ろから素早く接近し首を絞め口を手で押さえつけることで、あっさりと男を気絶させた。


「生田さん。こいつを適当に縛りましょう。床に縫い付けて」

「なかなか酷なことを思いつくの」


 気絶した男は床に貼り付けられ、手足をコンクリートに縛られ芋虫と成り果てた。




 圭はそれを何度も繰り返した。

 たったそれだけのことなのだが、全てあっさりと成功し、気がつけば二十人近くの敵を無力化していた。


「……もういいかな」

「本当かい?」


 ラクシェルの方にうなずき、目を閉じる。そして、一気に探知範囲を拡大させた。




 するとどうだろうか。いるわいるわ敵の数。まだ数十人もの魔術師たちが地下を歩き回っているのだ。


 そしてこの地下は、このビルの下だけでなく、このビル群一帯全てとつながっていた。


「……ああ、楓がいりゃラクだろうにな」


 楓の探知魔術は特殊だ。

 彼女の探知はその反応が誰かまで分かってしまう。この場にいれば、かなりの活躍をしたであろう。


 だが、今回はいない。


 立体的に捉えた配置から地下の範囲を把握。そして最も下層にいる人の方へと向かうために、圭は手を床につけた。


「『土……いや、せっかくだ」


 一瞬いつもの通りの言葉を口に仕掛けたが、そうではなく指を床につけわずかな時間で歪な魔法陣を描く。


 今までにないタイプの魔法陣はあっさりと魔術を発動し、頑強なはずの床を一瞬で液体へと変貌させた。




 それに着目したのは同じ魔術師であるラクシェルだった。


「っ、今のはっ?」

「秘密」


 魔法陣は基本的に、幾何学的な模様を描く。それはラクシェルも、そして他の人たちも皆同じだ。

 それに比べて、圭の文字の羅列みたいな魔術は明らかに異質に感じられた。


 だがそれを気にする暇もなし。ほんの数秒の動作で地下を二階、三階とぶち抜き、最下層である四階でその足を止めた。


 そして一言。


「じゃあ後は、よろしくお願いします」


 目の前にいた見たことのない男の顔面を蹴り飛ばし、侵入者四人は一斉に走り出した。





 作戦は至ってシンプル。三人が分散して暴れるだけだ。


 この世界では、ランク5と6の差は大きい。

 相性の問題はあるのだが、最悪で無い限り圭以外の三人なら下っ端にはやられないだろう。


 そしてただこの拠点を荒らせば幹部が慌ててやってくる。


 三人の幹部が拠点を荒らす三人を抑えている間に、この広いフロアの全ての魔術師の位置を把握した圭は、最も奥へとひたすら足を運び頭を叩く。これだけだ。


 正直言うと、作戦を考えるのがめんどくさかったため、適当ではあったと我ながら考えていた。




 だが、得てして作戦とはうまくはいかないものだ。

 全員が散り散りになった瞬間、圭の身体がゾワリと震えた。



「探知魔術か」


 探知魔術は自分が使う分その性質も分かっている。魔術師能力者の位置のみを把握する魔術。それゆえに誰が敵で誰が味方か分からない。


 不自然な動きを見せ続ければ敵の位置が特定されてしまうが、不自然でなければいいのだ。


「『光よ』『曲がれ』」


 姿を隠し、通りかかる敵を無視して進む。それからすぐに警報が鳴り響いた時には、侵入地点とは遥か遠くへと移動していた。


 ただ……




 ーーーーーーーーーーーーーーーーー





 探知魔術は決して難しい魔術ではない。最短で学べば、楓でもあっさりと習得できてしまう。


 そして何も、探知魔術()使える魔術師は、圭と楓の二人だけではないのだ。



「ふひ、ふひひ。ひとり、ふたり、さんにん。みぃつけた」

「三人か。なら我々が出ればいいでしょう」


 そう話すのはソファに肉をはみ出させ座る『死霊』モデンと、新入りのネロという男。


「新入りくんも、キヒ、やる気だねぇ」


 感情を持たない死体を侍らせているのに不快感を感じながら、もう一人の少女へと目をやる。


 すでに彼女は、部屋から出ようと足を扉に向けていた。


「二人で三人。私は別のところに行く」




 ーーーーーーーーーーーーーーーー




 突如別方向から発せられた探知魔術のせいで、圭の進路方向は変更せざるを得なかった。


 もちろん探知魔術が使える人がいるのは分かるが、圭はその人数が極々少数であることは知っている。そのため、探知魔術自体が使える人は幹部クラスのみだと考えていた。

 だからそこにぶつかるのだけは避けなければならない。


 数十秒放たれた探知魔術を凌いだあとに方向転換を行い不自然なく別方向へ走る。


 側に見えた扉をこじ開け中を覗く。一瞥して特に何もないことを確認してすぐ走り出す。この動作をひたすらに続けた。



 それからしばらくして、全く別の位置からも探知魔術が発せられたのを感じた。


 幹部は三人。それぞれが散り散りになっているだろうかとは分かる。三つの反応とは別の方向へと動くことで、不用意な戦闘は避けようとしていた。



 三方向を避けた圭は、必然的に一定の方角へと動かざるを得なかった。姿を隠しているため時たま通りすがる人も見るが決して手出しはしない。


 それからしばらくジグザグに進むと、真正面に大きな扉が現れた。右を見渡し、左を見渡してもこれ以上先には道は存在しなかった。



「端っこまで来たのか」


 最初に使った探知魔術ではこの先まで人はいたはずだったが、詳細は分からない。


 やたらと大きく頑丈な扉を開けようと手をかけた、その時だった。



「……えっ?」


 突如扉が勝手に開き、その先に広大なスペースが現れた。さらに強い探知魔術の反応。


 それは今までよりもはるかに近い位置で発せられていた。


 それこそ、圭が肉眼で視認できる位置で。



「っ、」


 振り向けばこちらを見て立つ少女。彼女は何も発することなく、通路いっぱいの大きさの魔法陣を展開させていた。


「やばっ!?」


 咄嗟に扉の先へ進み物陰に隠れる。その直後に、蒼炎が扉いっぱいに展開して周囲を焦がし尽くした。


「あれはっ」


 一歩奥に進んで魔術を使った人物を見る。

 相も変わらず小さな体で無表情を維持している彼女は、再び魔術を展開していた。


「『記憶』ミモザか」


 魔法陣を見て何が来るかを理解。自分の真下が揺れると同時に飛び退くと、そこには杭が構築されていた。

 それからすぐに圭は周囲を見渡す。今まで見てきたところよりも部屋は広く、多少なら暴れることもできそうだ。戦うのにはお誂え向きな場所だった。


 ここまで来て、圭も理解した。


「なるほど、誘導させられたのか」



 探知魔術は魔術師の位置を特定できるが、本来はそれが誰かまでは分からない。それは探知された側も同じである。

 探知魔術が使える人自体が少ない現状、逆探知してしまったらそこを避けるのが正着だろう。


 これを利用して、複数箇所で探知魔術を発動させることで、位置情報を撹乱したわけだ。

 侵入者に圭がいると確信しているからこそできる反応だろう。そして、探知魔術をよく理解している証拠でもある。


「あなたが最も危険」

「そりゃどうも」


 口以外の筋肉を微動だにさせない彼女へと、強がった笑い顔を見せる。できることなら、彼女よりもさっさとボスを叩きたいところだったのだが、仕方がない。


「他の三人はどうするつもりかな」

「二人で十分」

「足元救われてもしらねぇからな」


『死霊』は『生命』生田翔子と同系統の能力だ。そこそこいい戦いはできるだろうと考えている。

 もう一人は全体攻撃に弱い、と考えられる。ラクシェルや沼地でも頭を使えば渡り合えるはずだ。


 そう考えれば目の前にいる少女が一番良い相手になるだろう。彼女と最も相性がいいのは圭だから。


「『灼炎』『焦がせ』」


 二つの言葉と同時に人大の大きさの魔法陣が展開され、その先から白い爆炎が放出される。


『重ね』の魔術で初手によく使う魔術。まだ扉の内に入っていない彼女に向けて白炎は一直線に飛んで行った。


 その先、圭が見えない位置から声が聞こえた。


「『灼炎・焦がせ』」


 同時に圭は、自分の魔術攻撃が押し負けているのを悟った。

 ミモザが放たれた魔術が圭の魔術を飲み込んだのだ。


「チィ」


 灼炎の魔術を展開させたまま、圭は射線から横へと飛び退いた。

 その直後に、圭が放った白い炎と全く同じものが元いた場所を通過していき、奥の壁を溶かしたところで消滅した。


「やっぱりか。このタイプは厄介すぎる」


 冷や汗を拭った圭は、顔を引きつらせながらまた少女へと顔を向けた。

 その時にはすでに準備は整っていた。


「『土よ・爆ぜろ』」

「い゛っ!?」


 聞き覚えのある魔術が何を意味するのかを理解し、その場から身体ごと端へと跳躍した。

 その後、床部分が吹っ飛び、大きな衝撃波が床から天上へと舞い上がった。


 二つとも見覚えがある。というより、脳に刻み込まれている。


『灼熱の魔術』と『爆発成形侵徹弾』


 この魔術は両方とも、圭が使ったことのある魔術だった。


「ふう」


 投げ出した体をゆっくりと起こし、服についた埃を手で払う。そして部屋の中に入り後ろの扉を閉めたミモザの方を見た。


「あなたの能力は、『絶対記憶力』だよね。見たもの聞いたものを全て記憶するってやつ」

「……」

「無言は肯定。といっても初めから分かっていたけど。じゃあ『水よ』」


 水を魔術で出してから、先ほど爆発が起きた部分にちらりと目を向けた。そこには紛れもないクレーターが広がっていた。


「『雷よ』『迸れ』」


 水に電流を含ませる。それを操作しミモザの方に差し向けた。それに反応して、彼女は別の魔術を行使する。


「『土よ我に従い壁となれ』」


 二人の間に現れた土壁は帯電水を受け止め、役目を終えたと同時にボロボロと崩れていった。


「なるほどなるほど」


 うんうん頷いてから、圭は何も言わずに床に魔法陣を展開し棒を作る。この程度なら詠唱なしでも問題ない。


 手にした棒を構えると、次は近接戦闘が来ると思い至ったミモザが強烈なスピードで距離を縮めてきた。



 急接近して確実な間合いに入るとスピードを生かすようにして前に足を振り上げる。棒の間合いより内側に入られた圭はとっさに棒を横にして盾にしたがその勢いは落としきれず宙に浮かんだ。


 それを確認したミモザはこの近距離で魔法陣を構えていた。


 それは、最初に会った時に見せた、圭の知らない魔法陣だった。


「っ!『キュー』っ」


 危険を察知した圭はすぐに銃のように棒を使い、空中で飛ぶ方向をむりやり変えた。


 想定射程から離れた直後に魔法陣は赤く光り何かの魔術を発動させる。

 空中に身を投げ出した圭は転がってからすぐさま体勢を立て直し、何が起こったかを確認した。



 そこには衝撃的な景色が待っていた。


「な、ない……」


 射程方向の延長上に、物が何も存在しないのだ。天井が消滅し、上階の壁や家具の一部までもが消えて無くなってしまっていた。


 名付けるならば、『消滅魔術』という言葉がぴったりであろう。文字通り、効果範囲のもの全てが消滅してしまっていた。



 この魔術は、楓の探知魔術と一緒だ。

 圭が魔法陣を真似ても、この魔術は発動できない。唯一無二の魔術なのだ。


 異世界ではこういった特殊能力を持つ人は稀におり、異世界でも何人も確認している。思い返せば、この消滅魔術を使える人も耳にしたことはある。



 つまりここまでのことから、『記憶』ミモザは他人の魔術を記憶し使えることができる上に、消滅魔術という特異能力までもっているということになる。



 まったくもって、非常に厄介な相手だった。



 圭は棒をミモザの方向へ向ける。


「あなたの能力魔術は分かった。素の人間でも持ちうる絶対記憶力は能力とは認識されない。それによく分からない魔術も使えるらしい。今まで記憶してきた魔術も全て使えるであることも分かっている」


 コケにしたような息を吐き視線を下に向ける。


「ほんと、よく()()()()()()よ」


 口角は、片方だけ上に上がっていた。


「『光よ』」


 圭が話している最中に真似した魔術を使い光を槍のように放つ。光速で向かったそれは、わずかに身体を反らした圭の顔横を通過していく。


「『全反射』」

「『炎よ』『水よ』」


 避けた光は突如急角度で折れ曲がる。光を鏡に反射させるようにして方向を変えたのだ。


 だが、自分が何をするかを分かっている圭は魔術で湯気を作り出し光を減衰させた。


 光は物体に当たれば反射、散乱する。知っていれば対策は立てられる。



「でも残念、姿形は同じでもしょせんは偽者、覚えて使うだけしかできない。そこに知恵は存在しない。本物なら、記憶から全て読み解くことができる」



 再び魔法陣を展開させようとしたミモザを見て、圭は笑っていた。




「なにより師匠は、本物の『記憶』ミモザは、意外と饒舌なんだ」

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