勧誘
4月
この時期に学生がなにをやるかと言われれば、答えは一つしかない。
勉強?
違う、新歓活動だ。
「楓ちゃん、うちのサークル来てみない?」
周りが様子を伺う中、香奈と一緒に大学内を移動する楓に、たった一人で話しかけた男がいた。
「あら、慎也?さん?」
「おぅっと、下の名前が覚えられてるのか。いいねぇ」
その男の名は村上慎也。今となっては超有名人になった三鷹圭の親友である同時に、とあるテニスサークルの新会長でもある。
サークル活動を続けるためには新規加入者は必須。サークルの顔である慎也は新入生を招待するために必死に勧誘を行っていた。
「そう。圭の親友である、村上慎也だ。慎也でいいよ」
「じゃあ慎也」
「うんうん」
そして、いま新入生の中で最も注目を浴びているのが琴桐楓である。彼女はギルドに名を連ねているのに加え、つい先日、なんとあの三鷹圭と帰りを共にしたというのだ。
サークルで新歓を成功させるのには、琴桐楓を呼び込むことが最も近道だと言えるだろう。そう言った意味では、慎也はある意味切り込み隊長とも言えた。
自分が知っている楓を確認してから、その隣にいる少女に目をわずかに向ける。あの琴桐楓と一緒に行動しているのだ。何かあるに違いない。
「えーっと、その隣の子は?」
「荒川香奈。ケイの幼なじみ」
「マジ?まさかの?」
慎也が楓から完全に視線をずらし、香奈の姿を頭の天辺から足の先まで確認する。
ボブヘアに切り揃えられた髪はまだ垢の抜けない黒色で、身長は少し低め。体型はどちらかというとスレンダーだろう。
そしてなかなか愛嬌のある可愛らしさを秘めた彼女を見て、慎也は顎に手を当てた。
「どうも」
「はい、はじめまして、?」
「なんか、複雑な関係ね」
この3人は三鷹圭を幹に繋がっていた関係だ。両方とも知っている楓とは違い、同い年で圭の友人でありながら学年は一つ違うという妙な感覚が、二人をもどかしくさせた。
「えーっと、香奈ちゃんね。まあふつーにしますか。……こんなパターン初めてだけどさ」
「は、はい」
なんとなく共通点を感じさせる後頭部を掻く動きを見せながら、慎也は香奈に苦笑いを見せた。
「まあとにかく。お二人には是非とも一度、我がサークル『スイートスポット』に来て欲しいんだ」
「なにそれ、美味しそうな名前ね」
「美味しそうっ!?違う違う、スイートスポットってのは、ボールが気持ちよく飛ぶ部分のことさ」
「?」
あいにくテニスに関わったことのない楓には、慎也の言うことはさっぱり分からない。
隣にいた香奈はなんとなく想像はついた様子だった。
「で、どう?」
新入生二人は顔を見合わせる。少なくとも楓は、どこかのサークルに入るつもりはない。そして香奈も、楓が隣にいるせいでそこまでどこかの団体に所属するなどということは深く考えていなかった。
「私は別に……」
「おっと、そうはいかせない。俺が話しかけたからには、なんとしてもサークルに来てもらう」
「……」
実は楓と慎也は何回か顔を合わせたことがある。そのため楓は先輩であっても対等に話ができる。
しかし、香奈の場合はどうすればいいか分からない状況だ。むしろ強引さを感じて敬遠したくなっていた。
「おっと香奈ちゃん。君は今、強引だとか、嫌だなとか思っただろう?チッチッチ、俺はそんなことはしない」
「なんか、わざとらしいわ」
「やだなぁ、分かってるくせに。まあまあ、少し聞いてよ。二人の人生のうちのたった五分だけ、俺の話を聞いて欲しいんだ」
再び二人は顔を見合わせた。
「五分、いや、三分でいい。話を聞いてもらって、それでもカケラも興味が湧かないなら、潔く諦めるよ」
三分だけならいいか。
そんな考えが二人の頭には浮かんでいた。
「まず二人は大学がどんなところかを分かっていない」
「勉強するところでしょう?」
「いや違う。遊ぶところだ」
「はぇ?」
大学は、良くも悪くも自由だ。勉強にひたすら励む人もいれば、留年してまで遊び呆ける人もいる。
だが、慎也の言う「遊ぶ」は少し意味が違った。
「高校までは決められた時間、決められた授業をこなしてきた。部活だって時間制限されたね。でも大学にはそんなものはない。最低限のノルマをこなせば、どんなことだってやってもいいんだ。これの意味が分かる?」
慎也であれば、テニスをしたいからテニスサークルに入った。
部活だってある。大学の部活は、高校生まででは体験すらしたことのないスポーツが溢れている。
自己研鑽がしたければ、どこかの企業にインターンで働きに行けばいい。
お金が欲しければバイトをすればいい。
もっと欲しければ、起業すらできる。
「つまり、人生の中でイチバン、やりたいことに時間を費やせるのが大学生活だ。当然それには責任やらなんやらもあるけどさ」
圭の場合は気がつけば楓に私生活を掌握されていたが、それは特殊な事例だろう。
ほとんどの大学生は、何かしら自分のやりたいことを見つけて、自由にそれに打ち込む。これは今までも、そしてこれからもない期間だ。
「でも、いろんな部活やらサークルやらがあるだろ?どれを選べばいいかとかさっぱり分からない。そこで、新歓をするわけだ。上級生はうちのサークル来てみない?と誘い、新入生はちょっと行ってみようかな、と体験しに行く。で、自分がイチバン面白いと思ったところに所属すればいい」
「ふーん。それで、そのちょっと行ってみる、をあなたのサークルにもしてもらいたい、と」
「うんうん、そうそう」
「私は遠慮しておこうかしら。どこかに所属するつもりもないし」
「おっと楓ちゃん、もう少し」
別に所属したくないわけではない。興味がないわけでもない。ただ、魔術師として有名人である楓が特定の団体に所属すると、なんだか面倒なことになりそうな気がした。
とはいえそれは楓の話。隣で話を聞いている香奈はすでに耳を傾けつつあった。
「サークルに体験に行く、ってのは、別にそこに所属する義務が発生するわけじゃあない。むしろこの体験期間は、大学生活の中でも最も貴重な瞬間と言ってもいい。なにせ、どんなことでも体験できるんだからな!」
かく言う慎也も、新歓エンジョイ勢だった。新入生になりたての時、たまたま隣り合わせになった圭とともにあらゆるイベントに行きまくったのである。
おかげで初めからテニスをするつもりでいた慎也とは違い、圭は4月終わりまでどこに所属するか決まらなかったのだが。
「そうだな。例えば、ラグビーとかラクロスは体験したことあるか?ボートとか、アーチェリーとか。あとは……楽器とか、サバイバルとかかな!
ホントならこれって、一つ体験するだけで何千円かかる。特にチームスポーツなんて、人生で体験する機会は2度とないかもしれない。これが全部!タダで体験できるってわけよ」
「ほぉぉ……」
つい言葉が溢れてしまったのは、香奈の方だった。
浪人したせいでここ一年は勉強漬け、娯楽はほとんどなかった。そんな彼女からすれば、慎也の口にした「新歓」イベントはものすごく面白そうに聞こえてきたのだ。
「お、香奈ちゃんいい食いつき。そんで、我らがテニスサークルなわけよ。大学生からでも手軽に始められるって人気なんだ。ほら、部活とかガチじゃん。それと比較すればゆるいからさ」
「でもその話だと、あなたのサークルに行くよりも別のところの方がいいんじゃないかしら」
「チッチッチ、分かってないなー楓ちゃん」
背負っていたラケットケースを手に持って軽く素振りをする。そして中から取り出した一本のラケットを差し出せば、自然と香奈がそれを握っていた。
「いろんなサークルをめぐる人が訪れれば、それだけで新歓の情報は手に入る。テニサーは新歓で特に人が集まるから情報量もすごい。それに俺らはだいたい大学生活を満喫してんのよ。去年のことを先輩に聞けば、もっといい情報が手に入るだろうさ。な、面白いだろ?」
「なるほど……」
「お、楓ちゃんも興味持ったね。よーしなら行こう。向こうに一緒に行く人が集まってるんだ。あ、香奈ちゃん。そのラケットは今日一日貸してあげるよ」
イェーーイと親指を立てながら声を上げると、慎也と全く同じ服を着た人たちの方を指差す。
どうやらそこが集合場所らしい。
二人は再度顔を見合わせた。
「行ってみる?」
「うん、行ってみよっ!」
そして、二人の方を見ながら歩く慎也へとついて行った。
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勧誘といえば、新歓だけではない。
楓が大学生活をエンジョイし始めた一方で、圭は『泥熱』との交渉を振り返っていた。
交渉は成立。まとまった金を渡せばあっさりと引き受けてくれた。交渉自体はあまりにも呆気ないほど簡単だった。
とはいえ、問題はこの『泥熱』沼地源五郎という男の性格だろう。
ランク6という階級を得ている者は全員、国から手厚い支援を受けることができる。なぜかいろいろ働かせられたが、ギルドの設立なども裏ではランク6の名が少なからず影響していた。
ところが、だ。
この沼地源五郎に限っては、それとは程遠いところにいた。
「……なんで生活保護受けてんだあの人」
そう。
なぜかあの男、生活保護を申請して、それを頼りに今まで生きてきた。
その理由は納得はいかないが、沼地の言動を見た圭からは分かりやすすぎた。
沼地は極度のめんどくさがり屋だ。外に行くのすら億劫で家の中はゴミ屋敷。食事は家でお菓子を食べ、ごく稀に外に出て必要物資を買い溜める。
こんな男が、能対課に行こうと思うだろうか。
案の定、沼地のアパートの扉についている郵便受けは、書類が多くなりすぎて玄関が紙やら封筒やらで埋め尽くされていたのを確認してしまった。
チラリと目に入った封筒の一つが、能対課から届いた物だった。
とにかくこの怠惰な男は、圭がわざわざ出向いて金を渡すと言ったらすぐさま飛びついたのだ。それも、政府から簡単に金をもらえるとも知らずに、まるで目の前に札束が降りてきたかのような食いつきようだった。
「……まあいいや、金のことは黙っとこう。知らないでいいだろうし。まあ出発前にもう一度呼ぶ必要はありそうだな」
この時点で、ダビデ・ラクシェルと生田翔子の協力は得られている。
この二人は自分の力を思う存分使いたいからという至極自分勝手な理由でOKをもらった。
今日交渉に出かけるタイミングで、袴田から『追跡』の能力が途切れたと報告があった。
これはつまり、ナクモが死んだことを意味する。
であれば、ボスを含めてランク6級はあと四人。他の雑魚は瞬殺できるはず。
両拳を前でぶつけて、すっかり暗くなった夜空を見上げた。
「決行は明日。……楓には、秘密にしとかないとね」
澄み渡った空には、春の星が瞬いていた。
本当なら大学の年度始めはどこもこんな感じです。
この話は三月に書いていたので、こんな世の中になるとは思ってませんでした。
早よ更新せいって話ですよね……




