後遺症
気が付いてしまいました。
現代科学を応用した魔術を使う主人公が一番現代魔術っぽいじゃん。
タイトル詐欺じゃん。
夜。
魔力も回復した圭は、楓を置いてホテルから外へと飛び出した。
歩きながら、さっきの楓の姿を思い返す。たしかに楓といる時間は、以前より少なくなっている。これは事実だ。
それに、自分でも寂しさは感じていた。
しかし、本来の役割でもある護衛は、楓の実力向上のおかげでもはや必要ない。
これはもともと考えていたことで、そのためにわざわざ時間のかかる修行をさせていた。
それに、魔術の存在が明るみに出たことで、ただ護衛をしていただけの今までよりも、自分がやらねばならないことが一気に増えた。
ギルドの経営への干渉もその一つ。
ある程度ギルドを魔術師側から制御する必要があると圭は考えていた。
魔術師や能力者は、世間の情勢に疎い。それは圭自身にも言えるかもしれないが、彼らは力尽く以外の抵抗の仕方を知らない。
さらに、強かな人は魔術や能力を手中に収めようとするだろう。そうなれば、魔術師たちは今までの立場を失って駒のように扱われ、窮屈な日々を過ごさなければならない。
このような魔術師ばかり不利を被る世界にはなって欲しくない。そして今圭は世界で最も注目を浴びている魔術師。自身の行動が、今後の魔術師の立場に大きな影響を与えるのも分かっている。
もう圭は、楓の護衛をしていればいい人間ではなくなってきた。だから、常に自分の感情を優先するわけにはいかない。
力を持つ者は、それを振るい持たざる者を救わなければならない。
それが力を持つ者の正しい姿。今の圭は、力を持つ者の側だった。
そして、もう一つ。
異世界から送られてきたケインは未だに分からない自分の使命を果たさなければならない。
身の回りで異世界から送られるほどの出来事はまだ起こっていない。
ただ、もし既に干渉しているとしたら、『闇夜の騎士団』に間違いない。なにせ一つだけ、異世界との共通点があるのだから。
それでも、何をすべきかは謎のまま。記憶すらないのも、不自然だった。
それに……
「いや、……やめよう。今はそれを考える余裕はない」
整理し切れていない自分の頭とは違い、夜の空は星が瞬くほどに晴れ渡っていた。
「能対課とはある程度友好関係を作っておいた方がいい。けど、正直あまり期待してないからなぁ」
キョロキョロと辺りを窺いながら、山を登る。
そこは、一昨日発見した『死霊』の隠れ場所だった。
本当なら能対課に伝えて何人も人を呼ぶ予定だったが、袴田の『追跡』によって、ここは大した拠点ではないことが既に分かっている。
それに、能対課にもスパイがある可能性が高い。でなければ、前日の『赤』と『闇夜の騎士団』の抗争が起きるなんてことは唐突には分からないはずだ。
素早く身を隠して、息を潜め様子を窺う。
以前の死体の動きであれば、操られた死人は歩いてコンクリートで固められた拠点に入っていく。
だが、この日は何時間待っても、何一つ変化がなかった。
「……今日はたまたまいないのか?」
これ以上待っても仕方がないと判断し、山の中妙に目立つコンクリートの入り口のすぐそばに移動した。
耳を当てても物音は一切聞こえない。聴覚を強化しても、耳に入る音は風に打たれザワザワと騒ぐ木葉の音だけだった。
いつまで待っていても仕方がないので、ゆっくりと中に入り階段を降りていく。不思議なことに、出入りを遮蔽する扉も、隠そうという努力も一切感じさせない作りになっていた。
何十段もの階段を降り切れば、その場に大きなフロアが広がる。
「『光よ』」
目立つと分かっていながらも、光の球を浮き上がらせて周囲を確認する。
そこは『赤』の修練施設並みの広さを誇った空間だった。
しかし、これだけの広さがあるにも関わらず、あるのは奥にある階段だけ。天井も低く、魔術を使用する環境でもない。他に部屋があるわけでもない。
この不可思議な空間の中、圭は慎重に一歩、また一歩と奥の階段へと向かっていった。
そして地下二階。
そこには生活感あふれる空間があった。
「キッチン、ソファ、ベッド。テーブルにテレビ、ゲーム機。片付けられてはいるけど、つい最近まで誰かいたのは間違いなさそう」
テレビの上淵をなぞるが、指にホコリがついた様子もない。
それから別の部屋の扉を開けると、中から強烈な匂いが漂ってきた。
「うわ、臭っ!」
あまりの異臭に鼻がへし曲がる。一瞬だけしか吸っていないが、あんまりにも酷いためすぐに扉を閉めてしまった。
「くっせぇ……腐敗臭もあるし、イカ臭い」
この匂いだけで、この部屋で何が行われていたか察しがついてしまった。
それからも中を探索するが、一向に何かが現れる様子もなく、人気すらない。ゲームはあれど、棚の中身はほとんどなくなっており、なんらかの証拠を探すにも一苦労しそうだ。
思わず考えていたことが口に出た。
「逃げられた、のか?」
一昨日はまだ拠点として使われていたはずだ。
死体のストックだってあったはず。昨日の『闇夜の騎士団』との抗争で消費されたとしても、一般人の死体などは残っていてもおかしくない。
しかし、この拠点はすっからかん。
「……いつ勘付かれたんだ?探知魔術は使っていなかった。となると、一昨日近くに隠れていた時か?」
操られた小動物が山に放たれていたのかもしれない。この可能性は確かに考えていなかった。
「仕方ない、出よう。ここが空振りでも、ナクモの行き先を追えばいい」
そう独り言を言い外に出ようと階段は身体を向けた時だった。
この拠点全体に大きな爆発音が響き地面が揺れた。
「な、なんだっ!?」
爆発音は連続で響き渡り、すぐにけいの隣のキッチンが大きな音を立てて爆発した。
慌てて探知魔術を使い状況を確認すると、恐ろしいことが判明した。
「っ、『捉えろ』っ……反応が、至るところにっ!」
反応の一つをよく見れば、何か設置されておりグニュグニュと動き膨らみ始めた。
ここでようやく気付く。
この拠点全体に、爆弾が仕掛けられていたことに。
「くそっ、厄介な……崩落するぞっ」
今すぐここから抜け出す必要がある。圭は身体強化を施し階段を一気に飛ばして上階に上がる。
そこでは、全ての壁から爆発の衝撃が発生していた。
激しく揺れる地面を駆け抜け、一瞬で地上へと向かう階段へと到達する。しかし、そこは既に崩れ落ちていた。
「『土よ』『爆ぜろ』『重ねろ』」
魔法陣が展開され、コンクリートの床がすり鉢のように凹む。そしてその下から轟音が鳴り響き、周囲のものとは比較にならないくらいの衝撃がコンクリートの天井を突き破った。
それを確認して宙へと飛び、崩れ落ちる地下からなんとか脱出に成功する。それからすぐに地崩れが起き、先ほどまで入っていた拠点はあっという間に土砂に飲まれ消えていった。
「……」
これは明らかに、敵が侵入してくると分かって仕掛けた罠だ。わずか二日間で拠点のものを全て引き上げ、爆弾を仕掛けて証拠隠滅まで図ったわけだ。
一人で来て正解だったかもしれない。複数人が一斉に突入すれば、確実に何人かは土砂に生き埋めになっていただろう。
それにしても、
「なんでこっちの動きが分かったんだ?よくよく考えてみれば、あの時は屈折の魔術を使ってた。……探知能力を持ってるヤツでも操ってんのか」
依然として分からない。だが崩れたものはどうしようもない。
仕方なしに、圭は東京へと戻っていくことになった。
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翌日。ホテルには戻らずに能対課本部に行き、そこでシャワーを借りて浴びた。
そしてすぐに袴田かは車を(強引に)借りて走らせる。
向かうはまだ依頼処理を終えていない里村春海のところだった。
予め連絡していた通り里村とマネージャーの木村は既に待機しており、すぐそばには助っ人で呼んだラクシェルの姿もあった。
「おはようございます」
簡単な挨拶だけして二人に車に乗ってもらう。
「ラクシェルさんはどうしますか?送りますよ」
「いや、僕は遠慮しておくよ。僕は有名人ではないからね。それにスキャンダルは真っ平御免さ」
「アハハ……」
それから二人は、個室のあるレストランに足を運び簡単な昼食を取ることになった。
適当にパスタを注文してから、圭は二人を交互に見る。
「今日で護衛の依頼も期限です。よろしいですね?」
「あ、うん……」
里村は少し寂しそうな様子を見せたが、すぐにそれを感じさせない溌剌な調子へと変化した。
「この一月、楽しかった」
「あぁ、僕はとても疲れました。と、その前に」
圭は木本の方を見る。
「死者のチェックはきちんと行っていますか?」
「え?あ、はい」
「しばらくは何も起きないと思いますが、送迎とチェックは忘れないようにしてください。それと、引越しの目処はつきましたか?」
「あ、……引っ越す必要、あるの?」
「あります。結局今回の犯人である死霊術師は見つかりませんでした。かなり戦力を削ったのでしばらくは仕掛けてこないとは思いますが……ヤツがいつ行動を再開するか分かりませんからね」
「……わかりました」
木本が圭の言葉に返答する。もしかしたら事務所が何かを通して管理を行うべきだと考えていたのかもしれない。
「それじゃあ、これで依頼はお終いです。……あなたのストーカーは、必ず仕留めます。なので、心配しないでください」
それからいくらか世間話をしてから二人を事務所に送り届け、再び能対課へと戻ってきた。
「あ、袴田さん」
「ん?あぁ三鷹か」
能対課についてすぐに、外でタバコを吸っていた袴田を見つけた。やはり屋内は完全禁煙らしい。
「どうですか?」
「ああ、まだ確定ではないだろうが、『強靭』の足取りは追えている」
「そうですか。まだ消えてはいないんですね」
「んぁ?そりゃどういうことだ」
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とある場所。
ナクモは頭を抱え腹を下しながら、屋内の廊下を歩いていた。
「なんだってんだ……『奇術師』になんかされてから、病気にでもなったってのか?ゔっ、……」
その姿は虚で、いつもの覇気は一切感じられない。目にくまができており、何度も治癒魔術をかけられているのに鼻血が止まらなかった。
ふらふらと歩きながら、一つの扉を開ける。
その先には並んで立つ見知った二人。それに一人の新参者。
そしてその奥、何段か高い位置に座る男がいた。
「ナクモ、遅い」
「キヒヒ、ハゲちゃった?」
よく聞く抑揚のない声に、不快感を与える気色悪い笑い声。二つが頭の中にガンガンこだまする。
それでもここは、ナクモにとっては神聖な場だ。気持ち悪さを無理して堪え、姿勢を正して三人に並び立った。
「遅れて、すいません。ボス」
厳かな空気の中、ボスと呼ばれた男はナクモの方を見た。魔術か何かを使っているのだろうか、その顔は分からない。
今まで一度も、ナクモは自分の上に立つ存在の顔を見たことがなかった。
「……まあ、いい」
興味がない。まさにそんな意図を感じさせる言葉に、感じていた恐怖が少しばかり安らいだ。
「成果は?」
その一言だけで、ミモザが前に出た。
「はい。『赤』はほぼ壊滅。『韋駄天』は逃げたようですが、求心力もないため再建は不可能と考えられます」
「ヒヒッ、ボス。死体のストックがほぼなくなっちままっ、なくなって、しまいました。補充、して、したいですっ」
「……なぜなくなる」
「見てない、から、なんとも。……フヒヒ」
「モデン、笑わない」
「ヒ、……」
汚らしい声が、ナクモの頭をさらに汚染する。頭がガンガンして意識も朦朧とし始めるが、気合でなんとか踏ん張る。
そのタイミングで、顔を見せないボスから声がかかった。
「ナクモ。何があった」
「っ、……おそらく、『奇術師』、かと」
死体がどうなったかは確認していないが、8割がた『奇術師』三鷹圭の仕業だと予想はついていた。あの見えない酸なら、跡形もなく消してしまえるかもしれない。
思考ではなく、直感的に答えたナクモを見て、ボスは顎を手で撫でた。
「『奇術師』……ハザマも『奇術師』。『毒針』もか。厄介な男だ」
それだけ言うと、今度はナクモが見たことのなかった隣の男へと視線を向けた。
「ネロだ。時間はかかったが、仕方あるまい」
「よろしくお願いします」
含みを持たせた言葉で紹介すると、ネロと呼ばれた端麗な男は右手を胸に当ててゆっくりと頭を下げた。
それだけ。わずかそれだけの会見の後、ボスはその場から後方へと消えていった。
「……あぁ、くそっ」
ボスが去ったことで気が抜けたナクモがふらふらと横に傾く。それでもなんとか踏ん張り、部屋を去っていった三人を追うようにしてゆっくりと歩いていった。
「ちくしょう、どうなってやがるんだ……」
頭を毟ると、大量の髪が抜けて手からこぼれ落ちる。その異様な変化に、気持ち悪さとともに恐怖まで感じ始めていた。
「とにかく、横に……」
這うようにして自室の扉を開け中に転がり込む。そのままうつ伏せになり、ナクモの意識は暗闇の中に消えていった。
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袴田は気になっていたことがあった。
「そういやぁよ。なんで『強靭』と戦った後、ボロボロだったんだ?楓ちゃんの言う通り、もっと楽に勝てる手段があったんじゃねぇのか?」
「あー、それはですね」
頭を掻いて、苦笑いではなく少し深刻さを感じさせる表情で袴田と目を合わせた。
「一つはナクモを餌にして『闇夜の騎士団』の拠点を見つけるため」
「まあそりゃ分かるが」
「二つ目は、」
少し言いにくそうに口をまごつかせた。
「死んでもらうためですよ」
その言葉に、袴田は疑問を抱かざるを得なかった。餌とするために生かし、なおかつ自らの手で殺す。なぜそんなことができるのか、そして圭はどうして言い辛そうにしているのかがよく分からなかった。
「これを使うのは、やっぱり抵抗があったんですけど……」
光とは、一種の電磁波である。逆に電磁波は光だけを示すものではない。電磁波は波の性質を持っており、波には必ず波長というものがある。
この波長が短ければ紫外線、波長が長ければ赤外線、と言うように、電磁波には波長によってさまざまな分類に分けられる。
ここで、光、すなわち電磁波にエネルギーを与えて波長を極限まで小さくするとどうなるのか。
「今回使ったのは、γ線です。これ、放射線なんです」
γ線は身体ですら透過し、内臓や骨髄に影響を及ぼす。それにより幾つもの細胞が死滅し、被曝量が多ければ簡単に死に至る。
ナクモに起こった症状は急性放射線障害。短時間で頭痛や吐き気の症状が現れる。そして数日の潜伏ののちに急に容態が悪化し、身体中に異常をきたす。
そもそも放射線により細胞が死滅しているので、治癒魔術でも効果は期待できない。
倫理性を除外すれば、確実に仕留めるにはうってつけの手段だった。
「だから、しばらくしたら……少なくとも一月以内には死ぬと思います。それに、健康状態を考えれば、もう戦える身体に戻ることはないでしょうね」
「……それ、本当に良かったのか?」
袴田の指摘に少し顔を沈めて考える様子を見せるが、すぐに様子は元に戻った。
「どうせ、殺すつもりでしたし、向こうもそれを覚悟の上で戦ったはずです。どんな経過を辿れど、死んでしまえば同じでしょう。それに、」
なんとなく。天を仰いだ。
「『闇夜の騎士団』が悪であるならば、これくらいしないと被害者が報われないと思います」
その後、袴田には『追跡』の件を誰にも話さないようにと念押しし、能対課本部を後にした。
単語の組み合わせでどんな魔術になるのか、知識があれば意外と予想できます。今回の超臨界流体や放射線なども、意味の近い単語で検索したら出てくるのが面白いところです。
科学講座
◯放射線(X線)
ご存知の通り、今回用いたものは放射線です。放射線に関してはイメージが良くないので出そうか非常に悩みましたが、誰しもが思いつくアイデアなので採用すべきだろうと判断しました。
今回は放射線の中でもX線(γ線)を使っています。
実はX線は、光(厳密には電磁波)の一種です。
ではX線はどんな光なのでしょう。ここで少し光について学んでおきましょう。
想像つかないかもしれませんが、光は「粒子と波の両方の性質」を持っています。詳しく解説すると面倒なので飛ばしますが、中学生か高校生の時に学んだ「ヤングの実験(二重スリット実験)」を思い出すと少しわかると思います。
わからない人は調べてみよう。
で、ここでは光の波の性質に着目します。
波には波長というものがあります。これは一往復した間に移動した距離のことですね。波の山と山の間の距離です。
光の場合、この波長によっていろいろな性質を見せます。
例えば可視光。同じ光なのに、波長が変わると色は赤から紫まで変化します。
紫外線や赤外線も光です。赤外線は波長が赤色より大きい光、紫外線は波長が紫色より小さい光です。
では元に戻りましょう。
実はX線は、この波長を極限まで小さくした光なのです(γ線も似たようなものです)。
波長を小さくすると、エネルギーは非常に大きくなります。そのため、X線を浴びるとエネルギーが大きすぎて、体が異常をきたすようになります。
浴びるエネルギーが大きくなるほど、体に与えるダメージは深刻です。短期間に大量に浴びた場合、さまざまな臓器が破壊され死滅します。
ちなみに原爆や原発の被曝はγ線ではなく、主にβ線が原因です。こちらは光ではなく電子が正体です。γ線は一般的にコバルト60から放射されますが、β線はトリチウム(三重水素)から放射されます。
なおX線は、ガンの治療などの医療に使われたり、結晶の構造を調べたりなど、いろんなところに応用されています。
放射線という言葉だけで怖がるのではなく、きちんと性質を理解すれば、いいところもあるんだと分かると思います。
なお、二重スリット実験はもう少し深掘ると量子力学へとたどり着きます。シュレディンガーの猫のやつです。
最近は小・中学生レベルでも分かる解説もあるので、興味を持った方は少し調べてみると、意外と面白いかもしれません。




