とっておきの科学魔術
じつはこの小説には科学の面白さも知って欲しいというコンセプトがありまして、明日から使える科学の知識を披露してきました。
ですが、今回のはかなり難しいので、分からない人はかっこいい名前でも覚えていってください。
時は少し遡り、狭山による大爆発が起こる前。
姿を隠した圭と楓は、真田たちがランク6級同士で戦っているのを確認していた。
ナクモの能力は純粋な身体強化。
そして『韋駄天』は、速さ磨きをかける能力だ。
筋肉がほとんどついてなさそうな身体だが、その速度は二つ名の通りまさに韋駄天。
圭や楓でも見失いそうになるほどの速度で動いており、速さのみならナクモ以上だ。
だが、真田は圧力を操作する。ナクモ、『韋駄天』ともに上から重圧をかけることで、本来よりはるかに動きを制限することが可能だ。少なくとも、真田であれば『韋駄天』だけなら対応できた。
「かき回しおって、『圧』っ!」
「うぉっ、とと」
真田が正面のナクモへと圧力をかけるが、速度だけではないナクモの方は、眞田の能力下では『韋駄天』よりはるかに速く動ける。
攻撃はしてこないくせにちょこまかと戦いに顔を挟むせいで、予想外の手間取り方をしていた。
とはいえ、最上位同士がぶち当たってくれるのであれば、今から行うことに関しては都合がいい。
「私は準備できてるわ」
「そっか。オケオケ」
実は、圭は『死霊』がいる拠点に攻め込むために、新たな魔術を一つ考えていた。
それが、突然この掃討戦に参加することになり、無駄になってしまったかと思っていた。
だが、どうやらここにも『死霊』はいるかもしれない。
ならば、せっかくだからお披露目しよう。
「『捉えろ』」
楓が魔法陣を浮かび上がらせ、再度探知魔術を発動した。それを維持したまま、もう一度魔術を唱える。
「『土よ』」
地面から土が浮かび上がり、小さくちぎれていくつもの土弾を構成していく。そして、さらにもう一つ魔術を展開した。
「『風よ』」
一通り発動させてから、周りを舞う風に髪を揺らせて、楓は圭の方を見た。
「やるじゃん、もう並列魔術は完璧だね」
「これくらい、できて当然よ。それより早くやってよ。長時間の並列操作は、いくらなんでも難しいから」
「分かってるよ」
今度は圭が魔法陣を展開させる。
「『水よ』」
魔法陣に連動して早くも水が宙に現れた。それを見てニヤリと笑う。
「『熱よ』」
両手大だった魔法陣は人の大きさほどにまで広がる。すると、水は周囲に湯気を出し始めた。
「これ、何をやってるの?」
「あれだよ。化学の勉強の時に覚えただろ?」
「あれ?」
考えることにリソースを割かないことを分かってて、楓に笑い返した。
魔法陣は、さらに広がる。
「『凝縮』」
三つ目の言葉を放つと、宙に浮いていた水に異変が現れる。
初めは水が不自然な挙動を見せた。それが徐々に大きくなっていくと、突如として水に色が現れた。
「水が、赤く……」
まだ、温度と、圧力が、上がっていく。
「黒くなり、そして……」
赤茶色が一瞬で黒へと変わり、透明感が一切なくなる。
激しいうねりを作り出しながらも真っ黒になった水が次第に透明になっていった。
「……消える」
魔術で生み出したはずの水は、どこにも無くなっていた。人の目では、認識できなくなったのだ。
「『臨界点・突破』」
成功、という言葉が楓の耳に入る。この、宙に何もない状態が、成功なのだと。
「何をしたの?」
「言っただろ?水が、臨界点を突破したんだよ」
「臨界点?」
「そ。374℃、22MPa。臨界点」
「まさか、……あなた、それやりたかったの?」
「いいじゃないか、これぞ男のロマン」
臨界点を超えると、水は超臨界流体へと変化する。
「水中燃焼、やってやろうや」
「よく分かんないけど、標的は教えるわ」
「風も一緒に送ってくれ」
「わ、分かったわよ!」
楓の探知魔術は、死霊術を判別できる。それに合わせて作っておいた土弾を放ち風を送った。
「っし、行けっ!」
走り出した圭は棒を前に突き出した。姿を隠していなければ、周りの人には間抜けに映っただろう。
だが、すぐに変化は現れる。
「え?」
何もない空間で、死体が崩れ始めたのだ。
それも、凄まじい速さで。
「なにこれっ」
「ふふふ、はっはっは。頼むぞ楓、もっと風を送り続けるんだ」
「わ、わけわかんないっ!」
この行動で、戦況は狂い始めた。
初めは『赤』と能対課、そして死霊術に操られる死体の三竦みだった。
だが、今はどうだ。
どういうわけか、死体の身体だけが崩壊していくのだ。
その影響で『闇夜の騎士団』の勢力が崩れていく。その原因である圭は、笑いながら棒を振り回していた。
「ひゃひゃー、こりゃいい!こいつはスゲェや!楓がいなけりゃ全員分解されてたかもねっ」
楓の礫が飛んでいく方へと棒を振ると、礫に当たった死体はすぐに全身から崩壊していく。
その様は圭のテンションとは裏腹に、あまりにも悍しい光景だった。
「ちょっと、ケイ!何が起きてるの!?」
いい加減気になった楓が前を走る圭を止める。そのタイミングで、ナクモが見えていない二人の方へ走ってきた。
「おっと」
手をナクモへと向けると、その直後に大きな声が響いた。
「ぎゃぁあぁぁぁっ!?」
ナクモの着ていた服は、一瞬で溶けた。そして溶けて風にさらされた部分は真っ赤に焼けあがっていた。
水は身の回りに溢れているものだが、実はいくつも興味深い特性を持っている。
超臨界水はその一例だ。
374℃、22.12MPaを超えて超臨界状態になると、液体と気体の境目がなくなる。そのため、超臨界水は目に見えない。
そして、強力な分解作用を持つようになる。
しかもこれは気体の性質も持っているため、水でありながら身体の外だろうが中だろうが一瞬で侵入し、そこから有機物を分解し始める。
その速度は尋常ではなく、たいていの有機物は一瞬で水と二酸化炭素に分解される。
この圭が操る見えない水に包まれたら即死。多少の耐性はあるだろうが、能力者だろうが魔術師だろうが関係ない。
なにより、溶ける水に包まれる感覚がないのだから、避けようがない。
「理屈は後で教えるよ。それで、『死霊』っぽいのいるか?」
「えっと、……あれ?」
「どうした?」
「あ、ううん、なんでもない。変にかたまってるところはないわ」
「そうか。……まあ顔は出さないよな」
楓の風は、酸素供給だ。反応が速い分、酸素消費も異常に速い。
この魔術はコントロールが非常に難しい。
超臨界状態では、温度と圧力によってあらゆる物性値が変化する。しかも、魔術で強引にフラスコの中の空間を作り出しているのだ。
楓を煽ったものはいいものの、圭も別の魔術を並列に行使することはできそうにない。
しかしその代わり、凄まじい威力だった。
棒を前に振ると、その方向の木や草、その他さまざまな有機物が全て一瞬で分解されていく。
山の中のはずなのに、楓が示す方向へいとも簡単に進むことができてしまう。そして当然、二人が通った後には、文字通り虫一匹生きてはいない。
「どこでそんなバケモノ魔術身につけてきたのよ!」
「いんや、これに関しては最先端技術だ。燃焼量とか魔術的な恩恵がモリモリだけど、これはもう実用化されてる科学技術だよ。僕も完璧な理解はできてないから、下手なことしたら自滅しかねないけどね」
「んなっ、……ま、魔術師は、白痴であるべきだということがよーく分かったわ」
フラスコの中でしか起き得ない現象が、魔術を使えばどこでも展開できる。科学と魔術の行き過ぎた交差は、どう考えてもロクなことにならない。
「むしろ僕としては、なんでこういったことをみんなやらないのか不思議だね」
「普通、魔術師や能力者って勉強しないじゃない」
「楓は勉強してる。両立は可能なはずだろ?」
「それはそうだけど」
「ならなんで誰もやらないんだ?」
楓が礫を投げると、隠れていた死体が顔を出す。それを圭が見てからすぐに、死体は分解されていった。
「……んぉ?」
死体をチリと化しながらも周りの状況を確認していた圭は、大きな地響きの音と地震に気がついた。
「こんな時に、地震?」
それは楓も感じたようで、動きを止め下を見る。かといって、何が見えるわけでもない。
その後すぐに、探知魔術を使い続けていた楓が、味方に動きが出ていたのに気付いた。
「見て、一部の人が引いてくわ」
「ん、ホントだ。別方向から仕掛けるのか?」
半分ほど後退し、残りが居残る。
その判断が正しいのかは分からないが、圭と楓の二人で『闇夜の騎士団』の軍勢をほぼ全滅させたことで戦況は一気に変わっている。
「どうしようか」
「もうほとんど死体は片付けたわ」
「じゃあ、ちょっかい出す?」
「……仕事、終わったということにしておきましょう」
楓の言葉に頷いて魔術を解くと、その上空に熱湯が現れ重力に従って地面に水溜りを作った。
その瞬間、地面が揺れた。
「ん?」
「え?」
揺れるだけではない。地面は明らかに二人を中心に隆起していた。
そして、黒い光が天へ登ったのを見た瞬間、地面が噴火の如く大爆発を引き起こした。
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吹き飛ばされた圭と楓が頭をさすりながら立ち上がると、そこにはとんでもない光景があった。
「と、とんでもない吹き飛び方をしてるわね」
「あ、ああ」
地上の一部がめくれ上がっている。恐ろしい威力だ。
これは狭山が自爆を仕掛けたことによるものだったのだが、二人には一体何が起こったか分からなかった。
困惑しながらあたりを見渡すと、先程二手に分かれたうちの片方がこの爆発の近辺に位置しているのが分かった。
「半分巻き込まれてる。これは、かなりの犠牲が出てそうだ」
あの中にはおそらく圭の知っている人たちも巻き込まれているはずだ。身体能力が強化されても、あの爆発に巻き込まれては瀕死は必至だろう。
「助けなきゃ」
「分かってる」
だが、二人の考えはそううまくはいかなかった。
吹っ飛んだ瓦礫の一箇所がガラガラと崩れ落ちる。そしてその下からゆっくりと、ナクモが現れた。
「っつつ、んだ今のぁ……んぉ?」
先程二人がしたように後頭部を擦ったナクモは、この場に唯一立っていた二人に目を向けた。
「っ、『奇術師』かっ!」
「あぁ、くそ。厄介なのに見つかった……」
ナクモがその場から飛び跳ねて大きく距離を取る。この不慮の遭遇に、さすがの圭も不満をあらわにしてしまう。
その隣にいた楓も、少しだけ身体を震わせながら戦闘態勢へと切り替えた。
「正直『奇術師』と戦うのは御免だったが、こう遭遇しちゃしかたねぇ」
ナクモも身体を低くする。荒れ果てた大地は、複雑な戦場を作り出していた。
圭はナクモから目を逸らさないようにしながら、楓に声をかける。
「楓、袴田さんを呼んできてくれ」
「え、でも……」
「救助には行きたいけど、この際仕方ない」
冷や汗が頬に唾たる。
「頼むよ」
「わ、分かったわ」
楓も自分の実力は分かっている。ナクモとぶち当たっても敗北は確実。圭からすれば足手まとい。ならばここからすぐに移動して圭の言う通りにした方がいい。
目を逸らさずに少しずつジリジリと後ろへと下がるその姿を見て、ナクモは楓に向けて声を出した。
「そこの嬢ちゃん、俺はアンタにゃ興味ねぇ。とっとと失せな」
その言葉を聞いて、楓は圭が頷くのを確認してから、二人に背を向けて走り出した。
「さて、二人になったわけだが」
ナクモは臨戦体制のまま圭へと言葉を投げかけた。
「今度こそ決着で、いいだろ?」
「……死にたくはないなぁ」
「よく言うぜ」
一瞬だけ腰を落としてから、ナクモは圭の方へ一直線に飛び込んだ。
それを予見していた圭はある程度の余裕を持って避ける。
ナクモは身体能力に特化している。それは同格の魔術師による身体強化をはるかに凌駕している。
そのため圭も、普段使う魔力よりかなり大きな量を注ぎ込んで、身体強化を施した。
「こんなことならさっきの超臨界水そのままにしとけばよかった」
一気に動きが速くなった圭は、ナクモの追撃を見切り腕を掴み、勢いよく地面に叩きつけた。
そのまま持ち上げてさらに叩きつけようとしたが、今度は圭が宙に浮いていた。
ナクモの馬鹿力によって掴んでるはずの圭が逆に持ち上げられたのだ。
「チッ」
足をつかもうと伸びてきた手から跳び退き距離を取り、いつでも動けるように構えつつもナクモの様子を窺った。
「ってぇ。魔術師でもその身体強化はオカシイだろ」
「普通だよ、普通」
「んなわけあるか」
まるでダメージを受けていない様子のナクモは破けたままの服をはたいて汚れを落とすそぶりを見せた。
そして嫌そうに圭の方に視線を移す。
「他のやつなら素の能力でゴリ押しすりゃ勝てるから楽だ。けどてめぇは技で対応してきやがる。こういうのは好きじゃねぇ」
「あっそ」
サバイバルの時に戦った『奇術師』圭と『生命』生田は、ナクモからすればあまり面白くない相手だ。圭は技で実力を詰める。生田は攻撃回避が異常に上手い。ストレスが溜まる相手だと感じさせられていた。
「……『水よ』『熱よ』『凝縮』」
「水だぁ?俺に柔な魔術は効かね……ッラァァッ!」
初めはただの水の魔術かと鼻で笑ったが、すぐにそんなわけがないとナクモは気付く。
水が渦巻き、異常な変化を起こしている。その上色まで変わってきた。
それ以前に、『奇術師』がただの水を使うわけがなかった。
だからこそまっすぐ攻撃を仕掛けたのだが、それはあっさりと躱される。その程度は想定済みだった。
そしてあの魔術が再び発動される。
「っ、ぶねぇ。身体強化と併用は無理があるか。だが、……『臨界点・突破』」
赤く変化した水は黒く染まり、そして霧散する。この現象がどういう意味をもたらすのか、ナクモは一切知らなかった。
「水が、消えた……?」
「ナクモだったな。あんたは身体を分解されたことはあるか?」
「あぁん?何言ってんだ?」
持っていた瓶を宙に投げつけ宙で割れるのを確認してから、いつのまにか手に持っていた棒をゆっくりと振りナクモへと向ける。それに乗って、見えない魔術はナクモの身体を取り込んだ。
「あ、」
服が一瞬にして分解される。それに一瞬目を奪われた直後に、ナクモの全身あらゆるところから強烈な痛みが走った。
「ギャァァァァアっ!」
「息を吸えば肺が溶ける」
「ギャッ、ア、ア、」
ほぼ気体と化した水は喉から肺へと入り込み、酸素がある限り有機物を分解していく。
言い換えれば、水中で内臓の燃焼が起こっていた。
「ア、アァ……」
「チッ、酸素不足か。燃焼が早過ぎるせいか」
「……っ、!?」
だが、反応が速い分、消費も速い。あっという間に燃焼が終わり、ナクモは覚醒して一気に飛び上がった。
「あ、あぁ、……はぁ、はぁ……なんだ、今のは……」
咄嗟に飛び上がったのは真上。そのまま下に落ちるのはまずいと悟り、大きく一歩足踏みして宙を蹴った。
かなり離れたところで着地したナクモは、不可思議な攻撃を行った圭を睨む。手を見れば皮膚が若干爛れていた。
「今のは、マズい。ケホッ、ケホッ……息がうまく、吸えねぇ」
棒をゆっくりと振ったのを見て、素早く跳んで距離を取る。今のところは棒の動きを見れば回避はできる。だがこれで、近づけなくなった。
一方、圭も冷や汗を地面に垂らしていた。
この魔術は魔力のコストパフォーマンスは非常に優秀なのだが、いかんせんコントロールが難しい。大気の影響で、気を抜けば超臨界の場が霧散しかねないからだ。
長期間の使用は、思考に支障をきたしかねない。
ゆっくりと棒を振り、ナクモの動きに合わせて超臨界水を移動させる。単調になりつつあったナクモの行動は予想しやすく、もう一度ナクモは水中燃焼し叫び声を上げる。
「楓はまだかっ、……大丈夫。上手くやれる」
目を閉じて、ゆっくりと息を吸う。
そして、今の魔術を解除した。
「ふぅっ、」
だが棒は下ろさない。ブラフをかけてゆっくりと、ゆっくりとナクモの方へと向けて、移動を制限させる。
そして片手を棒から離し前へと開く。
「『光よ』『波よ』『凝縮』」
三つの言葉が紡がれ、圭の前に巨大な魔法陣が展開され、赤く光り空中に溶けていく。
棒を捨て手を銃に見立てて構えながら、キーとなる言葉を叫んだ。
「『レイ・ガン』っ!」
ナクモは動かなかった。いや、彼にとっては動く必要がなかったと言ったほうがいいかもしれない。
圭の展開した魔法陣からは、何も出なかったのだ。魔術は発動したはずなのに、何も起こらない。それにナクモから見れば、圭の方が動揺しているように見える。
さらに、さっきまで警戒していた棒が捨てられた。これで意味不明な不可視の魔術も解除された。
ここがチャンスと判断した。
「『光よ』『波よ』『凝縮』っ!」
先ほどと同じであろう魔術が展開されるが、一瞬警戒して何も出ないことを確認してから真っ直ぐに圭へと迫り、その拳を正面に叩きつけた。
「ぐぁっ、……」
まるでボールのように地面を跳ねながら転がっていく圭の姿を見て、思わず高揚してしまう。
「くくっ、『奇術師』でも、魔術を失敗する、ってか。ケホッ、ケホッ……チッ、」
いまだに喉から身体の中に痛みが走ることに苛立ちを感じ、寝転がる圭を思いっきり蹴り飛ばす。
その時に僅かながら衝撃を逃したような手応えを感じたが、それも気にせずに木にぶつかって座り込んだ圭に向かってゆっくりと歩き出す。
「……っ、」
ゆっくりと両手を銃の形に構えた圭の姿を見て嘲笑する。二度も失敗した魔術を再度使うとは、あまりにも滑稽だ。
「『レイ・ガン』っ、」
避けるまでもない。そう思い魔術の発動に一切怯みを見せない。
「っ、くっ、……『治、ぐぅぁっ!」
治癒魔術も発動させない。口が開いた瞬間に距離を詰め、頭を掴み木に打ち付けた。その勢いで木が音を立てて折れる。
なんとか生きながらえている圭の首を掴み持ち上げ、ナクモは勝ち誇ったようにせせら笑った。
「まさか、三度も魔術を失敗するとはなぁ。こんな間抜けだとは思ってもいなかったぜ」
「へ、へへ……」
苦し紛れのように笑う圭を見てイラッときたナクモは、ぶら下がったままの身体に強烈なパンチを撃ち付ける。
「ぐっ、カハッ……」
咳き込み、口から血が縦に線を描く。それでも、顔は笑っていた。
「は、……」
「はっ?」
『爆ぜろ』っ、」
「うぉっ、」
思わぬ反撃が顔面に当たり、思わず圭を振り解いて顔を押さえた。
すぐに手を除け吹っ飛ばした圭の方を見ると、すでに治癒魔術を発動させた後だった。
「ふぅっ、ふぅっ……」
だが、完治には至っていない。腹部から手は離したが、傷塗れで身体中から血を流す姿は変わってはいなかった。
「ナクモ」
「んぁ?」
「……僕は、死にたくない」
「今更往生際の悪ぃやつだな」
「なんとでも言えばいいさ」
圭が戦闘の構えを解いて、その場で脱力した姿勢に戻した。血は流れ、足元を少しずつ赤く染めていく。
「一瞬一秒でも、生きながらえたいんだ」
「……で、何が言いたい」
「時間稼ぎ。助けが来ればいいと思っている」
「助けってのは、さっきの女か?だったら諦めな。分かったんだろ?」
「他のランク6でも来るさ」
「そりゃ無理だ。どうせ『最強』は表に出ない。『五属』は『槌撃』とミモザと『赤帽』が相手だ。『重厳』は『韋駄天』。おまえんとこにゃランク6は来れない」
「そうか……。じゃあ、少しだけ話をさせてほしい」
「話、だぁ?」
「そうさ」
ナクモが目を逸らさない中、圭はゆっくりと腰を下ろしあぐらをかく。そして目を瞑り、大きく深呼吸した。
「光ってのは、何か知ってるか?」
「光?光は光だろ」
「そうだね。光は光だ。そして、光っていうのは不思議なことに、粒子としての性質と波としての性質をあわせ持っているんだ」
「……何言ってんだ?」
「中学生の時に、『ヤングの実験』ってやらなかったか?あれは光が波だと証明している。ところが、光に照らされて生まれた影は、波では説明がつかず、光は粒子だろうと考えられる」
「今更お勉強か?そんなもんを俺に求めてるってのか?」
少しずつ、圭の言う言葉に苛立ちを感じ始めたナクモが攻撃を仕掛けようと構えるが、それを見た圭はまだ話は終わってないと言わんばかりに両手を前に振った。
「もう少し付き合ってくれてもいいじゃないか。あと少しだけ」
「チッ、まあいいさ。どうせすぐ殺す」
「酷いなぁ。で、続きなんだけど……光は実は、粒子と波の性質を持つ、電磁波だということをマクスウェルが発見した。つまり、電磁波の一つが光ってわけ。電磁波の中でもほんの一部しか人間の目は感知できない。ほら、紫外線や赤外線は人の目には見えないだろ?」
「……っ、だから、何が言いたいんだっ!」
先が見えない勉強話に、さすがのナクモも堪忍袋の尾が切れそうだった。圭が話していることなど、最初の光が何かと書かれたことくらいしか頭には残っていない。
そんな様子を見て、ゆっくりと圭は立ち上がった。
「……ふぅっ。そろそろか」
そしてニヤニヤと笑いながらナクモを見る。
それは命乞いをしている人物の目ではない。
「さて、」
勝ちを確信した目だった。
「僕が三度も、魔術を失敗すると思った?」
その言葉を聞いたと同時に、ナクモは全身に悪寒が走ったのを感じた。
目の前に立つ圭の姿が歪む。
そして唐突に喉にせり上がりを感じその場に吐瀉物を撒き散らした。
「はぁっ、はぁっ、……なにを……」
「うわー、えっぐ。汚ぇー……」
「く、そっ!」
「っ、と」
また何かが起こる前に、目の前の敵を倒しておかなきゃならない。そう判断して殴りかかったのに、呆気なく躱されてしまう。
身体能力はナクモの方が上なのに、だ。
「何を、した……答えろっ!」
「……魔術を使っただけ。失敗したそぶりを見せてね。にしても、実験しておけばよかったなぁ」
「実験、だと……?」
「あ、いや。こっちの話。じゃ、僕はトンズラするよ。無事生き延びることもできそうだ」
「はぁぁぁぁっ!!」
圭に再び接近して手を振るい、足を振るう。何度か圭に当たるが、雑な攻撃のせいで衝撃が減らされ大きなダメージは当てられない。
「頭が、痛ぇ……」
「ってて、さっきのボロ負け具合で楓が来ないってことは、もう救助の方に向かってるってことかな。それじゃ、バイバイ」
「ま、待てっ……」
最後まで解いていなかった身体強化でその場から圭が逃走する。
まるで二日酔いを強烈にしたかのような体調不良に襲われたナクモは、それを追うほどの余裕は今はなかった。
戦局が変わり『赤』がほぼ壊滅したことを確認したミモザが、木にもたれかかり座っているナクモのところへと辿り着いた。
「ナクモ。何してる」
「はぁ、はぁ……ミモザか。『奇術師』とぶつかった」
「倒した?」
「いや、逃げられた。くぅ……ようやく、慣れてきた」
「病気でも罹った?」
「何か、『奇術師』がしたらしいが、分からん……」
ゆっくりと力なく立ち上がるナクモを見て、ミモザは異変に気付く。
「身体、変」
「あぁっ?……何が起こってんだ」
「治しておく」
「あぁ、すまねぇ」
ミモザの前に魔法陣が出現し、ナクモの身体を優しく包む。身体に浮き上がるマダラ模様の赤みも少しずつ元どおりに戻っていき、気分の悪さもだいぶ回復した。とはいえ、まだ怠さは治らない。
「帰る」
「分かってらぁ」
その場で二人は、姿を消した。
作者も完璧には分かってませんので悪しからず。
◯科学の解説
・超臨界水
どことなく厨二な響きの言葉ですが、これは現在最先端の科学と言ってもいいと思います。
簡単に言うと、気体と液体の区別がつかなくなった状態を『超臨界状態』と言い、水であれば 374℃, 22MPa(218気圧)(臨界点)以上で臨界します。
なお、この超臨界水の特徴は、主に二つあります。
一つ目は、温度と圧力を変えることで、『さまざまな物性値を水と水蒸気の間の値で操作』できます。
概念的な例ですが、塩は水に溶けることは誰もが知っていますよね?この性質を持ちながら、空気のような抵抗のない気体状態を保ちます。
つまり、塩が溶ける空気になります。不思議だよね。
他にも、電気抵抗やイオン積など幅広い物性値を温度と圧力を変えるだけで変えてしまうのです。
二つ目は、『なんでも酸化、分解する』ことです。これにより、なんと『水中燃焼』ができてしまいます。
そもそも前提として、燃焼とは本質的には酸化反応です。化学式でCO2みたいに酸素がくっついてしまうんですね。
で、この燃焼には条件があって、燃焼反応には一定以上のエネルギー(活性化エネルギー)が必要です。
一度でもこれを超えてしまえば、あとは連鎖的に燃焼エネルギーが活性化エネルギーを超えるために物は燃えるのです。
では超臨界水の中ではどうかというと、超臨界水は超高温高圧力下ですので、そもそもたくさんエネルギーを持っています。そのため、活性化エネルギーなんて一瞬で手に入れられるので、酸素が有る限り一瞬で全てのものが燃えます。
(あと超臨界水自体がイオン積が大きい(Kw=10e-11くらいだったはず)のも影響しています。)
言い換えれば、この水はどんな金属でも腐食し、どんな有機物でも分解します。
鉄などの金属は当たり前、金のような貴金属でも一瞬で錆びるし、ダイオキシンやプラスチックなども全て水と二酸化炭素に一瞬で分解します。
これらのことを、作中では「一瞬で灰になる」と表現しました。
現在では火力発電などに応用されているようです。この他にも超臨界水の分解性能を応用して環境に優しいゴミ処理装置などを作ろうと研究を重ねているようですが、臨界状態の維持が難しく実現はまだ遠そうです。
なお、超臨界水のちょっと弱いバージョンに「亜臨界水」というものがあります。こちらはバイオマス燃料を作る装置として開発・実用化されています。
水の臨界点突破や、亜臨界水によるバイオマス燃料の生成はYoutubeにも投稿されているので、ぜひ一度見てみてください。




