『赤帽』と狭山の因縁
この話を書いている時、恥ずかしくて悶え苦しんでました。
『赤』の拠点内のとある一室。そこは生活を営むとは程遠い、とてつもなく広い部屋だった。
天井も高い。二百メートルトラックなら軽々入る面積。そして、全面金属によって補強された空間。
これは、年末に狭山が竹岡と圭と戦った場所とそっくりだった。
「はぁぁ、みつけたぁ」
「狭山か」
狭山の真正面に立つ男。
赤帽を被っており、その下に端正な顔が映える。
彼こそが、『赤帽』。『赤』の組織の中で、唯一何の能力か分からない男だ。
そして、狭山と『赤帽』は、長い間の因縁があった。
「久しぶりだな」
「くく、くくくっ」
卑屈に笑う。すでにこの戦いで渦巻く負の感情を多すぎるくらい吸い取っている狭山は、精神状態もかなり不安定になっていた。
だが、それでも目の前の男が『赤帽』であれば、話は別だ。
「この拠点がバレたのはぁ、ぉまえが感情を制御できながったからだろぉ?」
「……さすが、よく知っている」
「散々、吸収させられたからなぁ、ゎかってる」
「で、この俺と戦うというわけか」
狭山の身体からドロリと黒い何かがこぼれ落ち始める。狭山が操る黒影。もうすでに臨戦態勢に入っていた。
それを見てから、『赤帽』は顔を隠すように手を被せた。
そして、肩を上下させて、大きく笑い始めた。
「ふ、ふふっ、ふははっ、はははははははっ!正気か、貴様。この、俺と同じ場に立てるとでも思っているのか!」
高笑いして天井を見上げてから、手を下ろして改めて狭山へと目を向けた。
その顔は、相手を嘲るような、歪んだ表情へと変わっていた。
「雑魚が。『平伏せ』っ!」
手を前に出し、上から下へと振り下ろす。
その動作と同じタイミングで、狭山の身体は突如下へと押しつけられた。
「ぐっ、くくっ」
重石を乗せられたような変化に、思わず狭山も腰を落とす。だが、平伏すほど強烈なものではない。
「弱まってる、なぁ?」
「『黙れ』」
「うぐっ、ん゛ん゛っ」
今度は強制的に口を閉ざされる。それも、何もしていないのにだ。
「いいか、貴様が俺に勝てる道理は、ない」
あえて歩いて狭山のそばまで寄ってくると、傲慢な顔を見せながら腹を蹴り飛ばす。その威力は絶大で、黒い影を使って身体を補強している狭山が、いとも簡単に宙に浮いた。
吹き飛ばされた狭山は身体をゴロゴロと転がし、すぐにその場に立ち上がる。重圧はかかったままだが、その程度でどうにかなる人間ではない。
閉ざされた口を手を使って強引に開いた狭山は、能力発動のトリガーワードを口にした。
「『漆黒物質』」
狭山にとりまとっていたおどろおどろしい黒い影が一斉に動き出す。
あるものは針に、あるものは剣に、あるものは槌へと変化し、それぞれが全て別の方向から襲いかかった。
「死ね」
「チッ、ぁあ、クソ、イライラしてきた」
それらを後ろに下がりながら避けていく。初めは高慢な態度だったのだが、次第に防戦一方になり始め、『赤帽』の心が揺さぶられた。
「あぁ、クソッ、クソッ、クソォッ!」
そして、両手を当てて顔を隠す。
目だけをギョロリと狭山に向けると、『赤帽』が纏う雰囲気が変化した。
「ぶっ殺す」
今度は先ほどの人を見下すような高慢さは消失し、一気に異常なまでの怒気を全面に出し始めた。
ザブザブと黒い影へと入り狭山へと進み始める。その間も影はいくつもの攻撃を仕掛けたのだが、それらは全て拘束され、折られていく。
圭でも破壊し得ない黒影の物質を、あっさりと折っていくその姿は、まさに鬼のようだった。
それを見て、狭山は小さく呟く。
「憤怒、か……ぁ。『纏われし負の鎧」
今度は黒影が狭山の周りを渦巻き出し、ゆっくりと身体を包み始めた。そして、『赤帽』が狭山にたどり着く前に、黒影はしっかりと形を持った鎧へと変化した。
狭山は、『赤帽』の能力を知っていた。
世間一般ではいまだ分からないと言われた『赤帽』の能力は、拘束されていたときに嫌でも覚えてしまっていた。
その能力は、『原罪』。
自ら溢れ出た悪感情が七つに分類され、最も強い感情に応じて、能力も、人格も、行動も変化する。
初めに現れた原罪は『傲慢』。相手を強制的に従わせる能力を持つ。
そして今の能力は『憤怒』。怒りのあまり自らの身体能力が上がってしまう。その向上幅は二倍近くにもなり、一般的なランク6級を簡単に押さえつけることができる。
その圧倒的破壊力に対抗するために、狭山は自らの能力で鎧を作り上げた。
だが、そう簡単にはいかない。
「死ね、クソがっ」
攻撃をしかけようとした瞬間、すでに狭山の右頬に拳がめり込んでいた。
「がぁぁっ、っ」
あまりの威力に、身体が吹っ飛ぶ。完全装甲したはずの鎧は、頬から顔の左側全てが砕け散った。
その勢いではるか距離のある壁へと激突し、ズルズルと下へ落ちる。
だが、すぐに狭山は何事もないかのように立ち上がった。
「く、くぁくっ」
卑屈な笑い声を上げる。
負のエネルギーがある限り、自分の身体を修復できる。
そして、目の前の男の感情を吸収し続けているおかげで、威力もはるかに軽減される。
そもそも狭山が『赤』の組織に捕らえられていたのは、『赤帽』の精神状態を良好に保つためだ。精神的に不安定な能力ゆえ、感情的な選択をしてしまいがちな『赤帽』は、狭山の能力によって理性を保っていた。
しかし狭山が『赤』の手から離れたことにより、『赤帽』は理性を抑えられない場面が増えていき、ミスを犯すことも多くなってきていた。
最終的にこの拠点が発覚するきっかけとなってしまった根幹には、狭山の消失が深く関わっていたのだ。
当然それにはざまぁみろと思ってはいる。しかし、これまでの怨みはこの程度では治まらない。
自分の手で、この男への復讐を完遂させなければならない。
追撃を試みた『赤帽』の拳を避ける。
先の一撃よりも、速度は落ちている。
「く、くくっ」
自分が敵の攻撃を避けられたことに、思わず顔を歪めて笑ってしまった。
負の感情の吸収。
それはすなわち、周囲の人のネガティブな思考を打ち消す働きがある。
そして、『赤帽』は感情の揺さぶりにつられて変化する能力だ。
感情は抑制され、能力の効果自体が弱められる。代わりに、負の感情を吸収した狭山はより力を蓄える。
戦えば戦うほど、狭山が有利になっていく。
「がぁぁあっ!」
さらに遅くなった拳を今度は掴み、鎧を纏った額を相手の顔のど真ん中に打ち付けた。
思わぬ反撃に、『赤帽』が一歩二歩と下がる。それを見逃さず、手を大きく広げて相手の頭を掴んだ。
広げられた手は、黒影の鎧によって大きく広がり、まるで人の頭が卵サイズに見えるように錯覚してしまいそうだった。
「く、かかかっ。『赤帽』ぉ、どぅしたぁ?これで終わりかぁ?」
「あ、ぁ……」
ぶらりと身体が浮く。『赤帽』は、全身の力を完全に抜き切っていた。そして、狭山の手によって、顔が隠れた。
「……だりぃ」
「あ゛っ?」
ポツリと呟くと、顔が挟まれた状態のまま、まるで猫のように身体を回転させて狭山の腕に絡みつく。
そのまま体重と勢いに任せて身体を捻り、流れるような動作で狭山の右腕を折った。
「あ゛ぁっ!?」
あまりの痛みに、さすがの狭山も思わず手を離す。垂れ下がる腕を押さえながら、素早く距離を取った『赤帽』を強く睨んだ。
そしてゆっくりと黒影を腕に絡ませ、折られた部分を治癒していく。
その様子を見ながら、『赤帽』は再び顔を手で隠す。気がつけば、よからぬことを考えそうな悪徳じみた表情へと変化させていた。
「前々から、欲しいと思ってたんだ。その能力、寄越せ」
その言葉と同時に、狭山の纏っていた鎧が解けた。
そして、周囲に広がっていた黒影の一部が『赤帽』の方へと集まっていく。
「はは、こりゃいい。感情も、思いのままだ」
黒影を引きずられまいと距離を取るが、どうしても一部を掠め取られる。
これが、狭山が『赤帽』と戦う上で最も警戒していたことだった。
「能力を奪ったなぁ?」
今の状態は『強欲』。狭山の能力を、一部掠め取ったのだ。
これを使えば負の感情のある程度のコントロールが効いてしまい、冷静な状態で戦うことが可能になってしまう。
当然警戒はしていたのだが、これを使われてはどうしようもない。
ただその代わり、エネルギーが一部吸い取られたことによって、狭山の精神状態も安定した。
そして、この状況下では『赤帽』は『強欲』を解除した場合には狭山の能力も失われる。
ある意味、これで完全に平等な条件だとも言えるかもしれない。
狭山が黒影を形を変えて攻撃すると、それに反撃するような形で攻撃を返される。
狭山が纏った鎧も、気がつけば『赤帽』も纏っていた。
「ぐっ」
「チィッ」
背後から奇襲で槌をぶち当てたと思えば、鋭角に何度も曲がりながら迫りくるランスが狭山の足を貫く。
予め『赤帽』は狭山の能力を想定していたのかもしれない。不自然なまでに狭山の能力を自在に操る『赤帽』は、大きく顔を歪めて、黒影を渦巻かせ始める。
そして、異常な練度で黒影を全て操作し、何十もの杭を作り出す。
「トドメだ」
自分の配下にある全てを、同時に狭山へと突き刺した。
「あ゛っ……」
血が吹き出る。身体中が黒影によって突き刺され、力なく頭が下がる。
そこで、『赤帽』はまた顔を押さえた。そしてすぐに表情は変わり、最初に見せた高慢な態度へと変化する。
同時に、狭山を突き刺していた黒影も消え、狭山はその場に倒れ伏した。
「くくっ、ザマァねぇな。自分の能力でやられるたぁ、傑作だ」
嗤い、蔑む。脚を頭部に乗せ天を仰ぐ。
この勝敗に決着がついたと、高笑いを始めた。
「く、け、くけけ……」
不気味な笑い声が鼓膜を揺らす。思わず下を見ると、血を吹き出しながら狭山は『赤帽』の足を握っていた。
「あぁん?往生際の悪い奴だ。『平伏せ』」
ズシリと佐山に強制力が働く。それでも、足首を握るのをやめない。
「『赤帽』ぉ、おまぇは俺の能力を知らなぃ」
「はぁ?何言ってんだてめぇ」
「く、くくくっ、くひひひひっ」
「おぁっ!?」
足首から脹脛、腿、腰と手がどんどん這い上がる。それに伴い狭山は身体を赤帽に密着させて拘束する。
「『離せ』っ、くそ、んだよこいつっ!?まだこんな力をっ」
そして、完全に身体を拘束した状態になって、狭山は『赤帽』の耳に囁きかけた。
「負のエネルギーは、操らぁなくても、いぃんだ。どの道、ぁつかいきれねぇ」
「なにをっ!?」
「だからよぉ、暴走させんだょ」
そこまで聞いて、『赤帽』の顔は血の気が引き真っ青になっていた。
「まさかっ!貴様このままっ!?」
「その感情も、ェネルギーだ」
そしてトリガーの言葉を、口にした。
「『悪魔の慟哭」
直後、黒い光が一気に全方向へと放たれた。
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竹岡がたどり着いた時には、すでにその場のあらゆるものが崩壊していた。
地上で戦っていた者たちは半強制的に地下へと引き摺り込まれ、フリーの能力者や『赤』のメンバーは皆瓦礫の中に転がっていた。
「なんという……はっ、」
人の混じった瓦礫の中から、土塊を弾き飛ばして一人の男が現れた。
「あれは……」
とっさに名前が出てこないうちに、今度は別の箇所からも人が現れた。
そのうちの一人は、竹岡もよく知っていた。
「真田か!一体どうなっている?」
『重厳』真田権蔵は、竹岡が傷だらけながらも走り寄ってくるのを見て困惑していた。
「『五属』か。何が起こったかは俺にも分からん。それに、今はそれどころではない」
竹岡から二人の男に目を移す。
そこでようやく、この二人が誰だか思い当たった。
「『韋駄天』かっ」
「うむ。『強靭』に誘導されたらしい、さっきまで厄介な状況だった」
「くっ、『闇夜の騎士団』め……」
完全に、奴らの思う壺だった。『赤』の処理を押し付けられ、そのうえ能対課の面々まで負傷させてしまった。
思わず歯を噛み締めて下を向く。
その様子を見て、真田は発破をかけようとした。
だが、その言葉は、竹岡をより困惑させただけだった。
「案ずるな。能対課は別方向に展開している。ここにいるのはほぼ全て、野良どもだ」
「はっ?」
真田を見上げる。竹岡の目には、あまりにも傲慢な図体しか目に入らなかった。
「何を言っている真田?それは、本気か?」
「どうした、何がおかしい。普通のことを言っているだけだ」
「っ!」
能対課らしい、古い考えだった。野良は使い捨て。能対課至上主義。この目の前の男は、こういった古臭い考えを持つ人間だということを、忘れていた。
「くっ、なんてことだ……」
もう今は、魔術や能力は世間に出回ってしまっている。今までとは違い、もう揉み消すことはできないのだ。
だからこそ、大切にすべきは野良側だというのに。
「それくらい、あの人も分かっているはず、なのに……」
切り揃えられた髪をグシャリと掴み頭を掻き乱す。
焦ってもどうしようもない。瓦礫に埋められた人たちを助けるために、足を前へと動き出す。
「おい『五属』。おまえもこちらを手伝え」
「うるさいっ、黙れっ!」
真田と対立する二人、先に細長い体つきをした『韋駄天』を見る。
ミモザは竹岡に興味がないと告げた。ということは、同じように襲撃してきた闇夜の騎士団は指名は果たしただろう。『槌撃』は死に、『赤帽』もこの爆発に巻き込まれ死んでいるだろう。
これで、『赤』はほぼ壊滅したのだ。もう『闇夜の騎士団』も用は済んだはずだ。
真田と『韋駄天』が睨み合ってるのを、少し離れたところからついさっき見た憎たらしい少女が様子を窺っていた。
そしてミモザは少しあたりを見渡した後に、跡形もなく姿を消した。
彼女が姿を消してから、しばらく虚空を見つめていた竹岡はふと我に帰る。そして、改めて目の前の惨状を目の当たりにした。
「急がなければ」
「おい、『五属』」
「真田、救援の連絡をっ!それが終わったらさっさとそこのザコを片付けなさいっ!」
瓦礫を掴み、人のいない場所に投げ捨てる。
爆発規模は以前よりもはるかに大きい。それを全てかき分けて人を見つけ出すのは、竹岡一人では途方もない労力が必要だった。
「何が魔術だ」
竹岡の強みは、威力だけだ。それ以外は何もできない。瓦礫を飛ばそうと魔術を使えば、埋もれている人も大きなダメージを受けてしまう。
「こんなものがあっても、何もできないじゃないか……」
せめて、探知魔術が使えれば。せめて治癒魔術が使えれば。
「クソッ、三鷹はどこに行ったんだ。こんな時に……」
何度目か分からない悪態を口にする。
今更ながら、威力だけに傾注してきた自分を、心から恨めしく思ってしまった。
◯読者アイデアの紹介
・負の感情を操る能力(再掲)
勘吉 さんより。
負の感情の自動吸収と、それをエネルギーにできる能力。溜め込みすぎると精神崩壊し暴走します。
今回のような集団戦闘の時は大量のエネルギーを手に入れられます。今までは日陰者でしたが、能力と向き合うことでダークヒーローへと変身しました。
ちなみに技名は基本コメント通りの物ですが、最後のやつだけは都合により自分で考えました。あまりの厨二に悶え苦しみました。もう書きたくない。
・大罪
鴉やん さんからの発想
七つの大罪を元に作ればいいのでは?と言われ、全部まとめてぶちこみました。
その時の最も大きな感情によって発現する能力が変化します。
感情に過敏なため、負の感情を吸収する狭山を拘束しそばに置くことで自己の精神状態を安定させていました。しかし狭山がいなくなったため自分勝手に行動しがちになっています。




